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「インドでも毎日カレーは食べない」インドに引っ越した女子高生が知った"日本の常識の大誤解"

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和食の腕前が日本人以上のメイド「ブミちゃん」

夜は、メイドさんが作ってくれた料理を家で食べる。

日本で「メイド」というと秋葉原あたりの光景を浮かべたり、超大金持ちの家を想像したりするが、インドではお手伝いさんを雇うことは広く普及していて、ひとつの文化でもあった。

インド人でなく、駐在している外国人家庭でもお手伝いさんを雇うのは一般的だった。ただ家事を手伝ってもらうというだけでなく、お手伝いさんは買い物などの生活のサポートや通訳者の役割も果たし、現地人との架け橋的存在となってくれるので、いないと困ることも多い。

わたしの家でも、女性のお手伝いさん、つまりメイドさんをひとり雇っていた。彼女は、インド北東部の、紅茶で有名なダージリンの出身で、民族性でいうとネパール系だった。いわゆる「インド人」というよりかは、東南アジア系のあっさりした顔つきで、百五十センチくらいの小柄な体型をしていた。その姿は日本人にも近いようなところがあり、わたしたちは親しみを込めて「ブミちゃん」と呼んでいた。

ブミちゃんの作ってくれる料理は、何から何まで本当に美味しい。わたしたちの前にもいくつかの日本人家庭に勤めていたらしく、その和食の腕前は日本人並み、いや日本人以上といっても過言ではない。鶏の唐揚げに始まり、筑前煮、生姜焼き、魚や鶏の南蛮漬け、ロールキャベツ……なんでも作ってくれる。メインディッシュのほかにも、サイドの金平、五目和え、ポテトサラダ、酢の物、さらにほうれん草の白和えなんていうマイナーなものまでお手のものだ。

和食とインド料理に共通する意外なメニュー

インド人のメイドさんだったら全部カレー味になっちゃいそう、なんて心配はうちにはまったくなかった。いままで作ったことがない料理でも、勉強熱心なブミちゃんは、母が教えるレシピを丁寧にノートに記録して、すぐに美味しく作る方法を習得してしまうのだ。

毎日毎日、家に帰ってくるとおいしい薄味の和食を食べられること、それだけで母国から離れて暮らす心労はかなり軽減されているように感じた。あたたかいお味噌汁やたくさんの家庭料理が並ぶ食卓を家族で囲むと、インドで暮らしているなんて忘れてしまうくらいだった。

そんなブミちゃんの手料理のなかでも、特にわたしのお気に入りなのは、野菜のかき揚げだ。

にんじんや玉ねぎ、コーンなどを二度揚げして、日本でも食べたことのないくらいそとがカリッカリ、なかはジュワッと甘い、最高のかき揚げをブミちゃんは作ってくれる。デリーの数少ない日本料理店や、高級ホテルの和食レストランのかき揚げなんかよりもずっと美味しいね、と言って、我が家自慢の一品でもあった。なぜそんなに上手に作れるのか不思議に思っていると、インドにも野菜天ぷらに似た「パコラ(Pakora)」という料理があるんだとか。和食とインド料理なんて正反対に思えるのに、似た食材を使うとやっぱり似た料理にたどりつくらしい。

インド北東部の食文化は中華に近いネパール系

それにしても、普段あんな濃い味のインド料理に慣れていたら、あっさりとした日本食を作るのは難しくないんだろうか。それに対して、ブミちゃんからは意外な返答が返ってきた。

「むしろ日本料理のほうが簡単よ。インドは何十種類とあるスパイスをいい具合に混ぜなくちゃいけないけど、和食だと基本的な味付けは全部一緒だから」

確かに、言われてみればそうだ。日本の調味料「さしすせそ」も西洋人からするとだいぶ複雑だろうなと思っていたけど、インド料理に比べたらよっぽどマシだ。

だが、ブミちゃんは、わたしたちがインド料理と言われて想像するような、バターチキンやナンなどは普段は食べないという。彼女はインド北東部の出身、食文化もネパール系で、むしろ中華に近いような食事らしい。

