- 2022年02月21日 15:46
「保護する責任(R2P)」とは何か?――国家主権を問いなおす新たな国際規範 - 政所大輔/国際関係論・国際機構論
2/4規範の浸透と実際問題への適用
世界サミット成果文書にR2Pが明記されたことは、R2Pを支持していた欧米諸国やアナンの後任となった潘基文国連事務総長、非政府組織(NGO)らが、国連においてR2Pの支持を拡大し、国際規範として昇華させていく過程の橋頭保となった。2008年には、R2Pに賛同する有志国から成るフレンズ・グループが国連内で結成され、国連加盟国に対して説得活動を行うNGOもいくつか設立された。潘事務総長からR2Pの特別顧問に任命されたラック(Edward Luck)は、『保護する責任の実施』と題する国連事務総長報告書を執筆し、2009年1月、加盟国に提示した(10)。
同報告書は2009年7月の国連総会テーマ別会合で取り上げられて加盟国間で議論され、同年9月にはR2Pに関する総会決議が、手続き的な内容にとどまるものの初めて採択された(11)。この総会決議の採択は、R2Pの考えに好意的であった、当時のグアテマラのローゼンタール(Gert Rosenthal)国連大使の主導によるところが大きい。ローゼンタールは、キューバやベネズエラなど一部諸国がR2Pに対して執拗に批判を続けていたことを認識しつつも、総会テーマ別会合での議論が全体としてR2Pに肯定的であったことを重視した。少数の懐疑的な国の意見に振り回されることのないよう、加盟国全体の立場の表明として、総会決議をコンセンサスで採択することが重要だと考えたのであった。グアテマラはまずキューバを説得し、他の懐疑派諸国に働きかけて合意可能な内容を得ることに成功した。
2009年以降、R2Pに関する国連事務総長報告書が毎年公表され、総会では非公式の相互対話や公式の会合が開かれてきた。2015年ごろからは、R2Pに関する実質的な内容を盛り込んだ総会決議の採択を目指す動きも活発化した。この動きを主導したのは、オーストラリア、ボツワナ、ブラジル、デンマーク、ガーナ、グアテマラ、韓国、スロベニアだ。作成された総会決議案は実際には何度も修正され、これら主導国の間で合意形成に至ることが難しかったために、このときは決議案を撤回するという結果に終わっている。しかしその後、2021年5月にはおよそ12年ぶりに、R2Pを総会の公式議題とすることを求める決議が賛成多数で採択され、R2Pは総会の公式議題となった(12)。
R2Pの各国内への浸透を示す動きとして、複数の国連加盟国が「R2P担当官(Focal Point)」を任命してきたことが挙げられる(13)。R2P担当官とは、2010年9月にデンマーク、ガーナ、オーストラリア、コスタリカが主導して始めた取り組みであり、R2Pの規範を各国内に浸透させるとともに、国家間のネットワーク構築を通じて深刻な人道危機の阻止に向けた国際的な協力関係を推進する役割を担う。2011年以降、ジェノサイドや人道に対する罪などを予防し脆弱な人々を保護するための方法や成功事例を共有するための会合が、参加国の間で毎年開催されている。2022年1月時点で、主要な欧米諸国や日本、ルワンダ、カタール、メキシコなど61カ国と、欧州連合(EU)および米州機構(OAS)が担当官を任命している。
2011年からは総会での議論と並行するかたちで、安保理決議にR2Pがたびたび挿入され、実際の活動に反映されるようになってきた(図1参照)。きっかけとなったのは、「アラブの春」の影響で生じた2011年2月のリビア危機である。民主化を求める民衆に対して弾圧を強めつつあった当時のリビア政府に対して安保理は、R2Pに言及したうえで武器の禁輸やICCへの指導者の訴追を決定し、最終的には加盟国に対して軍事介入を容認した(14)。リビア危機における国際的な対応は「R2Pの原則を正当化する教科書的な実例」と評されたが(15)、同様の対応が他の人道危機に対してもなされたわけではない。むしろ、政権が崩壊し体制転換にまで至ったリビアの事態は、ロシアや中国をはじめとする諸国のR2Pに対する猜疑心を深め、シリアやイエメンといった他の深刻な人道危機への一致した対応を難しくした。安保理におけるR2Pの実施は、平和維持活動(PKO)の展開など、常任理事国が合意することのできる一部の事例にとどまっているのが現状だ。

