記事

認知症という社会課題にデザインを通してアプローチする-第155回(前編)筧裕介氏


慶應義塾大学大学院の特任教授であり、issue+design(NPO法人イシュープラスデザイン)代表の筧裕介氏は、デザインによって社会課題の解決に取り組んできた。2021年9月に上梓した『認知症世界の歩き方』が反響を呼び、注目が集まっている。認知症者への見方を変えた、ユニークな1冊が生まれた経緯と筧氏のバックグラウンドに迫った。

取材・文/みんなの介護

「認知症」と調べても本人視点の情報が出てこなかった

みんなの介護 筧さんは普段どのような活動をされているのですか?

  私はissue+designというデザインファームで、社会課題に関するデザインを生業にしています。例えば、慶應義塾大学が中心となり設立された「認知症未来共創ハブ」の活動に創業時から携わっていて、認知症の方の課題解決にも取り組んでいます。

活動の中で認知症の方の声を聞く事が多くあり、その過程で認知症のある方ご本人が抱える悩みや問題が見えてきました。

ご本人は、家族や職場の人、医師、介護士など周囲の方に自分が置かれている状況や抱えている症状をわかってもらえないという悩みがあります。一方、家族や周りの人は「助けてあげたい」と思ってもご本人に何が起きているかわからないという悩みがある。お互いの思いが通じず、さまざまな問題が起こっている現状があったのです。

私は、その原因を考えたところ、それが情報の非対称性にあると気づいたんです。

それまでは、認知症の方が何に困っていて、どんな症状を抱えるのか、世の中に整理された情報があると思っていました。

インターネットで、「認知症 症状」と検索すると、記憶障害・見当識障害・遂行障害などの中核症状、不安・焦燥・徘徊・暴力などの周辺症状の情報がヒットし、下のような図がよく出てきます。


しかし、それらは全て医療者や介護者が治療・介護する際の視点の情報なのです。本人の心身がどんな状態にあるのか、どんな困りごとを抱えているのかという視点のものはありません。いろいろ探したのですが、海外にも見当たらないんです。これは衝撃的でした。最初に思ったのは「ないんだったらつくろう」ということでした。

そして生まれたのが、こちらの認知症のある方の44の心身機能障害を表すマップと、その心身機能障害を「認知症世界を歩く旅」という伝わりやすい形にした13のストーリーです。


みんなの介護 そこから本という形になるまで、どのような経緯があったのでしょうか?

  Webサイトの連載記事としてスタートしたのですが、続けていくうちにもっと世の中の多くの人に知ってもらいたいと思うようになったんです。その手段の一つとして、書籍化を考えました。

おかげさまで自分でもびっくりするぐらいの反響をいただいています。Amazonの一般書籍のランクで3位まで行き、9刷9万部まで到達しました。

読者からの嬉しい声もいただいています。認知症の方も、自分が今抱えている状況を自分で十分理解できなかったり、周囲に伝えられなかったりします。しかし、本を読んで「自分に起こっているのは、こういうことなのかと腑に落ちた」という感想を伝えてくださいました。

また、認知症ではない一般の方からは、「認知症の方が、今まで自分が持っていたイメージとはまったく違う世界を生きていたことが理解できた」という声をいただいています。

介護や医療の現場の専門職からは、「こういうものは今までなかった。本当に現場で役に立つものをつくっていただいた」という声も多くいただきました。

大手広告代理店での広告制作業務の後、大学院へ

みんなの介護 筧さんの現在の肩書きは、デザイナーですね。

 デザイナーと名乗ってますが、私の活動は広告や建築などの視覚的な領域にとどまりません。事業や社会システムのデザインなどを含め、幅広い意味で「デザイン」という言葉を使っています。

みんなの介護 社会人になりたての頃は広告代理店の博報堂でお仕事をされていたんですよね。

 入社して5年ぐらいは広告・マーケティングの仕事をしていました。企業の商品やサービスのプロモーションやブランディングのための広告制作ですね。

広告の仕事に強く惹かれて博報堂に入ったわけではなく、面白い人たちがいっぱいいて個性的で自由な会社だったから、というのが大きな理由でした。しかし、実際に働き始めると、楽しくてしかたありませんでしたね。とても充実感のある良い仕事をさせてもらっていました。

その後、2005年から東京工業大学大学院の修士課程、2007年から東京大学大学院の博士課程に入りました。都市や社会全体のシステムをデザインする知識を学ぶためです。そして、そこで学びながら2008年に「issue+design」を創業しました。


9.11を目の当たりにして仕事観が変わった

みんなの介護 楽しかった広告の世界から大きな方向転換ですね。何かきっかけがあったのでしょうか?

