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女川町を復興し、経済をまわしていくために必要なこととは ―― 日本災害復興学会・女川町車座トーク

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東日本大震災の大津波にさらわれた宮城県女川町。津波に飲みこまれる様子は、繰り返し報道され、わたしたちに強烈な印象を残している。早い段階で復興計画を立ち上げた女川町だが、今後、持続可能な新しいまちづくりに取り組みにあたり、地域の経済をいかに活性化するかが重要な課題になるだろう。女川商工会の皆さんと日本災害復興学会が、望ましい復興について語り合った。(構成 / 金子昂)

■自己紹介

福留 皆さん、今日は朝早くからお集まりいただきありがとうございます。日本災害復興学会は、被災地の復興のために学会が持っている経験や知識を提供したい、また皆さんのご意見をお聞きしたいということで、これまでも何度か被災地にて車座トークを開いてまいりました。本日は女川町に住む皆さんのご意見を率直にお聞かせいただきたいと思っています。まずは自己紹介をよろしくお願いいたします。

中林 復興学会の副会長をしています。明治大学の中林です。

永松 関西大学の永松です。経済学を専門にしています。東日本大震災に関しては、失われた雇用を回復させることが重要なテーマになると思い、地震発生直後から途上国で行われているキャッシュフォーワークという雇用創出の手法を紹介してきました。

所澤 共同通信の所澤です。今日は復興学会の学会員としてまいりました。

福留 東北工業大学の福留です。よろしくお願いいたします。

青山 今日は遠いところから女川まで来てくださってありがとうございます。女川町復興連絡協議会の青山です。わたしたちもこの一年半を迷いながら過ごしてまいりました。女川町の様子をテレビなどで見ている方々は、復興が進みつつあるとお思いかもしれませんが、実際はようやく瓦礫を移動し終えただけで、これから何年もかけて復興しなくてはいけない状況にあります。復興のために、地域唯一の経済団体である商工会がどんな役割を果たすことができるのか、皆さんのお話を聞きながら考えていきたいと思っています。

鈴木 同じく女川町復興連絡協議会で副会長をしている鈴木です。震災後、着の身着のまま津波から逃げ、数日間は食べ物を確保するのに必死でした。物資が入ってきて落ち着いた頃に、どのように町を復興させればいいのか、民間でもなにかできるのではないかと思い、復興連絡協議会を立ち上げました。

女川町は早い段階で復興計画を立てました。いま心配しているのは、この計画が具体的にどのように動いていくかです。町はできても人口がどんどん減ってしまっては意味がありません。現在、仮設住宅に入居している人たちは、補助金や援助金でなんとかなっていますが、それもいずれは途絶えてしまいます。女川町に住んでいたくても、仕事がなければ町外に出て行ってしまう。そのためにも雇用を創出し、十分な収入を得られるようにする必要があると思っています。そのためのアイディアを、皆さんからいただければと思っています。

阿部 町づくり創造委員会で委員長をしている阿部です。新聞販売店の経営もしています。

いま女川町主導で、町づくりワーキンググループが設立されました。ここでは60名程度の人間が月2回ほど集まり、商業、観光、教育などジャンルごとにグループにわかれて話し合いをしています。いまはまだアイディアを出し合っている段階で具体的なことは決まっていません。今日は皆さんのお話を伺って勉強していきたいと思っています。



■実践することで制度をつくる

福留 皆さんありがとうございます。では意見交換会に先立ちまして、話題提供として中林先生と永松先生にお話いただきます。

中林 わたしは縁あって南三陸町の復興計画策定委員会の副委員長をやっています。南三陸町の被災状況は女川町に似ていて、町の全世帯の8割が津波にさらされ、6割は自宅が全壊し、役場も壊滅してしまいました。女川町も南三陸町も、ほとんどすべてが失われたなかでの復興ですから、逆手に取ればなんでもできるはずです。しかし実際はさまざまな課題が噴出してうまくいっていないのが現状です。

南三陸町でも女川町でもほとんどの人が避難生活を終えて仮設住宅に入居していますが、町内だけでは、仮設住宅の場所も数も足りていません。その結果、見なし仮設住宅が活用され、多くの被災者が町外に出てしまっています。彼らをいかに町に呼び戻すか。そのためにはやはり仕事を取り戻していくことが必要です。

災害は、災害前の傾向を助長すると言われます。経済成長期は復興によって災害前以上に成長することができました。しかし今回の震災は、震災前に人口減少傾向にあった地域が多く、より厳しい状況へと追い込まれてしまう可能性が高い。それでも女川町に住みつづけたい人がいるかぎりは新しい町へと復興していかなくてはいけないでしょう。もしかしたら、新しい町づくりの最大のきっかけになるかもしれません。

国による産業への復興支援が遅れているなか、いかに営業環境を整え、雇用を創出していくか。国に頼り切るのではなく、NPOや一般社団法人など市民側からもさまざまに工夫し、復興を展開していく必要があります。制度というものは、実践してみせることでつくられていくものです。制度がないからできないのではなく、事例がないから制度ができていないと考えて、率先して事例をつくっていく。そのように考えるほうがいいとわたしは思います。われわれも復興学会として可能なかぎり皆さんに力添えさせていただきたいと思っています。今日はよろしくお願いいたします。



