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  • 2022年02月08日 15:49 (配信日時 02月08日 06:01)

華やかだった北京五輪開会式に心酔してはいけない理由 開会式に見る「中国が管理する世界」 - 平野 聡 (東京大学大学院法学政治学研究科教授)

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中国の「多辺主義」と「真の民主」

中国が主導し管理するという世界観は、五輪に合わせて開催された習近平・プーチン首脳会談においていっそう強く示された。日本のメディアにおいては、ロシアが新規に巨額の天然ガス供給を中国に申し出たことが大きく伝えられたが、筆者が最も重要な点として見てとったのは、中国がロシアと協力して「真の多辺主義」を広めるだけでなく、「真正な民主精神でグローバルな安全と戦略的安定を実現する」と強調したことである。

今や習近平と中国共産党は、雪の華、そして黄河の氷の立方体に仮託して、中国こそが米国に代わって国際社会の指導的立場を取り戻し(しかも赤々と燃えさかるトーチは共産主義・反帝愛国の重要アイテムでもある)、「真の多辺主義(マルチラテラリズム)」を中国主導で創りあげるという理想を全世界の前で宣言した。

本来マルチラテラリズムは、世界的な課題を一国・一極主導ではなく、国際機関の設立や中小の国々の連携によって、一部の国に不利益にならないよう偏りのない解決を目指すものであり、大国の中心性とは相容れない。しかし中国は国際機関への影響力拡大、あらゆる国際関係を二国間関係の集積として捉える発想、そして「米国や西側ではなく途上国の代表である中国こそ、自国の発展の経験を生かして世界的な課題を解決できる」という発想を結びつけ、「中国主導の多辺主義」を大いに推し広げようとしている。

一方、中国のいう「真正な民主精神」とは何か。それは習近平のいう「全過程民主」である。

ここ1〜2年の中国は、米中対立と疫病禍をうけて、米国の連邦議会襲撃事件やアフガン撤退、世界最悪の感染状況、人種差別といった問題を通じて、米国の民主と自由は短期的な視野しか持たず移ろいやすい世論に左右され、真に米国民の生命と財産を保障しているとは言えないとあげつらう。そして、米国の一国主義的な覇権こそが、世界中でこれまで数え切れない悲劇を生んできたと主張する。

中国にとって西側の「民主」は小さな「私」の「ニセ民主」

これに対して中国共産党は、今や中国こそが一人ひとりの個人にとって切実な生存権と発展権を充足させ、そのために必要な社会の安定を実現しているのみならず、あらゆる人々を社会と経済の運営に参与させ、自分も国家と社会の主人公であるという自覚を持たせており、このような人民の名における「全過程民主」こそ、西側の「私」の小さな利益に左右された「ニセの民主」に取って代わる、大いなる「公」の「真正の民主」なのだと強調する。

しかしこれは、伝統的な専制政治において、権力者が民のためを思って「正しい」政治を行う「民本」である。全ての人々の自由意思を尊重するところから出発して権力の放肆(ほうし)を牽制し、多様な意見が政治と社会に反映される中でさらなる自由と発展を担保しようとするという、世界中で長年にわたり希求されてきた自由と民主の精神とは全く相容れない。

それでも中国は、自由であるがゆえに移り気でまとまりがない外国の世論を逆手にとり、中国式の管理社会を止める気配は全くない。新疆ウイグル自治区問題でどれほど諸外国が懸念を強め、持続的なビジネスのあり方をめぐる議論が進もうとも、中国は自国の経済が巨大で、全世界に恩恵をもたらすものでありさえすれば、多くの国や企業が中国との協力を止めることはないと見ているのであろう。

既に2008年、北京五輪を前にどれほどチベット問題が激化しても、いざ北京五輪の華々しい開会式や競技が展開されれば、結局世界中の誰もが北京五輪を受け容れ、その後のリーマン・ショックの中で、巨大なインフラ投資で世界経済の牽引車に躍り出た中国にすがった。

全ては「社会の安定」による「共同富裕」のため

だからこそ、中国の問題はますます深刻になるばかりである。

ここ1〜2年来の日本では、新疆ウイグル自治区や香港の問題が大きな注目を集めているが、それだけでなくチベット問題や南モンゴルの問題も、固有の言語や文化が「中国化」の圧力にさらされて大きな打撃を蒙っており、本質的な緩和や和解とはほど遠い。

さらに中国は、「社会の安定」を実現して発展を促進することこそ、「発展権」を中心とした「中国の人権」に合致しており、個別の自由権や主張はむしろ「社会の安定」を乱し「発展権」を阻害するがゆえに「反人権」であるという発想を、少数民族や香港のみならず中国のあらゆる問題にも適用するようになった。防疫のためと称して残酷な都市封鎖や隔離が行われるのも、文化的なコンテンツや教育内容に党と国家が容赦なく介入するのも、全ては「社会の安定」による「共同富裕」のためであり、「中国の人権と人民民主」を充足するためだということになる。

尖閣諸島を領有する日本が中国に処罰される?

今後中国は、中国の「発展」のために必要な「グローバル社会の安定」を実現するため、中国の外交方針に沿わず、さらには台湾・香港・新疆・チベット問題など「核心利益」をめぐって中国を牽制する外国政府や外国人に対して制裁を加え、処罰しようとすることであろう。既にその方針は、香港国家安全維持法第38条の「外国と結託して香港を中国から分裂させ乱す行為は、外国人であろうと、外国での行為であろうと処罰できる」という趣旨にも現れている。

日本に関していえば、「釣魚島は台湾の一部分」という中国の主張に照らして、日本が尖閣諸島を領有すること自体をいずれ処罰しようとすることであろう。「台湾解放による祖国の統一実現」は、「台湾の一部分」である尖閣諸島を「解放」してこそ真に実現するものだからである。安倍晋三元首相の「台湾有事は日本有事」発言は間違いではない。

日本も含む全ての外界は、もし北京冬季五輪の華やかな表面にとらわれて事の本質に気付かず、新疆・チベット・香港などの問題を他人事として捉え続けるのであれば、いずれ知らず知らずのうちに完全に中国によって管理され、独立と自主を失ってしまうだろう。一人でも多くの読者がそのことに気づき、中国の挙動を批判的に注視するとともに、開かれた多様で自由な世界を保つために何ができるかを考えて頂ければ幸いである。

とりわけ、中国流の管理社会こそ正しいという言説が信憑性を帯びて、さらなる中国内外の問題が深刻化するのを避けようと考えるならば、まずは日本や米国をはじめ多くの国が、自身のガヴァナンスを再建し、自由で開かれた社会こそさまざまな問題をより良く解決できることを実証して行かなければならないし、そのための歴史的な気概と創意工夫を結集させなければならないのではないか。

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