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「古文・漢文なんて、勉強しても無駄」なのか?

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受験シーズンの時期、毎年SNSでテンプレのように繰り返される話の一つに「古文・漢文なんて、勉強しても無駄じゃね?」がある。

今年の大学入学共通テストでは『増鏡』『とはずがたり』『?経室集』といった作品が取り上げられたが、確かに「こんなの入試が終わったら、二度と読まない」という人もいるだろう。しかし、古典の勉強は本当に「無駄」なのだろうか。(文:昼間たかし)

ノーベル賞のヒントに

直接関係のない科学分野でも、古典から研究のヒントをもらったと語る人はいる。たとえば、とりわけ有名なケースだと、日本人で初めてノーベル物理学賞に輝いた湯川秀樹は、素粒子の研究に「荘子」のアイデアを結びつけていたという。湯川は、著書『天才の世界』や『人間の発見』などでも老荘思想への関心を語っている。

そこまで行かなくても、日常生活のあちこちに、古典がちょろっと顔を出す場面は多い。

たとえば『史記』に出てくる「四面楚歌」という言葉。ご存知のように「敵や反対者に囲まれて孤立する」という意味で、ときおり使われる表現だが、これは中国の秦代末期、楚の将軍・項羽が戦に大敗したときの逸話にちなんだもの。

敵の包囲網(四面)から楚の歌が聞こえてくる、つまり本来自分の味方のはずの楚の人間すら、敵側についてしまっているという、絶望的な状態が描かれているわけだ。こういう背景を知っているか知らないかで、この言葉を使う時、あるいは聞いたときに脳内に浮かぶイメージは変わってくるはずだ。

「言葉」や「エピソード」を知っているかどうかで、人間関係も変わってくる。

たとえば、同じ芸能人やアニメ作品、スポーツチームのファン・コミュニティで、仲間うちに入りたいと思ったら、おさえておくべき基礎知識はある。ガンダムファンの集いで「初代ガンダムなんて見ても仕方ない」とか、スポーツファンの集いで「引退した選手なんて知らなくても良い」とかいうと、話題も広がっていかない。

学校で教わる古典作品も「日本語ユーザーが、おさえておきたい基礎知識」みたいなところがあるのではないかと思う。日本には『枕草子』や『源氏物語』など、1000年以上も語り継がれてきた作品がある。

そうした古典文学に影響を受けたと語るクリエイターは、それこそ枚挙にいとまがない。先日亡くなった小説家・瀬戸内寂聴も『とはずがたり』を現代語訳したり小説化したりしている。古典が連綿と受け継がれて出来上がったのが、現代の日本語・日本文化なのだから、「古いから、いらね」とかんたんに切り捨てられるものでもないはずだ。

この複雑な世の中、子どもが知っておくべきことはどんどん増えている。しかし、それでも、長く生き抜いてきた古典作品には、そこに割って入るぐらいのパワーがあると思う。あまり言いすぎると、好きな作品をゴリ押しするオタクみたいになっちゃうから、今日はこのへんにしとくけど。

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