R2Pの共通理解
前述したように、R2Pについて国連で初めて合意されたのは、2005年9月の世界サミットの成果文書においてである。成果文書の草案は、安全保障と開発、人権、国連改革にかかわる多様な項目を包含し、国連事務局主導のもと、一括して議論するかたちで作成が行われた。最終的には、加盟国間での交渉を経て、投票によらずに加盟国の全体的な合意を確認するコンセンサス方式で採択された。したがって、必ずしもすべての項目がすべての加盟国によって支持されたわけではなく、成果文書そのものは各国の利害や思惑を反映した妥協の産物にすぎない。それでも最後まで残ったR2Pについては、当時の加盟国が合意できるぎりぎりの内容であったことは間違いないだろう。
R2Pについて成果文書ではまず、ジェノサイド、戦争犯罪、民族浄化、人道に対する罪からの人々の保護が国家の責任であり、この責任にはこれら事態の予防も伴うと明記された。そのうえで国際社会には、各国がこうした人々の保護の責任を果たすことができるよう支援することが求められた。また国際社会は、これら人道危機から人々を保護するために、国連憲章第6章、第8章に基づく平和的な手段を行使する責任があるとされた。さらに、平和的手段が不十分かつ当事国が人々の保護に明白に失敗している場合には、国際社会は個々の状況に応じて、憲章第7章に基づく集団行動をとる用意があると明記された。
この成果文書の規定をもとに概念的な精緻化や具体的な実施手段の検討などを行ったのが、2009年1月に公表された国連事務総長報告書である。同報告書は、R2Pを三つの柱に区分し、深刻な人道危機からの人々の保護を包括的なレベルと手法で捉えた(表1参照)。このように、R2Pは一般にイメージされるものとは異なり、軍事的強制力の行使に限定された概念ではない。むしろ、非強制的な措置も含む広範な手段で危機的状況への対処を目指す枠組みだ。一方、R2Pが対象とする事態は四つの人道危機に限定されている。この「対象は狭く手段は広く」というのが、前記した人道的介入とは異なるR2Pの独自性であり、R2Pを理解するうえで重要となる点である。現在、R2Pを三つの柱の枠組みで捉える見方は国連事務局や加盟国の間で定着しているが、強制措置の発動を含む第3の柱についてはロシアや中国をはじめとする一部諸国の反対が依然として根強い。

以上を整理すると、R2Pは国家と国際社会の双方に対して、四つの深刻な人道危機から一般市民を保護することを求める規範であるものの、保護を達成するためにそれぞれが用いうる措置が大きく異なる。国家に対しては、国際人権条約を批准したり人道犯罪を犯した個人を裁いたりといった、国際法上の具体的な義務が想定されている。一方の国際社会については、第2の柱と第3の柱で想定される手段が広範であり、また2005年の世界サミット成果文書で合意されたように、実際の行動は個々の状況に応じて決定されることから対応の不確実性や非一貫性が内包されている。このように、一つの規範が複数のアクターに対して異なる手段を用いて目標を実現することを求めるというある種の複合性が、R2Pの大きな特徴の一つだ(17)。このような複合性は、後述するように、多様な選好を持つ国家がそれぞれの立場からR2Pを解釈し主張することを可能にしており、R2Pの実施手段をめぐる議論が収斂しない一因となっている。
R2Pにおける国家主権