たとえば、「モモ(Momo)」と呼ばれるネパール風の餃子をよく作ってくれた。ブミちゃんは、その皮を、小麦粉を練って一から作ってくれ、ステンレス製の蒸し器で丁寧に蒸していく。できあがってふたを開けると、ほんのりと甘い皮のにおいがして、あたたかい蒸気がふわっと広がり顔を包む。ひとつひとつ器用に形作られた半月状のモモがぎっしりと詰まった様子には、思わず「わぁ」と声をあげてしまう。それをまだ冷めないうちに口に入れると、手作りの皮のやさしい味ともちもちの食感に舌が感嘆をあげる。ブミちゃんのおかげで、毎日の食事がご馳走だ。

小さな背丈や細い手足が想像させるブミちゃんの生活

そんなブミちゃんだが、彼女自身は決して美味しいものをたらふく食べられるような生活をしてきたわけではなかった。

彼女の地元・ダージリンは、ヒマラヤ山脈のすぐふもとにある。近くにはジャングルのような森もあって、そこでなっていたアボカドを食べ物だと知らず、小さいころにはきょうだいで蹴って遊んでいたらしい。だが、自然が多いことは未発展ということでもある。

ブミちゃんは小さな村で育ち、毎朝水を汲みに行き、きょうだいの面倒を見たり家事をしたりという生活だったそうだ。食べるものがなくて腹ぺこで一日を過ごすこともあったという話は、彼女の小さな背丈やか細い手足をもってするとリアリティーを帯びて聞こえ、胸がちくっとした。また、学校にも満足に行けなかったということも、本人は言わずとも、ときに垣間見えてしまうのだ。

「3分の1」がわかるのは常識だと思っていた

たとえば、もともと6人分の量を作るレシピがあったときに、「今日は2人分だけでいいよ」つまり3分の1の量で作ってほしい、と母が言ったとき。

「マダムごめんなさい、3分の1って、どういうこと?」

英語の意味がわからなかったということではなく、「3分の1」という分数の概念がわからない。そうブミちゃんは言ったのだ。

分数と数字が書かれている円グラフのような形のオブジェ
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nataliia Tymofieieva

ハッとした。分数なんていう、あたりまえのように思える概念。だが、わたしがそれを「あたりまえ」と呼べるのは、学んだからだ。常識は、常識なのではなくて、常識と呼べる環境にいてこそ、さらにまわりも共通してそんな泡のなかにいてはじめて成り立つのだ。

そしてまた、常識と呼んでしまうようなものの多くは、若いころや幼いころに吸収する。小学校低学年で学んだ分数を、知識ではなく常識だと思ってしまうのは、そのころでないと身につかないからなのかもしれない。だから、母が計量カップで「ここまでが3分の1だよ」と見せても、ブミちゃんはすこし困ったように口をぎゅっとつぐむだけだった。

本棚、教科書の積み上がった机に彼女は何を思うか

彼女のそんな背景を知ってからというもの、わたしは自分の言動にも敏感になってしまうことがあった。

ブミちゃんは、料理だけでなく家の掃除の手伝いもしてくれる。そんなとき、考えてしまう。

わたしの部屋の、本の詰まった棚や、教科書の積み上がった机を見て、ブミちゃんはどう思うのだろう。わたしが見せびらかすつもりはなくても、ブミちゃんにとっては羨望の対象になってしまうのだろうか。普通に学校に行けたおとななら、「学生の仕事は勉強することだ」と言えても、そんな普通が与えられなかった彼女は、学生生活などろくに送れなかった彼女は……。

テーブルの上に開いて置かれた付箋付きの本
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PrathanChorruangsak

わたしの自意識過剰? ブミちゃんだって、自分より恵まれた人間を見ることに、慣れてしまっているだろうか? でも、勉強する道具も環境も十二分にあるわたしの部屋で、もしもブミちゃんの胸がチクっとしていたなら。それは、彼女が「金持ちの子どもだから」と割り切ってしまうのと同じくらい、悲しい。そして、きっと彼女も、わたしも、わかっている。悲しみの的はお互いではないこと。やるせなさの矢を、向けることはできないこと。

