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「友達とつながっていても孤独感は消えない」SNSで心をすり減らす人がハマる"共感の罠"

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スマートフォンでSNSを使用する女性 ※写真はイメージです - iStock.com/Urupong

気づかないうちに溜め込まれていく負の感情

人は嫌われたくない思いがあり、「居場所」を確保したくなる生き物です。

自らに注がれるまなざしから他者の思いを読み取り、人と同じように振舞いたくなる。そうした感覚がベースにあるだけに、少し抵抗を感じるような行動でも「仲間」から嫌われることを恐れて、自分の気持ちを押し隠すことがあります。

それを繰り返すうち、だんだん、自分の気持ちを押し殺すことに慣れていくようになってしまうのです。そしてその引き換えに、グループの中に「居場所」を見つけられたように思い込むこともあります。

しかし、押し隠した感情は、確実に蓄積されています。心という巨大な氷山の水面下に、徐々にマイナスの力として溜め込まれていきます。

そしてあるとき、思いがけないことで爆発するのです。自分の心の底にある思い、どんな小さな引っかかりでも丁寧に見つめて、いい加減にやり過ごさないこと、溜め込んでいかないことが大事なのです。

それでも、まだ本当に自分が求めているものは、わからないことも多いでしょう。自分で自分がわからない。その不思議な人間の性質は、幼少期のこんな経験に秘密があるからかもしれません。精神分析を専門とする哲学者ラカンの分析に面白い説があります。

鏡の中の「自分」から生まれる錯覚――哲学者ラカンの精神分析

ある日、お母さんに抱かれて、初めて鏡の前にやってきた幼い子ども。

子どもは、今までバラバラにしか見ることができなかった自分というものの全身の姿を、そこに見出します。この発達段階のことを、ラカンは文字通り、鏡の中に像を見出す段階、「鏡像段階」と名づけました。

幼児は喜びます、鏡の中に見つけ出したイメージこそ、自分自身だと思い込んで。この「錯覚」が、人間の自我の認識のすれ違いの原点にあるのだとしたら。

幼児が自分の姿と思っているのは鏡に映し出された像に過ぎないわけですが、それを実際の自分と同一視するところから、いわば虚構の世界へと近づこうとしても近づけない永遠のジレンマが始まります。

初めて「自分」を見出した喜びが、じつは苦しみの始まりにもなっている、というわけです。鏡の世界には誰も入ることができないのですから。

その後言葉を獲得し、客観的な認識を持つ過程で、鏡の中の「自分」は本当の自分ではないことにも気づき、この「鏡像段階」を抜け出していくわけですが、この体験は強烈なものとなり、多くの人々の心の底に残るのではないでしょうか?

成長を遂げ大人になっても、自分の存在を鏡の中という、自らが映り込んだものの中に見出す傾向が無意識に残ってしまうとしたら、それは人の心のありように、深く静かに影響を与え続けることでしょう。じつは本当の自分ではない幻を、ずっと自分だと思って追い回しているようなものなのですから。

ちなみに「欲望とは他者の欲望である」という言葉もラカンは残しています。

この幼児期の強烈な経験は、自分で自分を把握できない感覚の原点だと言えます。

服を試着している子供 ※写真はイメージです - iStock.com/zorazhuang

SNSが心にもたらす危険性

鏡の中に映る自分を、現実の自分と思い込む錯覚。この構造に近いものに、ぼくたちは日々接しています。あなたも毎日、「現代の鏡」をのぞいているのではありませんか?

そう、スマートフォン、そしてSNSの世界です。

何気ない思いつき、友人たちへのメッセージなどを公開し楽しんでいる人も多いでしょう。確かに便利で交友関係も広がります。

しかし、使い方を間違え、心が折れるような思いをしたことがある人もいるのではないでしょうか?

「自分のアカウント」を作り、「自分の写真」を連ねていくうちに、ネット上に生まれた自分に関するページ、自分の写真、言葉で埋め尽くされたページが、あたかも自分の分身、自分そのもののように感じ始めてしまう可能性があるのです。

そして、単なる「電子データ」に、特別な愛着を感じてしまい、その「充実」を試みることで、自己の同一化を図ろうとしてしまうのです。そこに、いつの間にか錯覚におちいる、人間の認識の危険性が潜んでいるように思えます。

そもそもネット上にあるのは、あなたではありません。

たとえば猫のキャラクターなどでやりとりする……、挨拶を交わしたり、感謝を表現したり、そうした交流は楽しいものですよね。もちろん否定する気はありません。

しかし、そのかわいいキャラクターを自分、あるいは自分の分身だと思い込むような心の働きがあることには、注意しておいたほうがよさそうです。

自分を見失わないために

素朴なやりとりから、その表現自体を自分と同一視する感覚が生まれ、そして「自らのアカウント」を「自分」と感じるようになってしまうまで、そこに連続性があることも、自覚しておいた方がよいでしょう。

いくら自分のページを着飾っても、いくら「いいね」をもらっても、あなた自身が持つべき本来の自信にも、深い安らぎにも、最終的にはつながらないのです。

丸山俊一『14歳からの個人主義』(大和書房)
丸山俊一『14歳からの個人主義』(大和書房)

最近、ネットの中で不安や疎外感を抱くことで生まれたと思われるような事件も生まれています。事件にまでいたらずとも、自尊心を傷つけられ、本来の自分を見失う人も増えています。

スマートフォンは、使い方を誤らないよう注意が必要な、現代の「鏡」だと言えるのかもしれません。

では、こうした錯覚から抜け出し、いたずらに心を弄ばれてしまうことがない自分を維持していくにはどうしたらよいのか? こうした時代だからこそ、社会との関係性を保ちながら「自分を持つ」ということの本当の意味と大事さを、あらためて考えてみてほしいと思います。

『14歳からの個人主義』では、先人たちの思想をヒントに考えていきます。この本が、皆さんが自分らしく生きるための一助になることを願っています。

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丸山 俊一(まるやま・しゅんいち)
NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー
NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー、東京藝術大学客員教授、早稲田大学非常勤講師。1962年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。「英語でしゃべらナイト」「爆笑問題のニッポンの教養」「ニッポンのジレンマ」「ニッポン戦後サブカルチャー史」ほか数多くの教養エンターテインメント、ドキュメントを企画開発。現在も「欲望の資本主義」「欲望の時代の哲学」「世界サブカルチャー史~欲望の系譜~」などの「欲望」シリーズのほか、「ネコメンタリー 猫も、杓子も。」「魂のタキ火」など様々なジャンルの異色企画をプロデュースし続ける。著書に『14歳からの資本主義』(大和書房)『結論は出さなくていい』(光文社新書)などがある。
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(NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー 丸山 俊一)

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