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エルトゥールル号遭難事件:日本とトルコの友好物語

 今日、夕方安倍総理は首相官邸でトルコのユルマズ国防大臣の表敬訪問を受けた。

 その席上安倍総理から去る2月24日に亡くなったあるトルコ人パイロットに対する弔意が表明された。なぜ一人のパイロットの逝去に対して日本の首相が弔意を表明したのか?その背景には日本とトルコの長い友好の物語がある。

 話は123年前に遡る。

 1890年、エルトゥールル号に乗ってオスマントルコ帝国の使節団が来日。明治天皇に拝謁した後帰国の途に就いたが、和歌山県串本町沖で同号は座礁し、581名が死亡。串本町大島の住人が必死の救助にあたり、69名を救出。その後日本海軍の巡洋艦でトルコまで丁重に送った。日本では犠牲となったトルコ人への同情論が高まり、当時の日本の経済力からみて非常に多額の義援金も集まりトルコに届けられた。

 悲劇的な遭難事件ではあったが、日本の官民挙げての心温まる対応がトルコ人の心を打ち、トルコが親日国となるきっかけだになったといわれている。

 時は流れて1985年。イラン・イラク戦争が激化する中、フセイン統治下のイラクは、テヘラン空爆を開始。期限を設定して「期限以降にイラン領空を飛行する飛行機は民間機であろうとすべて撃墜する」と通告してきた。

 当時テヘランには日本企業社員やその家族等250名がいた。日本の航空会社は乗員組合が「危険なところには飛行できない」と拒否したため救援機を飛ばすことが出来ず、また各国の航空会社は自国民の搭乗を優先したため乗り込むことができず、あと数時間でイラクの通告期限が来て日本人はそのままテヘランに取り残され、イラクの空爆下を逃げ惑うしかない状況に追い込まれつつあった。

 そこに飛来したのが2機のトルコ航空の特別機2機であった。当時のオザル・トルコ大統領が「今こそエルトゥールル号の恩を返そう」と派遣を決断。日本人ほぼ全員が乗り込むことが出来て、無事脱出することが出来た。

 その1機のパイロットが先日逝去したスヨルジュ氏であったのだ。

 安倍総理はご遺族にも弔辞を届けているが、その中で「スヨルジュ殿の功績を日本国民は決して忘れることはなく、日本とトルコの友好関係の中でいつまでも語り継がれることになるでしょう」と述べている。

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