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「石原慎太郎さんとの私的な思い出 1」続:身捨つるほどの祖国はありや 14

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私は、石原さんの三島由紀夫に対する複雑な思いを想像していた。

かたや東大法学部を出て大蔵官僚になってみせ、あげくに作家になった男、石原さんは一橋大学にはいって人気作家に躍り出た男。

石原さんの一橋について、私は不思議に思っていることがある。彼は、なぜ一橋に入学したのかについてだ。石原さん自身は、父親が亡くなったこと、弟、のちの石原裕次郎が家にある金目のものを持ち出しては換金して遊び興じていたことをあげ、父親の知り合いに、新しく公認会計士という職業ができた、これは高い報酬がもらえる、と言われたと説明している。そのためには一橋だと。

しかし、彼が入学したのは法学部である。公認会計士になるのなら商学部に決まっているのではないか、と私はいまだに疑問に思っている。本人にたずねたことはない。


石原さんと三島由紀夫のこととなれば、どうしても『三島由紀夫の日蝕』石原慎太郎 新潮社1991年刊)になる。1956年から1990年にわたって書かれたこの本には、石原さんの三島由紀夫論が語り尽くされていて、それが実は、石原さんの自己分析論になってしまっているのだ。田中角栄について書いた『天才』と同じである。小説家は自分について書くことしかできはしない。

もっとも印象的なのは二か所。

一つは、新潮社からだされた三島由紀夫の写真集について、名声が確立された後の三島由紀夫の数々の写真について、「自意識がにじみだし、気負いがまざまざ露出して・・・眺め終わるといかにもくたびれる、というよりもいささかうんざりさせられる。」としたあとで、「私が一番好きだったのは、四谷見附付近で撮ったという、まだ官吏時代の、役所の仕事と家へ帰ってからの執筆との二重生活の疲れを漂わす二十代前半の写真で、それには名声を獲得する前の、人生に対する不安を秘めながらもある一途さを感じさせる孤独な青年が写し出されている。その写真には、不確定な青春のはかなさとそれ故の美しさがある。」(17頁)と語っている部分だ。

ちなみに、「四谷見附」とある部分は、写真集(『三島由紀夫』 新潮社1983年)によれば「東京四谷」とある。このへんも、江藤淳が『無意識過剰』と形容した石原さんらしいところのような気がする。いや、石原さんのことだ、三島由紀夫本人から聞いたのかもしれない。

写真集についての石原さんの感想は、三島由紀夫と最初にあった時の挿話と対照的だ。

石原さんが、当時はまだ新橋の電通通りにあった文藝春秋の屋上のテラスで三島由紀夫とならんで写真を撮ったときの挿話である。

三島は「トレンチコートとその下に着た背広の色に合わせた鶯色のキッドの手袋をしていた」のが、石原さんが手すりが煤煙でひどく汚れていると注意したにもかかわらず、「手袋をした手でわざわざ手摺の汚れを拭き取るようにしながらますます身を乗り出している。」

あげく、背広も手袋もひどく汚れてしまったのだが、三島由紀夫はかまわず、その後二人での写真のタイトルを「新旧横紙破り」でどうかと呵々大笑したのだという。

「眺めていて、なんという人なのかなと思ったが、それにしてもこの人は、何に向かってか無理しているなあという気がしてならなかった。」(9、10頁)

二つ目は、石原さんが36歳で参議院選挙に出馬し、最高得票で当選した選挙のときのことだ。私はその時の石原さんを見ている。『身捨つるほどの祖国はありや』(79頁 幻冬舎2020年刊)

三島由紀夫が、その選挙に出るつもりでいたのに、石原さんに先を越されてしまって、ひところ大変機嫌が悪かったという話である。(『三島由紀夫の日蝕』 102頁)

佐藤元総理大臣の奥さんであった寛子さんからのまた聞きとして、三島由紀夫は、

「亡くなる前お母さんに、つまらないつまらないこれなら死んだほうがましだってよくいっていたそうよ。どうしてそんなにつまらないのって質したら、ノーベル賞は川端さんにいっちゃうし、石原は政治家になっちゃうしって子供みたいに駄々をこねていたそうですよ。」

石原さんの感想は、「簡単にいえば、どうやら私は三島氏が欲しがっていた玩具を奪ってしまったことになるようだ。」ということになる。

玩具、と聞いて、石原さんのファンなら、すぐにピンとくる。『太陽の季節』である。

「彼女は死ぬことによって、竜也の一番好きだった、いくら叩いても壊れぬ玩具を永久に奪ったのだ。」という末尾近くの一節である。

どうしてどちらも「玩具」という言葉になるのか、不思議な気がする。三島由紀夫にとっての国会議員たる地位も、死んでしまった好きだった女性のことまでも。

石原さんは私の小説なども読んでくださって、

「牛島さん、あなたの小説は男と女のことが書けてない。いいですか、この世のことはすべて男と女なんですよ。」と諭されたものだった。

そう言われて私は、「それはそうかもしれません。しかし、私には男女のことよりも、組織と個人のことが気にかかってならないのです。

と答えたことがあった。度し難い奴だと思われてしまったかもしれない。

(続く)

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