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女川町を復興し、経済をまわしていくために必要なこととは ―― 日本災害復興学会・女川町車座トーク

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鈴木 ええ、それは考えています。でも女川町にはいま宿泊設備がないんですよね。

中林 であるならば、女川町営の大飯場をつくってみるのはどうでしょう。工事関係者の衣食住、すべての日常生活を町ぐるみで請け負ってしまうんです。大きな町民の雇用の場がつくれます。

鈴木 女川町に宿泊施設がないため、ガレキ処理や解体の工事関係者は毎日、仙台や松島、鳴子から2時間、3時間かけて女川町に来ていました。負担が大きすぎるということで、ゼネコンと話し合いをして、現場のわきに飯場をつくりました。それを行政がやってくれたらいいですね。

阿部 ただ土地の問題が大きいんですよね。大飯場をつくるとなると、その土地の地権者を調べて、一人ひとりから借り上げ、あるいは買い上げないといけません。

中林 でも仕事で来る人が1、2年も女川町で生活すること自体が風評被害を打ち消すメッセンジャーとなると思いますし、町ぐるみ、町と町民で、ぜひやるべきだと思います。



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■活用されていない復興基金

福留 東日本大震災の被災地全体でうまく活用できていないのが、復興基金だと思います。交付金ばかりが表に出てしまっていて、交付金に比べて自由度の高い復興基金が注目されていない。額は不十分かもしれませんが、復興基金を活用して、交付金ではできない、地域それぞれの活用方法もあると思います。

鈴木 そういえば、復興基金ってあんまり表に出てこないね。

阿部 聞きませんね。

福留 どうも交付金と復興基金がごっちゃになっている印象があるんです。じつは女川町にも復興基金はきています。でも一般財源として使われてしまっている。復興基金は、小さな集落や事業者が最初に一歩を踏み出すための手助けになるはずです。

中林 これまでに復興事業に使われてきたお金は大きく分けると被災自治体固有の「事業費」に対して、「補助金」「交付金」「基金」があります。自治体固有の事業費がふんだんにあれば、それで、自治体のやりたいことが国や県の意向にかかわらずできます。ところが日常でも「三割自治」といわれるように、七割は県や国からの支援で事業がなされるのです。

この国や県からの支援に「補助金」と「交付金」があります。補助金というのは、道路事業とか個別の事業毎に補助の割合が決められていて、その補助金は決定された事業目的以外にはまったく使えず、全国一律で、地域の状況に合わせて道路のつくり方を変えるなどというような融通がまったく利きません。状況が変わったので別のことに使ったほうがより良いまちづくりになることが明らかでも、当初に計画として承認され査定された事業のとおりにしか使えないのです。

それを少し緩和して、自治体の自由裁量の幅を広げたのが「交付金」です。いまはなくなってしまいましたが、前政権のときには「まちづくり交付金」という制度があって、まちづくりのためであれば、地域がかなり自由に、まちづくり活動に合わせて使うことができました。「交付金」というのは本来このように、ある目的に対して「一括交付」されたお金を、その目的を達成するために自由に使うことができる、という仕組みなのです。

さらに、「基金」というのは「自治体固有の資金」ですから、基金の目的を達成するためには自由に使える資金なのです。阪神・淡路大震災や新潟県中越地震で活用された「復興基金」は、震災復興に関わる取り組みで、既存の制度や要綱などではできない事業、費用の手当ができない取り組みに対して活用され、地域の状況に合わせた肌理細かな取り組みを可能にしたのです。

東日本大震災では、復興特別区域法(復興特区法)によって、5省(文部科学省・厚生労働省・農林水産省・国土交通省・環境省)が40種類の復興交付金事業を準備しましたが、結局は細かく事業の基準や内容が決められ、自由裁量権の幅はとても狭く、補助金による補助事業に近いものとなっているように感じています。もっと地域の状況に合わせて、つまりは被災者の復興の思いに肌理細かく対応して、省庁の縦割りではなく復興を進める取り組みが必要なのです。復興まちづくり交付金として、もっと自由に使えることが大事なのではないでしょうか。

所澤 復興基金は地域の知恵比べで、知恵を出せばいろいろと活用できるんですよね。輪島では輪島塗の振興に基金を使っていました。新潟では神社の再建に使っていましたよね。

福留 ええ、宗教としてではなく、コミュニティの象徴という名目で活用していました。一般財源では出せなくても、基金なら出すことができたんですね。

鈴木 倉庫を建てるために使うこともできますか。

福留 可能だと思います。いくらでも創意工夫でなんとかなるはずです。

永松 それこそ先ほどお話になられていた商店をつくることもできるかもしれませんね。

福留 新潟の20世帯ほどの村では、震災遺構として水没した家屋を残していて、いまでも観光客が訪れます。この人たちが、ただ写真を撮るだけではもったいないということで、おばさんたちが基金を利用して農産物の直売所とジュースの自販機をつくりました。

鈴木 調べてみよう

青木 そうですね。

福留 あっという間に時間となってしまいました。まだまだお話は尽きないと思いますが、今日はこのあたりで終わりにしたいと思います。またぜひよろしくお願いいたします。皆さんお忙しいところ、ありがとうございました。



(2012年9月8日 きぼうのかね商店街女川商工会にて)

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