- 2022年01月09日 12:41 (配信日時 01月09日 11:15)
「日本でミカンが食べられなくなる日」コロナ禍に進む"知られざる重大危機"
3/4侵入生物に「国境」はない
ミカンコミバエの一件が示唆するものは大きい。
地球温暖化によって生息域を拡大した生物や、物流やインバウンドによって諸外国から入り込んできた生物など、新しい土地に侵入した個々の生物の背景にある事情はさまざまだ。
そもそも生物に国境はない。彼らは国境など気にもせず、移動分散して新しい生息地にやってくる。「侵略的外来種だ」と大騒ぎするのは、僕たち人間が国境なるものを勝手につくったためでしかない。
生物の分布は常に変化している。近年では、南方系の生物が寒い地方でよく見つかって話題になる。以前は亜熱帯の南西諸島に分布した、たとえばアカギカメムシなどのきれいな昆虫が、2021年には青森や北海道でも観察され、昆虫好き界隈ではかなり反響があった。
日本周辺の海域では熱帯・亜熱帯性魚類が見られるようになってきた。ペットから野生化したインコが都市部に増えた。中国からコンテナに乗ってやってくるヒアリ、韓国から侵入したツマアカスズメバチ、街路樹や果樹に被害を及ぼすカミキリムシ類などなど数え上げればきりがない。

われわれは「外来種ランド」を生きている
侵略的外来生物が日本に来るのは、長い歴史をみればよくあることだ。
1960年代、街で育った僕らが子供だったころ、家の近所はセイタカアワダチソウがそびえたつ空き地で、石をめくってオカダンゴムシを探した。この植物もオカダンゴムシも1900年代の初めに欧米から日本に持ち込まれて定着した帰化生物だ。
ようするに「外来種ランド」の中で僕たちは育っているようなものなのだ。
だが、危険生物が国内に侵入することで、いまを生きている僕たちの日常が奪われることは大きな問題だ。
新型コロナウイルスによって新しい日常を強いられている僕たちは、それを受け入れる不自由さを痛感している。ヒアリ、セアカゴケグモ、ツマアカスズメバチ、エキノコックス、マダニなど、新型コロナだけではなく人命にかかわる危険因子の分布拡大による被害がメディアを賑わすいまどきの日常である。
「備え」がすべて
ミバエ根絶事業について先輩方から何度も聞かされた言葉がある。「火事がなくても消防署は必要だ。ミバエの根絶はこれと同じである」。つまり、一度根絶したからおしまいではないのだ。
国境は一度決めてしまえばおしまいではないことにも似ているかもしれない。諸外国からの再侵入に備えて、常に警戒し、日頃から訓練をしておかなくては、いざという時に初動防除体制を迅速に起動させることは不可能である。そして、再び僕らはミバエの繁殖を許し、蔓延が生じ、一からすべてをやり直さなくてはならなくなる。
人がつくり上げてきた根絶のノウハウと、地域に立ち入った人付き合いの絆は、一度途切れてしまうと再びそれを機能させるのに膨大な時間を要する。その間にも害虫は繁殖し続ける。このリスクを僕たちはもっと感じるべきではないか。
未知の問題に対処する「鍵」
ミカンコミバエやウリミバエの根絶の過程では、研究者と行政と現場が何度もひざを交えて話し合い、一度決めた方針でもデータを基に見直したり、予算を担当者の裁量で再配分したりと、常に現場を見つつ臨機応変な対応がなされた。
1986年に沖縄で根絶されたミカンコミバエ駆除の記録をつづった『よみがえれ黄金(クガニー)の島』という本がある(*5)。秋田から沖縄に赴任し、ミカンコミバエの根絶を成し遂げた著者の小山重郎氏は、同書のあとがきにこう記している。
しかし、わたしはこう考えています。沖縄には本土の、とくに都会にはもうあまりなくなった心のゆとりがあるのです。「雄除去法」というような、未知の問題をふくむ技術においては、状況に応じてやり方を変えていくことのできる、心のゆとりというものが大切なのです。政策や方針は、決まった出口に向かって走るだけではなく、状況に応じてやり方を変えていくという心のゆとりを取り戻すことこそが、新しい日常という未知の問題に対処する鍵となるのではないだろうか。
参考文献
*1 Clarke et at. 2005. Annu. Rev. Entomol. 50, 293-319
*2 Koyama J et al. 2004. Annu, Rev. Entomol. 49, 331-349
*3 Koyama J et al. 1984. J. Econ. Entomol. 77, 468-472
*4 『ミカンコミバエ、ウリミバエ 奄美群島の侵入から根絶までの記録』田中章(2020)、南方新社
*5 『よみがえれ黄金(クガニー)の島 ミカンコミバエ根絶の記録』小山重郎(1984)、筑摩書房
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宮竹 貴久(みやたけ・たかひさ)
岡山大学学術研究院 環境生命科学学域 教授
1962年、大阪府生まれ。理学博士(九州大学大学院理学研究院生物学科)。ロンドン大学(UCL)生物学部客員研究員を経て現職。Society for the Study of Evolution, Animal Behavior Society終身会員。受賞歴に日本生態学会宮地賞、日本応用動物昆虫学会賞、日本動物行動学会日高賞など。主な著書には『恋するオスが進化する』(メディアファクトリー新書)、『「先送り」は生物学的に正しい』(講談社+α新書)、『したがるオスと嫌がるメスの生物学』(集英社新書)などがある。
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(岡山大学学術研究院 環境生命科学学域 教授 宮竹 貴久)
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