- 2022年02月21日 15:02 (配信日時 02月21日 06:01)
ロシア製ミサイル配備を決めたインドの深刻な事情 - 長尾 賢 (米ハドソン研究所 研究員)
2/2限定的な攻撃を加える新作戦
そこで、インドは新しい戦略を考え始めた。方法は4つ。パキスタン国内にあるテロリストの訓練キャンプだけを特殊部隊で襲撃する方法(16年実施)、空爆する方法(19年実施)、海上封鎖してパキスタンに反省を促す方法、そして、戦車部隊でより限定的な攻撃をかける方法であった。この最後の戦車部隊で、より限定的な攻撃をかける方法は「コールド・スタート・ドクトリン」と呼ばれた。これがS-400地対空ミサイルと関係してくるのである。
この「コールド・スタート・ドクトリン」では、あらかじめ戦車部隊を国境近くに配置しておく。そして、パキスタンが支援するテロ攻撃が起きた場合、即攻撃に着手する。攻撃は限定的で、パキスタンのテロの拠点などを対象とし、そこで攻撃をやめる。
パキスタンは核兵器を使うほどではない程度なので、核戦争にはならない。国際社会がインドを止めに入るとしても、そのような外交的な動きには、だいたい1週間程度の準備期間が必要な傾向がある。
また、国連常任理事国には、インドに味方する国もおり(冷戦時代はソ連、今は米国やフランスなど)、インドに攻撃をやめさせようとする決議がでそうになれば、それらの国々が拒否権を使うことができる。1週間から2週間くらいであれば、そういった国々がインドのために拒否権を使い続けてくれるだろう(その後は我慢できなくなり、インドに早く決着をつけるよう要求してくる)。
そう考えるとだいたい2~3週間くらいあれば、パキスタンに対して、テロ支援の反省を促すような攻撃が可能だ。だから、「コールド・スタート・ドクトリン」は現実味があるように思われたのである。
(注)「スンダルジー・ドクトリン」のスンダルジーは、この考え方を確立した当時の陸軍参謀長の名前。「コールド・スタート・ドクトリン」の「コールド・スタート」とは、冷えたミサイルを暖機運転なしに発射できる技術を指す。つまり、テロ事件が発生してから即応することを指しているものとみられる。
小型の戦術核でインドに対抗
ところが、パキスタンは、この「コールド・スタート・ドクトリン」に素早く反応してきた。インドが、パキスタンが核兵器の使用を考えないような限定的な攻撃をしてくるなら、それに対応した、限定的な核兵器を保有すればいい、ということになった。具体的には、侵入してくるインド軍に対して使う、威力の低い小型の核兵器(戦術核)である。より小型の弾道ミサイルや巡航ミサイルを開発し、それに、その威力の低い核弾頭を搭載して、パキスタン国内に侵入したインド軍に向けて使うのである。
これはインドの「コールド・スタート・ドクトリン」にとっては、深刻な脅威であった。パキスタンの核兵器の使用を思いとどまらせるには、もしパキスタンが核兵器を使ったら、インドも核兵器を使うぞ、という脅しが必要である。ところが、パキスタン国内に侵入したインド軍に対して、威力の低い核兵器が落とされた場合、パキスタンがパキスタン国内に核兵器を落としたことになるから、インドの核兵器はどこに報復したらいいだろうか。「一発殴られたら一発だけ返す」程度の比例的な対応を考えると、インドには報復する場所がないのである。
だからインドはS-400が欲しくなった
つまり、「コールド・スタート・ドクトリン」を実効性あるものにするとしたら、パキスタンの核弾頭を搭載した弾道ミサイルないし巡航ミサイルを、ミサイル防衛システムで迎撃しなければならないのである。そこで、インドはS-400地対空ミサイルが欲しくなったのである。
インドには弾道ミサイルを迎撃するミサイル防衛システムはあるが、巡航ミサイルを迎撃するミサイル防衛システムはない。S-400地対空ミサイルは、巡航ミサイルの迎撃に優れる。射程も長いから、パンジャブ州に配備すれば、インドの戦車部隊がパキスタン領内に侵入したときでも、その上空を守ることができるのである。
米国製のミサイルではだめか。米国製のミサイルでは、例えば高高度防衛ミサイル(THAAD)や地対空誘導弾パトリオット(PAC-3)、イージスアショアのようなミサイルがあるが、射程が短かったり、必要な場所に移動できなかったり、高価であったり、する。そのため、インドのニーズに合わない。S-400地対空ミサイルは、適切な選択で、インドはパキスタン対策として、とても欲しかったのである。
実は中国が握る主導権
ただ、このようなインドの思惑は、今は、有用だとしても、近い将来、崩されてしまうかもしれない。それは、中国がS-400地対空ミサイルを突破できる極超音速ミサイル、例えばDF-17ミサイルをパキスタンに提供する可能性があるからだ。
実は中国は過去、パキスタンのミサイル開発を継続的に支援してきた。表はパキスタンが保有・開発中のミサイルの一覧である。これをみると、ガズナビ、ナスル、シャヒーンといったミサイルは、中国が開発を支援しているミサイルとみられている。
中国はパキスタンのミサイル開発に深く関与しているのだ。そのため、インドのS-400地対空ミサイル対策についても、中国が関与する可能性が高い。
中国は自国でS-400地対空ミサイルを保有しており、突破する方法についても熟知しているものとみられる。具体的には、中国が現在保有するDF-17極超音速ミサイルをパキスタンに提供する可能性があることが指摘されている(Sakshi Tiwari, “China Could Equip Pakistan With Hypersonic DF-17 Missiles To Neutralize India’s ‘Game-Changing’ S-400 Defense System – Experts”, The EurAsia Times, January 27, 2022)。
日本にとっての示唆 中国が日本向けにミサイル配備を減らす?
印パ間のミサイル競争は、一見すると日本と直接つながっていないように見える。しかし、実際には大いに関係がある。もし、インドが十分な数のミサイルを中国向けに配備していると、中国もインド向けにミサイルを配備する。その場合、中国は日本向けに配備しているミサイルの数を減らす可能性があるからだ。
しかし、もし中国がパキスタンにミサイル技術を提供し、パキスタンが中国のDF-17のようなミサイルを配備した場合、インドは、パキスタン向けにより多くのミサイルを配備し、中国向けに配備したミサイルの数を減らすかもしれない。
インドが中国向けに配備したミサイルの数を減らすと、中国もインド向けに配備したミサイルの数を減らす。そして、中国のミサイル戦力に余裕が出て、中国はその余裕が出た分を、日本向けに配備する可能性が出てくるのである。つまり、パキスタンのミサイルが増えると、中国が日本攻撃のために使えるミサイルが増える可能性が出てくるというわけである。
実際には、もっと複雑な計算が必要なのであるが、印パのミサイル戦力のバランスが日中のミサイル戦力のバランスに影響を与えることは間違いないところであろう。だから、日本としては、印パのミサイル戦力のバランスは、インドが少し優位になるくらいがいい。
今、日米の間でも、インド太平洋に何発のミサイルが必要か、といった議論が活発になっている。新たに米国の中距離弾道ミサイルを、インド太平洋地域に、配備することも計画されている。そうした議論に、印中間のミサイル戦力バランスは影響を与えるから、つまり、印パ間のミサイル戦力のバランスも、一定の影響力を与えるのである。注目である。
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