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死刑執行後の遺体を引き取る母の涙 - 佐藤大介

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死刑囚、刑務官、被害者遺族、元法相などへのインタビューで死刑制度の全貌に迫る書籍『ルポ 死刑 法務省がひた隠す極刑のリアル』(佐藤大介著、幻冬舎新書)がたちまち3刷となり、話題を呼んでいる。

ここでは本書の一部を抜粋して紹介。刑が執行された「元死刑囚」の家族の思いとは――。

*   *   *

(写真:iStock.com/ayaka_photo)

「立派な最期でした」と告げられた母の涙

棺に入った息子は、花に囲まれ、穏やかに眠っているように見えた。
「(最期に)母ちゃんの顔を見ることはできんかったね」
母は声を絞り出して語りかけた。

福岡市早良(さわら)区の福岡拘置所。その一角にある刑場で、松田幸則元死刑囚(当時39)に死刑が執行されたのは2012年9月27日だった。

報せを受けた70代後半の母は、その翌日に熊本県内から駆けつけ、拘置所内で行われた葬儀で手を合わせた。

応対した拘置所幹部は「立派な最期でした」と告げた。遺書は書かれていなかったが、執行直前に母への遺言を遺していた。

「母ちゃんにいろいろ迷惑かけてすいませんでした。元気で長生きしてください。母ちゃんの子どもに生まれてよかった」

その言葉を伝えられた母は、拘置所の職員たちに頭を下げながら、ただただ泣いた。

松田元死刑囚が事件を起こしたのは2003年10月16日。熊本県松橋町(現・宇城市)で男女2人を殺害し、現金を奪った。

逮捕されたのは、それから2週間あまりが経った11月4日。松田元死刑囚は、取り調べに対して大筋で容疑を認め、動機について「借金返済に困ってやった」と供述したと報じられている。

松田元死刑囚はその月の25日、強盗殺人罪で熊本地検に起訴された。
起訴状には、松田元死刑囚が被害者宅を訪れ、柳刃包丁で2人の胸を数回刺して殺害し、現金約8万円や腕時計などを奪ったことが「犯罪事実」として記された。

(写真:iStock.com/PhoThoughts)

松田元死刑囚は被害者や消費者金融などから計数百万円の借金があり、返済に困っていたことが動機とされ、柳刃包丁や奪った腕時計などは、松田元死刑囚の自宅近くの空き家から見つかっていた。

2004年1月から熊本地裁で公判が始まり、2006年9月21日の判決公判では、裁判長は「反省の態度がまったく見られない」などと述べ、求刑通り死刑判決を下した。

控訴審でも、福岡高裁は2007年10月3日、熊本地裁判決を支持して控訴を棄却。最高裁に上告したが、松田元死刑囚自らが上告を取り下げ、2009年4月3日付けで死刑が確定した。

(写真:iStock.com/y-studio)

臆病で口下手な「凶悪犯」

判決文に書かれた起訴内容や、事件当時の新聞報道を読むかぎりでは、借金の返済を逃れるために2人を包丁で刺し殺し、金品を奪った松田元死刑囚の犯行は「極めて残忍」という表現そのものだ。

逮捕直後の新聞紙面は「これで安心して出歩けるようになった」「余りにも簡単に人を殺しすぎる。世の中、どうにかならないのか」といった、近隣住民たちの声を掲載している。そこから浮かんでくるのは、凶悪犯としての松田元死刑囚だ。

だが、一審で弁護を担当した三角恒(みすみ・こう)弁護士は、逮捕直後に接見した松田元死刑囚の印象を「おとなしいし、どちらかというと優しい感じの青年という印象でしたね。言葉遣いも丁寧だし、粗暴な感じはまったくしなかった」と話す。

死刑が執行されたことには「2人を殺した事実は重い」としながらも、複雑な表情を見せながら、こう続けた。

「本当に死刑にならなくてはいけない事案だったのでしょうか」

三角弁護士は接見の際、松田元死刑囚に凶器となった包丁を持って行った理由を尋ねている。その答えは、意外なものだった。
「脅すためだった」「殺すためじゃなかった」
では、なぜ金品を奪ったのか。その問いにも、松田元死刑囚は「(犯行後に)一度車で(現場を)離れてから、また戻ってきて盗んだ」と説明した。

それが事実であれば、殺人罪と窃盗罪に問われ、強盗殺人罪では訴追されない可能性があった。

「事実と違うのなら、絶対に(検察の取り調べで)認めちゃダメだ」。三角弁護士は何度も念を押したが、松田元死刑囚は罪を認め、強盗殺人を「自白した」という形になった。

(写真:iStock.com/Atstock Productions)

松田元死刑囚は、三角弁護士に「死者から物を盗ることのほうがより罪が重いと思った」と説明したという。
そうした松田元死刑囚を、三角弁護士は「臆病だったんだと思います」と言う。

「脅すつもりだったとしても、本人は怖くてたまらないんです。相手に『なんだ、お前』みたいなことを言われて、もうめった刺しにしてしまう。怖さが高じてのことだろうけれど、そうした犯行を以(もっ)て『残虐だ』という評価になってしまうんです」

公判で、弁護側は強盗殺人罪にはあたらないことを主張し、死刑回避に努めた。その一方で、松田元死刑囚は被害者への深い謝罪とともに、何度も死刑への覚悟を口にしていた。

だが、判決では反省がみられないと指弾されている。「口下手だったせいか、その思いを公判で十分に表現できなかったのかもしれません」。三角弁護士は、そう振り返った。

松田元死刑囚は逮捕直前、母を抱きしめたときのことが「忘れられない」と三角弁護士に話している。

「逮捕される前、自分の母親を抱きしめたら、母親が小さかったと言うんです。こんなに自分の母親というのは小さいものなのかと思ったって。そのとき、涙を流していたかどうかは覚えていませんが、気持ちとしては泣いていたんだと思います。母親に対して済まないという気持ちで」

三角弁護士が弁護を担ったのは、一審で死刑判決が下されたときまでだった。控訴審で別の弁護士がついた後も、松田元死刑囚からは年賀状などの手紙が何度か寄せられた。新しい弁護士もよくしてくれていること、元気に過ごしていること。

(写真:iStock.com/oliviaelisa92)

だが、福岡高裁での控訴審は、一審の死刑判決を支持した。上告を自ら取り下げたことを聞いたとき、三角弁護士は「どきっとはしなかった」と言う。

「控訴だって取り下げたいということを言っていたくらいですから。いつまでもこういうことをしたくないと、潔く逝きたいと。だから、取り下げたんでしょう」

一方で、母親からは「息子は死刑になるんですね」と何度も質された。「わからない」と答えるのが精いっぱいだったが、結局は母親の言葉どおりとなった。

「これ以上の親不孝はないですよね」。三角弁護士は、そうつぶやいた。

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