■いかに外貨を獲得し、循環させるか

福留 ありがとうございました。つづいて、永松先生お願いいたします。

永松 先ほど自己紹介の際に少しお話させていただきましたが、わたしは雇用創出をテーマにしたキャッシュフォーワークという活動をしてまいりました。この活動は、たとえば途上国の場合ですと、瓦礫の片づけやインフラ整備など、復興・復旧事業に被災者を雇い、雇用を創出することも目的としています。

とはいえ事務系の仕事が多い日本では、肉体労働だけでは雇用が維持できないと考えられてきていました。しかしアメリカでは、行政の支援や罹災証明の発行、相談業務などによって雇用創出に成功した例があります。東日本大震災発生直後からわたしは、復旧・復興業務の仕事を拡大することで雇用が生まれると訴えかけ、結果、政府の実施した緊急雇用にわたしたちの提言を反映させることに成功しました。

今日はもう少し実践的に、地域経済を復旧させるための方法についてわたしの考えをお話したいと思います。重要なことはふたつ。ひとつ目は、外貨をいかに獲得していくか。つまり女川町の外から、女川町の内にどうやってお金を落とさせるか、あるいは女川町のものを町外でどれだけ買ってもらうか。そしてふたつ目が、稼いだ外貨をいかに女川町のなかで循環させるか。仙台に買い物に出てしまえば、せっかく稼いだ外貨が町外に流出してしまいます。でも、たとえば1億円稼いだ外貨を、女川町内で3回循環させれば3億円になりますよね。このふたつをどちらも考えなくてはいけません。

女川町の産業構造を詳細に理解していないため具体的なお話はできないのですが、いままでにキャッシュフォーワークで出会った面白い活動についてご紹介をして、なにかヒントになればと思います。

大槌町の吉里吉里では、震災直後、お風呂のかわりに薪ストーブでお湯をわかしていました。ある人が「この薪は売れるのではないか」と言い出したことをきっかけに、ただの瓦礫からつくった薪をコメ袋に入れて、「復活の薪」と名づけて売りだしたところ、インターネットで飛ぶように売れました。彼らはいまNPO法人を立ち上げ、林業の間伐で薪をつくり、おがくずでカブトムシやしいたけを育成するという新たなビジネスを始め、外貨を稼ごうとしています。

また大船渡市越喜来では、女性たちが漁網から編んだミサンガを「浜のミサンガ」と名づけて売り出しています。これはわたしも関わっているのですが、累計1億円もの売り上げを達成しました。彼女たちはいま法人化を目指しています。わたしが彼女らに強く言っているのは、ミサンガ自体には大した価値がない。これは被災者を支援したいと思っている人たちと被災地を繋げるコミュニケーションチャンネルとしての価値がある。たとえば現地で観光振興に取り組もうとしたら、ミサンガ購入者は大切な応援団として支えてくれる可能性があります。

それから緊急雇用の受け皿としてスタートした気仙沼復興協会も、行政のお金に依存してはいけないということで、女性たちが集まって編んだ編み物を売る「港町の縫いっ娘ぶらぐ」という活動をしています。またボランティアニーズの少なくなっているなか、あえて積極的にボランティアを受け入れることで、より気仙沼を知っていただき、好きになってもらおうとしています。ボランティアの方々も大切なお客さんなんですね。

いままでお話してきた事例は外貨を稼ぐ手段ですが、内部で循環させてくヒントも少しずつ出てきているように思います。釜石市や大槌町、石巻市では、緊急雇用として仮設住宅支援員を雇い、全仮設団地に常駐さえています。これだけでそれぞれ100人規模の雇用が創出できている。緊急雇用は永続的なものではありませんが、ここには今後のヒントが隠されています。

仮設住宅支援員は医療や福祉といった技術を持っていない普通の人です。でも仮設団地の人々には評価されつつある。この活動を担当しているNPOの人とお話した際、「支援員を雇うコストは一世帯あたり月6000円なのでマンションの管理費と同程度の負担です。それに見合う活動にすれば、新しい雇用が地域のなかに生まれるかもしれない」と仰っていて感動をした覚えがあります。

従来コミュニティビジネスと呼ばれていた、地域のなかでお金を動かす仕組みが、被災地のなかで生まれつつあるのかもしれません。とくに仮設団地の支援は、日本で問題になっている高齢者の孤独死対策のヒントとして全国的に根付いていく可能性もあります。女川町でもこのような経済復興のきっかけができてくれば思い紹介させていただきました。以上です。



■被災地の買い物問題

福留 ありがとうございます。ではこれから意見交換会に入りたいと思います。みなさん、どうぞざっくばらんにお話いただければと思います。

鈴木 震災後、女川町で買い物ができるように早い段階で、今日の会場である希望の鐘商店街を立ち上げました。しかしお年寄りは移動手段がありませんし、車を持っている人の場合、いままで通り石巻市の量販店に買い物に出てしまう。震災前から、女川町の商店街はシャッター通りと化していました。これは新しい町づくりを進めるなかで、重要な課題だと思っています。

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