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超高齢社会でますます必要になる“他者への想像力”-第155回(中編)筧裕介氏


ソーシャルデザインの研究・実践に取り組むissue+design代表のデザイナー・筧裕介氏。認知症に対する新たな視点をもたらしたと話題となった『認知症世界の歩き方』の出版だけにとどまらず、ビジョンがあるという。デザインで介護問題に風穴を開けた筧氏に、一人の市民が持つ課題解決の可能性を伺った。

取材・文/みんなの介護

『認知症世界の歩き方』後のプロジェクト

みんなの介護 『認知症世界の歩き方』の出版をされて、今後の展望はございますか?

 「認知症世界の歩き方カレッジ」という学びの場を準備しています。2021年中にスタートする予定です。

カレッジは3つのプログラムで構成されています。1つは「認知症世界の歩き方検定」です。これは認知症に関する知識を確認・習得してもらうためのもの。〇×で回答する基礎知識問題と、ご本人が直面するトラブルの状況を記述したケーススタディの問題を用意しています。この検定に合格いただくと「認知症世界の歩き方マスター」に認定されます。


2つ目は、オンラインで体験できる「認知症世界の歩き方Play」というゲーム型のワークショップです。参加者が認知症世界の旅を体験する「人生ゲーム」のようなプログラムです。

3つ目は「認知症世界の歩き方ダイアログ」。『認知症世界の歩き方』を、地域で地域住民の皆さんや医療・介護・福祉関係者の皆さんがともに学ぶプログラムです。認知症の方が置かれている状況や、何に困っているのかを対話を通じて一緒に学びます。

この3つのプログラムを全国の方に体験してもらい、「認知症の方が生きる世界を日本人全員が当たり前のように知っている状態」を目指したいと思っています。

ある若年性アルツハイマー病の方の悩み「人の顔がわからない」

みんなの介護 『認知症世界の歩き方』の執筆にあたり、多くの認知症のある方へのインタビューをされていますよね。

 「顏無し族の村」のストーリーのモデルになった丹野智文さんのお話はとても印象深いです。39歳の時に発症した若年性アルツハイマー型認知症の当事者です。現在40代半ばですが、全国各地で認知症に関する講演活動などをされていいます。彼の特徴的な症状の一つが「人の顔がわからない」というものでした。


発症した当時、丹野さんは仙台のトヨタ系の自動車ディーラーで、ナンバーワン営業マンだったんです。

ある日、事務所にいると、いつものように「お客さんが来たよ」と呼ばれて丹野さんは販売店のフロアに出ていったそうなんです。長年のお付き合いのある顔なじみのお客さんだったのですが、顔を見ても全く誰かわからかなった。お客さんの顔がわからないというのは、営業マンにとっては信用問題です。

そこで、丹野さんは自分のお客さんの顔写真付きのリストを用意し、「〇〇さんが来たよ」と呼ばれたらそのリストを見てから行くことにしました。しかし、彼にとっては、写真に写っている人物の顔と目の前のお客さんの顔が全然違う人に見えて、全く見分けがつかなかったそうなんです。

みんなの介護 単純にその人のことを忘れてしまったというレベルではないんですね。

 そうなんです。忘れてしまったのではないんです。また、丹野さんは「最近、テレビのドラマが全く楽しくないんだよねー」とおっしゃっていたので、理由を聞いてみました。すると、登場する俳優さんの顔が毎回変わって見えるというのです。1時間弱の番組の中で主演の方ですと何度も登場します。そのたびに違う人に見えるそうです。そうなると、全く話がわからず、楽しめません。

その次に会ったときに「筧くん、僕すごく面白いことに気づいたんだよね。ドラマだと人の顔が毎回変わってしまうんだけど、アニメの登場人物の顔は変わらないんだよー」と教えてくれました。

そう、人間は人の顔を単なる2次元のビジュアルでは捉えていないんです。前から、横から、後ろから、斜めから、いろいろな角度から人の顔を認識し、記憶しており、こうした複数の情報を統合して、「この人はXXXさんだ」と判断しているんです。

もう一つ丹野さんの興味深い話があります。街中で学生時代の同級生だと思って声をかけた女性が、実は全くの他人で、ナンパだと勘違いされてしまったという話です。

この話から、人の顔の認識と記憶は密接に結びついていることがわかります。おそらく、声をかけてしまった女性の髪型、洋服、あるいは眉毛などの顔の一部、彼女の身体を構成するパーツの何かが、同級生に関する記憶と合致したことで、その記憶が彼の中に強く想起され、「この人は元同級生だ」と脳が判断して、そう視覚に投影されたのだと推測されます。


専門職以外の人のリテラシーをいかに高めるか

みんなの介護 筧さんは、デザイナーという立ち位置から認知症という問題にアプローチされています。一般市民も何かできることはあるのでしょうか。

 そうですね。私は市民がこの領域の課題解決のためにできることは数多くあると思っています。むしろ、市民の力無しで解決は不可能でしょう。

医療や介護の領域では、どうしても特別なケアを提供する専門職と、それを受ける市民や患者、被介護者という上下関係になりがちです。

しかし、専門的なスキルやノウハウだけでは解決できない課題がたくさんあります。認知症のある方がより暮らしやすい社会になるために、専門職ができることは限られます。一緒に暮らす家族や日常的に接する地域の人々、ともに働く職場の人々、市民の力無しではなしえません。

市民が、医療・介護等のヘルスケア領域のリテラシーやスキルを高めることで、課題に直面する市民、スキルを提供する専門職、制度・インフラをつくる行政、その三位一体で問題を解決していくことが求められます。

「自分には関係ない」が差別や偏見につながる

みんなの介護 市民一人ひとりが自分ごととして関心を持つことが大事ですね。しかし、介護に直接関わっていない人もいますよね。

 今の日本において、介護に全く関係のない人はいないと思うんです。もちろん、同居している家族に要介護者がいるなど、直接的に介護に関わる人は限られています。しかし、間接的に関わっている人まで含めるとどうでしょうか。

同居していない祖父母が要介護状態だったり、職場に家族を介護している同僚がいたり、近所や子どもの同級生に障害を抱えている子がいたり、何らかしらの形で誰にでも身近に介護は存在するはずです。

また、自分自身がいつどんな状況に陥るかわかリませんよね。若くして認知症になる可能性もあるでしょう。突然、親の介護が必要になることも考えられます。自分や家族が交通事故に遭うかもしれません。

「介護が必要な方や社会的に弱い立場にある方のことは、自分には関係ない」と感じるのは、想像力が不足していることが原因だと思います。社会全体の想像力の欠如が、差別や偏見を生んでいます。

最近では、新型コロナウィルスの感染者や医療者に対する差別的扱いが、まさにその典型です。「もし自分が感染したら?」「コロナ患者のケアをする仕事についていたら?」と想像してみるだけで、その方への認識が大きく変わるはずです。

そのような思いもあって、『認知症世界の歩き方』の本では「認知症の方がどういう世界で生きているか」を誰もが想像してもらえるような描き方にしたんです。

撮影:丸山剛史

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