- 2022年01月07日 09:10
50代で浮かび上がってくる承認欲求のヤバさ
2/2それとも、挨拶する相手にも窮するほど社会環境が悪いのか
じゃあ、そういう悩みを持っている人が必ず成熟不全的側面を持ち合わせているかといったら……そうとも限らないように思う。さきほど私は、「信頼しあっていること、メンバーシップであること、挨拶を欠かさない間柄であること、それで十分」と書いた。また私は、「別に自分が褒められなくても、自分より年下の人間が健在だったり成長していたりしているのを見ているだけで、それがもう心理的にはご褒美」とも書いた。けれども2021年の社会において、そうした信頼関係やメンバーシップや年下の存在が全員に行き届いているとは、到底思えない。
人的流動性が極限まで高まった社会では、どこでも働けるしどこでも住める。人間関係を続けたってやめたって構わない。けれどもそうした社会の帰結として、信頼関係やメンバーシップや家族といったものは、持てる人は持てるけれども持てない人は持てないといった具合に、格差が広がりやすくなった。タテマエとしての機会の平等を推し進めた*2今の日本社会は、経済的格差に加え、社会関係の格差の問題を内包している。ということは、社会的欲求の充足の格差を内包している、ということでもある。
結果、挨拶する相手にも窮するような孤立状態の人がほうぼうに現れることになった。日本に限らず、先進国では孤立が大きな社会問題となっているが、人的流動性を極限まで高めておいて、中間共同体が壊れていくことを寿ぎ、中間共同体をどこまでも悪者呼ばわりしていた人々が今更孤立に鼻白んでいるのを見ると不思議な気持ちになる──この事態が予想できなかったのなら見識が足りなかったということだし、予想していたけれども頬かむりをしていたのなら良識が足りなかったということではないか?
ともあれ、中間共同体に所属するよすがを失い、人的流動性がサラサラに高まった社会を身一つで漂流する人が、「何をやっても褒められなくて、不安になり、承認欲求をこじらせる」事態は十分にあり得るし、高齢者に怪しい商品を売りつける人々は、そうした事態をハックして商売をやっているという読みもできるだろう。年齢相応に社会的欲求が成熟している人とて、それこそ挨拶できる相手にも困るほど孤立していては社会的欲求が充たされなくなり、精神衛生の歯車がギクシャクしてくるのは十分考えられることだ。
どちらが理由であれ、なるほど、危機と呼ぶのがふさわしい
そうしたわけで、私は50代になって承認欲求がやたらクローズアップされる状態はだいたい危ういようにみえるし、なるほど、これをひとつの危機とみなすのもわかる気がする。
心理発達の不全にもとづいているのであれ、社会関係の欠乏によるのであれ、両方が重なっているのであれ、そのような50代は社会的欲求の充足という点で大きな問題を抱えているようにみえる。逆に言えば、この年齢の頃に「褒めてもらえなくて不安になる」とあまり感じない人は、今はまあまあ社会関係と社会的欲求に困っていないのだろう。
危機、などというと大げさに響くかもしれない。
また実際、危機というにはあまりにもありふれた危機でもある。
というのも、今の日本では中間共同体と呼べるものはすごく少なくなっているし、たとえば職場にそれを求めることも難しくなっているからだ。家族ですらそうだと言える。子育てをとおして社会的欲求が充たされていた人は、空の巣症候群に直面するかもしれないし、職場に貢献して社会的欲求を充たしていた人が退職後もそうできるという保証はどこにもない。パートナーに先立たれる人、健康を害し趣味を失う人だっているだろう。そうやって社会的欲求を充たす経路をひとつひとつ失っていった先に、「褒めてもらえなくて不安になる」と意識する未来を想像するのは案外たやすい。
日本でコフート理論に貢献し続けてきた精神科医の和田秀樹は、高齢者のナルシシズムの問題を重視してきたけれども、実際、社会関係を失いやすく、人間関係の喪失にも直面しやすく、健康までもが損なわれやすい境遇になってくれば、「褒めてもらえなくて不安になる」は差し迫った問題になりやすいだろう。親子といえども別れ別れになりやすく、金の切れ目が縁の切れ目にもなりやすい、この、サラッサラの社会が続く限り、中年期以降に浮かび上がってくる社会的欲求のヤバさを他人事とみなしてしまうのは、結構難しそうに思える。
*1:もちろん欲求充足の様式「だけ」が問題なのではない。臨床寄りのポジションで考えなければならない事例の場合、それより防衛機制の様式のほうに着眼したほうが実地に適っているよう、私には思える。
*2:タテマエとしての機会の平等、とわざわざ書いたのは、実際には生まれや育ちによって不平等なかたちで皆の人生のスタートラインが切られるからなのは言うまでもない
- シロクマ(はてなid;p_shirokuma)
- オタク精神科医がメディアや社会についての分析を語る