 そうですね。理由はいろいろあるのですが、一番大きな転機となったのは2001年9月11日の「アメリカ同時多発テロ事件」。私はその時、海外出張でニューヨークに滞在中で、ワールドトレードセンターから1キロほど北のホテルに泊まっていました。

ちょうど、朝ご飯を近くのカフェで食べようと外を歩いている時に、頭上を旅客機が通過してワールドトレードセンターに突入するシーンを目撃しました。このときの衝撃は、生涯忘れません。

私が泊まっていたホテルのエリアは封鎖され、しばらくそこから移動することができませんでした。飛行機も飛ばないので、日本にも帰れません。打ち合わせは、もちろん全部無くなりました。この時、自分の仕事や人生の価値観が大きく揺さぶられました。

それまで私がやっていたデザインは、企業の商品や事業をプロモーションするためのもの。企業の経済的課題を解決するという、非常に狭い領域の仕事だったんです。

しかしその時、私の目の前には、宗教・民族・テロ・戦争といった深刻で複雑な社会課題の現場が広がっていたんです。

世界平和のような巨大な課題に対しては、自分に何ができるかわかりませんでした。ですが、日本や地域が抱える深刻な社会課題に対して、自分が貢献できることがあるのではないか、自分が取り組んでいるデザインを通して社会が抱えるもっと根本的な課題にアプローチできるんじゃないかと考え始めたんです。

東日本大震災で人々をつないだ「できますゼッケン」

みんなの介護 「デザインで社会課題が解決できる」と手ごたえをつかんだのはいつだったのでしょうか?

 東日本大震災の支援プロジェクト「できますゼッケン」を実施した時です。issue+design創業後、世の中に対してある程度貢献することができたはじめての仕事ではないかと思います。

「できますゼッケン」は、ボランティアのスキルや情報を可視化して、被災地現場のニーズに沿った支援をサポートするプロジェクトです。気仙沼市などの現地のボランティアセンターの公式ツールとして採用されるなど、震災後の混乱の中でスキルを「見える化」することで、被災地現場の課題解決に貢献できたと思っています。

このアイデアの原案は、2008年に阪神淡路大震災から10年経過した神戸での「震災+design」というプロジェクトから生まれました。

市民参加型のデザインプロジェクトで、大地震に備えるためのデザインを約30案を構想したんですが、そのデザイン案を被災経験者や避難所運営に携わる元神戸市職員に見ていただく機会があったんです。

その時、「できますゼッケン」の元案を見てくれた方が「阪神・淡路大震災の時に、こんなふうにボランティア希望者のスキルを見える化できる仕組みがあれば現場は助かったかもしれない」と言っていただけたんです。

阪神淡路大震災では全国から多くのボランティアの方が集まり、結果的に1995年は日本のボランティア元年とも言われています。しかし、当時日本には「ボランティア」という概念そのものがなかったのです。

「とにかく来た」という状況の方が多く、中にはサークルのようなノリで来た若い人たちが酒盛りを始めたり、ボランティアと被災者の衝突があったりして大混乱でした。受け入れ側もどのように支援してもらうかのノウハウがありませんでした。当然ながら、ボランティアは現場でまったく機能しませんでした。

そんな苦い経験をされた市職員の方が「できますゼッケン」のアイデアを評価してくれました。私は、東日本大震災が起こったとき、そのことを鮮明に覚えていたので「今回は役に立てるかもしれない」と思いました。そして、東日本大震災が発生した次の日から神戸で準備を始めました。


みんなの介護 反響はいかがでしたか?

 誰もが自由に使えるように「できますゼッケン」のデータを完全オープンソース化し、被災地に行く人たちにダウンロードして持って行ってくれるように呼びかけたのですが、大きな反響がありました。

阪神・淡路大震災を経験した神戸市では、伝統的に職員が全国の被災地ボランティアに駆けつけます。東日本大震災でも現場の支援に向かった神戸市職員の方にも、「できますゼッケン」を現地に持って行っていただき、多くの地域で活用いただきました。

「できますゼッケン」のおかげで、避難所の住民や職員が地域外から来たボランティアの人となりがわかり、話しかけやすくなったとの声を頂くなど、被災地の現場でのコミュニケーションの活性化に貢献できました。

撮影:丸山剛史

あわせて読みたい

「認知症」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    その保険、本当に必要?タクシーや運送会社が自動車保険に入らない理由

    幻冬舎plus

    01月17日 09:38

  2. 2

    大企業で出世する人の特徴と、会社組織で働くことに向いていない人の特徴

    ktdisk

    01月17日 13:17

  3. 3

    回し蹴りに自殺未遂「なんそれ!」ではすまされないZAZYの壮絶すぎる生い立ち

    いいんちょ

    01月17日 11:55

  4. 4

    共産党に近づくことで信頼を失う立憲民主党 世論は選挙協力にも反対

    WEB第三文明

    01月17日 15:37

  5. 5

    「小銭を預けるとお金を取られる」ゆうちょ銀行の手数料有料化に賛否の声

    ヒロ

    01月17日 10:21

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。