ブミちゃんの英語がほかのインド人よりうまいワケ

そんな彼女だが、ほかのインド人と比べて、また特に彼女のような階級のなかでは、格段に英語がうまかった。仮住まいのサービスアパートメントではじめに出会ったハウスキーパーさんは、ほぼ「Thank you」か「OK」しか言わず、なにか伝えてもなかなか理解してもらえなかったのに対して、ブミちゃんとは難なく英語で会話できた。おどろくことに、それもまた北東部出身ゆえのことだという。その地域は、チベット、ブータン、ミャンマー、バングラデシュなど多くの国や地域とインドとの境にもあたるため、さまざまな文化の合流点でもあるのだ。

また、山間部などには「トライブ(tribe)」とよばれる土着の民族も多く存在している。日本でもアイヌのひとびとは特有の文化や言語を持っているように、インドの民族もまたそれぞれ言語がちがうのだ。

そんな、多種多様な文化や言語の背景をもつひとびとが集まった地域でコミュニケーションをとるため、必然的に英語が頻繁に使われるようになったんだとか。日本でももっと多様な言語があれば、いまごろ共通言語として英語が広まっていたのかもしれない。

誰かが雇わないと生きていけない人たち

日本で、お手伝いさん、オブラートに包まず言えば「召使い」を雇っているというのは、贅沢だと思われがちだ。もちろん、ひとを雇って身の回りの世話をしてもらえるというのは、特権であって、みんながみんなその立場にいるわけではない。

熊谷はるか『JK、インドで常識ぶっ壊される』(河出書房新社)
熊谷はるか『JK、インドで常識ぶっ壊される』(河出書房新社)

わたし自身、インドに来てから自分の「贅沢さ」に戸惑うことがあった。お手伝いさんになんでもやってもらったり、ドライバーさんが車を運転してくれたり、いままで日本で生活していては想像できなかったような暮らしになったことで、ひとの上に立つというような気もしてしまって、むずむずとした違和感を覚えてしまうのだ。お金を払っているんだから申し訳なく思う必要はないと言われようと、まだ子どもの自分が、大のおとなに優遇されると、「なんで?」と変に感じるのだ。

そんな風に思っていたとき、母に言われた。

「でも、誰かが雇わないと、ブミちゃんも生きていけないからね」

もちろん、あたりまえのことだ。あたりまえのことだけど、ここではその重みがちがうような気がした。大学はおろか、中・高等教育でさえ十分に受けられていなければ、幼いころからやってきた家事を仕事にするのは、ブミちゃんにとっての命綱のようなものなのかもしれない。

真心がこもった働きに真心をこめて感謝する

中流階級以上は使用人を雇うという文化は、特にインドだからこそ、カーストなどと結びつけられて不当だと思ってしまいやすい。でも、この国の識字率を考えたら、使用人という職業がなくなってしまうことも、多くのひとにとっての打撃、文字通り命取りとなりかねない。

だから、罪悪感はもっちゃだめだと自分に言い聞かせる。我が家で働いてもらっているから、ブミちゃんは生きていける。それだけじゃない。ブミちゃんが生活の手伝いをしてくれるから、わたしだってインドで生きていけるのだ。申し訳ないじゃなくて、ありがとう、だ。

日本にいたってインドにいたって、美味しいものを食べられるというのはこれ以上ない幸せで、だから真心をこめて作ってくれることに対して、真心をこめて感謝をしていただく。それが、ひとを使うという立場に恵まれ特権を持った者として、最低限できることだ。

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熊谷 はるか(くまがい・はるか)

高校生

2003年生まれ。高校入学を目前に控えた中学3年生でインドに引っ越す。その際の出来事を企画し「第16回出版甲子園」に応募、グランプリを受賞。2021年6月、高校3年生で帰国。『JK、インドで常識ぶっ壊される』(河出書房新社)でデビュー。

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(高校生 熊谷 はるか)

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