- 2022年01月20日 09:00 (配信日時 01月19日 15:15)
「こんなの三越じゃない」11期連続赤字の地方店が仕掛けた"前代未聞のデパ地下"の狙い
2/220年近く行っていないのに再生を引き受けた
松山三越の地下食品売り場の運営を取り仕切るのは、松山を拠点に建築デザインやブランディング事業を手がけるNINO代表の二宮敏氏(40)と、東京都羽村市など都内を中心に展開するスーパーマーケット「福島屋」会長の福島徹氏(70)。2人は、ゼロから地域の百貨店をつくり直そうと奔走する浅田社長の熱意に触発され、“デパ地下でもスーパーでもない”、新しい「食」の事業を仕掛けていくチームとして新会社を設立、初めてタッグを組んだ。
「THE CENTRAL MARKET」の運営に携わる二宮敏氏。2013年にデザインスタジオを設立。道後温泉をアートで彩る活性化プロジェクトやまちづくりなどを手がけた経験を生かして松山三越の再生プロジェクトに参画した - 筆者撮影
二宮氏にとっての松山三越は「祖父が大工で、松山三越の建築に関わった」というほど縁が深い。「家族と訪れたワクワクする特別な場所」という思い出があるが、愛媛県外で建築やデザインを学び地元に戻って20年近く、百貨店に足を運んでこなかった一人だ。客離れが進む百貨店の現状を「どこでも買えるような商品で埋められた売り場に限界がきていた」とみる。
地域のランドマークを復活させたい
時代の先駆者としての地位は崩れ、いつしか百貨店はどの施設がより手軽でより便利か、“大衆消費”の土俵で比べられ、選ばれなくなってしまったのではないか。他の小売業と横並びで消費者の嗜好の変化とビジネスの効率性を追いかけることに必死になり、百貨店が元々鍛え上げてきた「目利き」によって、“まだ見ぬ価値”を掘り起こし、演出することを自ら投げ捨ててきたようにも映る。
地方であるほど、その価値に引き寄せられる人々によって百貨店そのものが地域のランドマークをなし、独自の風土を育むコミュニティーとしての役割を果たしてきた側面は大きい。衰退を放置すれば、地域全体の体力を奪われる起点になりかねない。
芽生えた問題意識から二宮氏らが構想したのが、「つながる・伝える・学び合う」をコンセプトにした、デパ地下に切り込む食の拠点づくりだった。
「これまでの延長線上ではうまくいかない」
TCMでは、国産原料、化学調味料無添加の商品を中心に、生産者と直接交渉して仕入れた全国各地の選りすぐりの食材や、つくり手のこだわりが伝わる質の高い商品を揃える。併設するキッチンスペースで旬の食材を使った期間限定のレストランや、料理教室などを定期的に開催。生産者と利用者の接点を増やしながら、商品化に至るプロセスや素材の生かし方を学び合い、「食」を支える一次産業のあり方を人々に問いかけるようなコミュニティーをつくろうとしている。
食品売り場内の料理教室の様子。住宅設備をオンライン販売するサンワカンパニーがショールームとして場所を提供している - 写真提供=TCM
原型は、都内を中心に展開する創業42年のスーパーマーケット「福島屋」にある。「食べて美味しく体に優しい」独自の商品セレクトと経営スタイルが注目され、顧客もメディア取材も絶えない、話題の人気スーパーだ。その創業者の福島氏がなぜ、松山三越の再生プロジェクトに関わる決断をしたのか。
福島氏は言う。
「コロナもあり、いよいよ予測不可能な状況で、商売もこれまでの延長線上ではうまくいかないことがはっきりしてきました。中でも一次産業を後ろに控える(食関連の)事業は最も手がつけられていない。この危機的な状況で意識を変えることと、あるべきビジョンをどうやって掛け合わせていくか。失敗して恥ずかしい思いもするし、冷や汗はかく。それでも、やる価値はあると思ったんです」
「お客さんからは辛辣な意見がめちゃくちゃ多い」
実際に売り場を動かしていく二宮氏をはじめ地元のスタッフの多くは、暮らしに直結したリアルな場の運営に直接携わったことがない、未経験からの大舞台にいる。
総監督を務める福島氏自身、「開業直後は、ここまでかと思うほどうまくいかない。泳げると思っていたら溺れる、後ろから浮き輪を投げる、そんな感じです」というように、未来志向の羅針盤を片手に進むべき方向を指し示す初めてのポジショニングで試行錯誤を続けている。
「現場の若い人たちが体を張って、本気で一次産業の現状をどうするのかを考えながら、トライアル・アンド・エラーを繰り返す。魂を入れるのはこれからです。関わる人たちがmust(しなければならない)からwant to(そうしたい)になっていく環境で動き始めた時、保守的な一次産業の世界がどう変わるのかが、見たい」(福島氏)