国連内でR2Pについての議論が活発化しつつあった2008年、潘事務総長は、「R2Pは国家主権の味方であって敵ではない」と指摘した(18)。このような一言がわざわざ明示されたのは、一部の加盟国がR2Pが国家主権の侵害になりうると主張していたことを、事務総長自身が強く意識していたためである。R2Pを提唱したICISSが国家主権の再構築を目指したことからも窺えるように、R2Pは当初から国家主権と常に緊張関係を強いられてきた。ここでは、R2Pによって国家主権がどのように再定義されてきたのかについて整理しよう。
まず、伝統的な国家主権を簡潔に定義するなら、対内的な統治と対外的な独立から成る概念である。国内においてそれは至高の権威であり、主権を持つ国家は国内を自由に統治することが可能だとされる。主権の至高的権威性は対外的にも認められ、国際関係においては主権国家を超える権威は存在しない。現代の国際社会でいえば、200近い主権国家のすべてが少なくとも形式上はまったく同等の権威を有することになる。これは国際関係における主権国家の独立を担保する論理であり、主権国家は互いの内政に干渉することは認められない。国連憲章にも「すべての加盟国の主権平等」や内政不干渉の原則が明記され、国連や加盟国の活動の基盤となってきた。
このような国家主権の伝統的な理解に対してR2Pは、主権国家による自由な国内統治は絶対的なものではなく、国内の人々の人権を保障することがその前提条件だと主張する。そもそもR2Pが対象とするジェノサイドや人道に対する罪は国際法で定められており、条約の締約国にはこうした人道犯罪の発生を防ぐ義務がある。したがって、ジェノサイドなどから人々を守ることができていない国家が仮に存在するなら、国際社会はその国が人々を保護するように促さなければならない。このような論理から、R2Pは国家主権の対外的な独立もまた条件付きだと想定する。
一方、R2Pと対置される人道的介入や介入する権利の問題は従来、国家主権と人権規範の間の対立や相克の問題として理解されてきた。人道的介入は、特定の場合に人権規範が国家主権を超越することを積極的に許容する概念である。これに対してR2Pは、「(保護する)責任」という用語を接着剤として国家主権と人権規範を架橋しようとした。したがってR2Pは、人権規範が国家主権を超越するということを主張するものではない。むしろ、人権規範と国家主権の関係を調整し、両立可能な論理構成を生み出すことによって、国家主権の理解を拡大あるいは変更しようとしたのだ。このように国家主権を権利ではなく責任の観点から捉えなおす動きは1990年代に活発化したが(19)、R2Pはこうした考えを国際社会の責任にまで明示的、体系的に拡大させた。
国連事務総長と事務局の理解では、前述したR2Pの三つの柱の間には優劣や採用順序はなく、各柱は互いに支えあい、それらの規模や力点、実行可能性は同等だという(20)。しかし実際には、特に第3の柱が採用されるのは当事国の保護責任が果たされていない場合のため、第1の柱すなわち国家の保護責任が優先されるのは自然なことだ。国際社会は、第2の柱と第3の柱を通して当事国が人々を保護する責任を果たすことができるよう支援することになるため、国際社会の保護責任は当事国の主権を強化することを本来は企図している。当事国による保護責任の遂行を前提とし、それが果たされない場合に国際社会が補完的に関与するという論理構成をR2Pが用いているという意味で、R2Pは本質的には国家主権を尊重する規範といえる。
国際社会の保護責任を厳密に捉えると、まず第2の柱に基づく措置は国家間の同意を前提とする国際協力の範囲にとどまるため、対象国の主権を侵害することはない。武力の行使も、当事国の同意があればPKOなどを通じて可能である。一方、第3の柱は、経済制裁や軍事的強制力の使用など対象国の意に反して実施される手段がほとんどであり、対象国の主権を例外的に超える対応を想定している。ある国が自らの主権を完全に行使することができていないという前提のもと、国際社会が強制的に関与に乗り出すのが第3の柱だ。そのため、第2の柱については国連加盟国の広範な支持が確認できるが、第3の柱については国家主権の侵害を強く主張する国が今なお存在する。



