- 2022年02月08日 13:34
「森保監督批判」は大いに結構。ただし・・・日本の言論状況を考える その2
1/2林信吾(作家・ジャーナリスト)
【まとめ】
・連勝なのに森保監督批判がやまないのは、日本のサッカー文化が徐々に成熟しつつあることの証左。
・「アジア以上、世界未満」を打破するために、目先の勝ち点より4年先、8年先を見据えたチーム作りが大事。
・必要なのは「サッカー協会上層部」と「代表サポーターたち」の意識が変わること。
今夏に開催されるワールドカップ(以下W杯)カタール大会への出場権を賭けた、アジアB組最終予選が佳境を迎えている。
今次の大会では、アジアに出場枠「4」が与えられたため、ABの2組に分かれて最終予選が戦われている。ちなみにA組では韓国とイランが、2試合を残して出場を決めた。各組で総当たり戦のリーグ戦を行い、上位2カ国は自動的に出場、3位になるとプレーオフに回る、というルールになっている。
我らが日本代表は、当初こそ1勝2敗(対オマーン0-1、対中国1-0,対サウジアラビア0-1)と大苦戦し、監督解任まで取り沙汰されたが、その後はオーストラリア、ベトナム、オマーン、中国、サウジアラビアを立て続けに下し、この原稿を書いている6日の時点で2位。次節、アウェーでのオーストラリア戦に勝てば、1試合を残して2位以内が確定するため、出場権を得ることになる。
サッカーにさほど詳しくない、という読者のために、あえて蛇足の解説を加えると、ホーム・アウェーの2試合ずつ行うルールなのである。
さて、本題。
日本代表を率いる森保一(もりやす・はじめ)監督への批判が止まらない。
前述のように、W杯出場が危ぶまれる状況の時ならばともかく、その後の連勝で出場に王手をかけても、依然として「森保やめろ」が検索上位に来るほどなのだ。
これについての私の意見だが、まあ我ながら少々ひっかかる表現ではあるけれども、「総論賛成、各論反対」ということになるだろうか。
ヨーロッパでは、サッカーの代表監督は、「首相の次に誰もやりたがらない仕事」などと言われる。罵詈雑言に耐えるのも仕事のうち、と割り切るくらいでないと務まらないからだ。そしてこれは、代表監督に限ったことではない。クラブ監督も同様だ。
しかし、その罵詈雑言はサポーターたちの「サッカー愛」のなせるわざだということも、また事実なのである。
どういうことかと言うと、例えばスペインでは、立派な成績(リーグ戦で3位とか)を残した監督でも、「あんな守備的なサッカー、面白くもなんともない」といったサポーターからの批判にさらされ、更迭の沙汰となる、といったことが年中起きるし、かつて日本国籍を取得して日本代表としてW杯にも出場した、アレックスこと三都主アレサンドロ氏は、ブラジル代表について、「たとえ全勝で南米予選を突破しても、選手起用とかには批判が殺到する」などと語ったことがある。
私を含めて、自ら「サッカー者」と称するような人たちというのは、勝ち負けにこだわるより、面白いサッカーを見せて欲しい、と考える傾向が強い。もちろん、なにをもって面白いサッカーと呼ぶのかは人それぞれで、今回のテーマは言論状況についてであるから、ここではその議論に深入りするのは避けたい。本当は色々と発信したくてムズムズしているのだが笑。
とどのつまり私が、代表が連勝しているのに森保監督への批判がやまない状況を肯定するのは、これこそ日本のサッカー文化が徐々に成熟しつつあることの証左だと考えるからなのだ。
ただ、個別具体的な批判の内容については、納得しがたいものが多い。だから各論反対と言わざるを得ないのである。
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