開業から2カ月。売り場では約70人を雇用したが、人材の確保も、企画や情報発信もまだまだ理想のレベルには程遠い。見慣れたデパ地下やスーパーらしからぬ売り場に、「がっかり」「こんなの三越じゃない」と、「辛辣な意見がめちゃくちゃ多い」(二宮氏)。“らしさ”を求める客の要望と、目指す「場」の未来像との狭間で揺らぐことがまったくない、とは言い切れない。だが、二宮氏にとってとるべき道は明白だ。
「既存の枠組みの中に引き戻されたら、百貨店はもう二度と変わることはない。求められているマーケットに寄せていくのではなく、攻め続けることに集中していく。場所があることでもがいてみる。ありたい形を発信していきます」
前例のない試みは7、8階のホテルも
トライアル・アンド・エラーは食品売り場に限らない。松山三越の全フロアで、地域や業態としての課題に向き合った「地域協業」の新企画が同時進行で動き始めている。
店舗の7、8階に開業した北欧風の高級ホテル「LEPO」とレストラン「AINO」も、地元・道後温泉で老舗旅館を経営する「茶玻瑠(ちゃはる)」が手がけている。同社の川本栄次社長は、かつて慰安型旅行が中心だった道後地区を改革しようと、ランチメニューの開発やウェディング事業を先駆け、地元客に親しまれる地域としてイメージを塗り替えてきた開拓者でもある。
フィンランド・デザイン界の第一人者として知られている愛媛県砥部町出身の陶芸家・石本藤雄によるアートで飾られたHOTEL LEPO CHAHARUの客室内 - 筆者撮影
川本社長は「現状を打破するには地域の人に徹頭徹尾、愛してもらうことが大切です。浅田社長にチャンスをいただいた。生まれ変わろうとする百貨店で、ホテルの一つの概念を変えるきっかけをつくっていきたい」と期待する。
8割の社員が早期退職を希望したが…
だが、地元企業との「共創」が生まれようとするかたわらで、百貨店としては重大な「人」の課題を抱えている。2020年7月の再生計画の正式決定とほぼ同時期に、松山三越は早期退職の募集に踏み切った。250人ほどいた社員のうち想定を上回る約8割の社員が退職を希望し、残る“獅子”は47人。
正面玄関前に設置された「ミチナカピアノ」を楽しむ人々。改装前にあった三越の紫紺の暖簾は外され、商店街に一体感が生まれた=1月2日、松山三越前(写真提供=関係者)
百貨店の売り場が2~4階に集約されて縮小したとはいえ、松山三越の社員には別の重要な仕事が生まれている。ここで起こる変革の“機運”と“障壁“の両方を肌で感じながら、百貨店が再び地域の核となる「城」を興し城下町をつくれるか、一つのあり方を見いだす役割だ。
大手百貨店が不採算店として閉店を決めた周辺市街地では、衰退が加速した地域も少なくない。閉店に歯止めをかけるのと同時に、持続可能な社会をつくることはきれいごとではなく、今後の百貨店にとって新たな「成長戦略」になりうる重要なテーマだ。
それは、人々の出会いや対話を生みだすコミュニティーという新たな「公共」を育むリアルの復活であり、自然を守りながら衣食住の素材を届ける一次生産者に光を当てることでもある。
三越伊勢丹本体が、グループのネットワークに乗せて「松山三越モデル」の浸透に動いた時、百貨店はようやく、「小売の王様」に返り咲く道が開けるのかもしれない。
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座安 あきの(ざやす・あきの)
Polestar Communications取締役社長
1978年、沖縄県生まれ。2006年沖縄タイムス社入社。編集局政経部経済班、社会部などを担当。09年から1年間、朝日新聞福岡本部・経済部出向。16年からくらし班で保育や学童、労働、障がい者雇用問題などを追った企画を多数。連載「『働く』を考える」が「貧困ジャーナリズム大賞2017」特別賞を受賞。2020年4月からPolestar Okinawa Gateway取締役広報戦略支援室長として洋菓子メーカーやIT企業などの広報支援、経済リポートなどを執筆。同10月から現職兼務。
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(Polestar Communications取締役社長 座安 あきの)
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