- 2022年02月16日 15:50 (配信日時 02月16日 11:15)
「竹中平蔵氏のせいなのか」ボーナスも退職金もダダ下がり…正社員の待遇悪化"真の黒幕"
1/2正社員の待遇が悪化の一途だ。なぜ“特権”が消えつつあるのか。人事ジャーナリストの溝上憲文さんは「元凶はバブル経済崩壊後の経済不況で多くの経営者が社員を“人材(財)”ではなく“コスト”と見なしたこと。会社が生き残るためになりふり構わず社員や人件費の削減に踏みきった」という――。
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正社員の既得権を剝ぎ取ったのは竹中平蔵氏なのか
正社員の待遇が悪化の一途をたどっている。
前回(※)の記事では正社員の特権ともいえる扶養手当、住宅手当などの諸手当がなくなりつつあることに触れた。
※「正社員の特権がどんどん消えていく」扶養手当、住宅手当…諸手当が“全廃止”される日
正社員の特権はそれだけではない。過去にはさまざまな特権があったが、今では風前のともしびの状態にある。
ところで、そうした正社員の既得権を剝ぎ取ったのは元経済財政政策担当大臣の竹中平蔵氏(慶應義塾大学名誉教授)であるといった意見がネット上で飛び交っている。筆者の前出記事に対してもそのようなコメントがあった。
確かに竹中氏は「日本の正社員は世界一守られている」という主旨の発言をしている。正社員を既得権益者と指弾し、解雇規制緩和論者としても知られるが、実際のところはどうなのか。
そもそも正社員の特権とは何か。非正社員にはなく、正社員の特権ともいえるのは諸手当以外にも次のようなものがある。
① 終身雇用(60歳定年までの雇用保障)② 年功的賃金(年齢給、定期昇給等)
③ ボーナス(給与の5カ月分相当)
④ 交際費
⑤ 退職金
正社員になればこうした待遇を受けられることで誰もが後顧の憂いなく仕事に邁進することができた時代もあった。ところが時代の流れととともに徐々に剝がれ落ちていった。
なぜそうなってしまったのか、そしていつから始まり、その源流は誰(どこ)にあるのかを探ってみたい。
終身雇用・年功賃金は消え、賞与も退職金もダダ下がり…減給の30年史
1980年代後半からサラリーマンの現場を取材してきたが、①終身雇用という仕組みが揺らぎ始めたのはバブル経済崩壊以降だ。とくに現在のリストラの常套手段である「希望退職者募集」が本格的に始まったのもこの頃だ。経済の停滞や経営環境の深刻化に伴い、企業は固定費の削減を収益改善策の緊急避難的な手段としてリストラを実行する。
その源流は1993年のパイオニアの解雇だ。対象となったのは35人の中高年管理職。当時の松本誠也社長直々に社員を社長室に呼んで個別に面談し、涙ながらに会社の苦境を伝え、引導を渡すというやり方を取った。今から見れば牧歌的な雰囲気すら漂うが、当時は事実上の指名解雇であるとしてマスコミの指弾を浴びた。
その結果、以降は労務に長けた人事担当者が辞めてほしい社員と水面下で接触し、退職勧奨して辞めさせる手法が主流になる。
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とはいえ、こうしたやり方では数百人、1000人単位の大量の人員削減は難しい。そこで登場したのが退職金の割増しを条件に全社的にオープンに「希望退職者」を募集する方法だった。
ただし、それは表向きで、実際は退職勧奨によって辞めてほしい社員に応募を勧め、残ってほしい社員を慰留するものであり、パイオニア以降の個別の退職勧奨を隠蔽(いんぺい)する手法に変わりはなかった。
そして1990年代後半から2000年初頭にかけて大量の希望退職者募集によるリストラが吹き荒れる。それを後押ししたのが株主優先主義の風潮である。企業のROE(株主資本利益率)重視の傾向が強まり、リストラすれば市場が評価し、株価が上がるという現象が発生し、経営者にリストラの免罪符を与えた。
大手化学メーカーの人事担当者は経営内部の雰囲気についてこう語っていた。
「自社の株価や株主対策をどうするかということに役員たちは腐心している。財務体質を強化しないと格付けが下がるとか、きちんとした姿勢を見せないと市場は評価しないという点を社員に強調し、説得材料にしている。たとえば特別損失で何千人削減すれば、どれだけ削減効果が見込めるかといった計算をするようになっている」
そうした風潮に対して90年代後半にトヨタ自動車の奥田碩会長が「従業員の雇用を守れない経営者は腹を切れ」と発言。経営者の姿勢に釘を刺したが、リストラが恒常化していく。この頃から終身雇用の崩壊が叫ばれるようになった。
では、②年功的賃金はどうやって崩れたのか。
サラリーマン正社員の待遇は良くも悪くも“トヨタ自動車の影響大”
給与が上がらなくなった起点は1997年だ。実質賃金は1997年をピークに長期低落傾向にあり、97年を100とした個別賃金指数は2020年も95にとどまっている。当時、何が起きたのか。リストラと並んで実施されたのはあの手この手の賃金抑制策である。そのターゲットとなったのが年功的賃金だった。
短期的には賃金カットが相次ぎ、当時“賃金リストラ”と呼ばれた。そして中・長期の方策として打ち出されたのが年齢給や定期昇給など年功賃金に代わる成果主義賃金や年俸制だった。そうした動きに拍車をかける元凶となったのが、くしくも前出のトヨタ自動車会長の奥田碩氏だった。トヨタは2002年3月期決算の連結決算で過去最高の経常利益1兆円だったが、同社の春闘での賃上げ回答は「ベアゼロ」だった。
当時、日本経団連会長だった奥田氏は賃上げについて「高コスト体質の是正を図るうえで、ベアはなくてもよい。業績がよければ一時金で報いればよい」との見解を発表している。ベア=ベースアップとは、定期昇給以外の賃金の上乗せであり、なくなると過去の先輩の給与より実質給与は目減りする。定昇がない企業は据え置きとなる。
「ベアはなくてもよい」との発言に対し、当時、大手電機メーカーの人事担当執行役員は「春闘の賃上げのリーダーであるトヨタが史上最高益を出しながら、ベアゼロに踏み切ったことで、無理して賃上げする必要もないという安心感を他の企業にも与えた」と語っていた。
奥田発言はその後も経団連の方針として受け継がれていくことになる。
そして中期的な賃金抑制策である成果主義賃金は、従来の年齢給や、社員の潜在的能力に付与する「能力給」を剝ぎ取っていく。仕事の成果で支払う成果給と単に年齢の積み重ねによって支払う年齢給は矛盾するからである。同時にこの頃から成果とは無縁の扶養手当や住宅手当などの諸手当を廃止する企業が出始めた。
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また、日産自動車の再建役としてフランスから”コストカッター”の異名を持つカルロス・ゴーンCEOが来日。学歴重視の年功序列型賃金制度の典型的企業だった日産に完全年俸制を導入したことで話題を呼び、他の企業の給与制度改革を後押しした。
さらにキヤノンは2001年に現在のジョブ型の原型ともいえる賃金制度を導入し、諸手当だけではなく、定期昇給制度廃止も打ち出した。他の企業で、定昇抑制や廃止の動きも加速した。
ただし、成果主義ブームといっても、何をもって成果するのかという定義や評価基準の不明確さが露呈。評価する上司のやり方の稚拙さもあいまって現場が混乱し、相次いで成果主義の修正が発生し、当時は“成果主義”の失敗と呼ばれた。それでも「能力給」は残ったが、一度廃止した年齢給や定昇が復活することは少なかった。
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