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  • 2022年01月03日 16:13 (配信日時 01月03日 02:00)

デジタル作品に「75億円」の快挙!アーティストを支える「追及権」とはなにか

75億円のデジタル作品(提供:CHRISTIE’S AUCTION HOUSE/AFP/アフロ)

 米国出身のデジタルアーティスト「ビープル」をご存じでしょうか。2021年3月、ビープル(本名はマイク・ウィンケルマン)の作品『Everydays – The First 5000 Days』が約6935万ドル(約75億円)で落札されました。

『美術手帖』のウェブサイトの記事によれば、この価格は現存するアーティストの作品ではオークション記録第3位であり、デジタルアート作品では過去最高額となったそうです。また、主要オークションハウスが「ビープル」の作品を販売するのは初めてだったとのことです。

 この作品はデジタル作品です。アーティストが1日1枚ずつ、13年以上にわたって撮影した5000枚の画像がコラージュされています。もちろん、デジタル作品なので、物質的なものは何も存在しません。そこにあるのはデジタルデータだけです。そのデータ上でのみ存立する作品が約75億円で買われたのです。私はこのニュースを知ったとき、アートシーンが新しい時代に入ったと感じました。

 この『Everydays – The First 5000 Days』の作品の特徴の一つは、NFT(Non-Fungible Token)にひも付けられ、デジタル資産として取り引きできることです。

 NFTとは、デジタルデータに鑑定書を付けるような技術で、ビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)と同じようにブロックチェーン上で発行されたり取り引きされたりします。

 ブロックチェーンとは、分散型ネットワークを作っている複数のコンピューターが、暗号技術を使いながら、デジタルデータを相互に検証できるようにして、正しい記録をブロックごとにチェーンのように蓄積することでコピーや改ざんをしにくくする技術です。

 このブロックチェーン上のデータを不正に扱うことは不可能に近いと言われていて、この技術が確立したことで、デジタルデータに資産価値を持たせることができるようになりました。

 少し前までは、デジタルデータはコピーや改ざんがされやすいので、アーティストがコンピューターで作品を作っても、アートマーケットではなかなか高く評価されませんでした。

 しかし、ブロックチェーンの技術が誕生したことで、仮想通貨だけでなく、デジタルアートに対しても「このデータが本物です」と鑑定書(NFT)を付けることができるようになり、資産価値を持たせられるようになったのです。

 アート作品は、オリジナルに特別な価値があります。本物そっくりのコピー作品があっても、その価値がオリジナルを超えることはありません。なぜなら、オリジナル作品だけが持てる背景がアート的に重要だからです。作品の出来栄えだけでなく、アーティストがどのような時代で、どのようにその作品を制作したのかという文脈のような背景もアート作品の重要な要素になります。

 ビープルの『Everydays – The First 5000 Days』に高値が付いたのは、デジタルのアート作品が物理的なアート作品と同様にオリジナルの背景を持つと社会的に認められたからです。

 また、このデジタル作品はNFTとしてオンライン上で取り引きでき、さらに取り引きされる度にアーティストにお金が支払われる「追及権」という新たな仕組みをデジタル技術で構築したことも、社会的に認められました。

■日本にはないアートの「追及権」

「追及権」は作品の制作者、つまりアーティストに与えられます。この権利が与えられる国のアーティスト(その相続人を含む場合もある)は、自分の作品(原作品)がアートディーラーやオークションハウスなどで転売されたときに、その取引額の一部を受け取ることができます。

 国によってさまざまな条件やルール、支払い額があるのですが、最大のポイントは転売でもアーティストが利益を得られるという点です。

 この追及権が認められないと、アーティストは展覧会などで作品を売り渡したときだけしか利益が得られません。優れたアーティストの素晴らしいアート作品は、転売される度に値が上がっていくものです。しかし、いくら高値を付けても、転売市場(セカンダリーマーケット)でアーティストが得られる利益はありません。

 すると、名前や作品がよく知られるアーティストでも、経済的に不安定なままになりやすく、創作活動を続けるのに苦労するケースが生じてしまいます。その結果、アート作品の質が落ちたり、創作される数が減ってしまったりします。実際に評価されていても経済的に苦労しているアーティストは数多くいます。

 そこで、転売市場の取り引きでも、売買が成立した場合は、作品の創作者であるアーティストに取引額の一部を渡すべきだという議論が生じ、その権利がだんだんと認識されるようになっていったのです。ちなみに、この権利の起源は意外と古く、1920年にフランスで生じたとも言われています。現在、ヨーロッパの国々を中心に多くの国で認められるようになっています。

 残念なことに、日本ではこの権利がまだ認められておらず、この国では、アート界の評価が高いアーティストでも創作活動を続けるのに苦労することが多々あります。また、追及権のない国のアーティストは、追及権のある国のセカンダリーマーケットで作品が取り引きされても、支払いを受ける権利がありません。

 今、日本は経済的なゆとりを失いつつあります。その変化の中でこの権利が認められないと、アーティストたちはますます創作活動がしづらくなってしまうでしょう。豊かな才能を持つアーティストがいても、創作活動を続けられなければ作品は生まれません。私たちが目にできる素晴らしいアート作品も少なくなってしまうのです。

 ビープルが画期的だったのは、オリジナルのデジタル作品を作り、それをNFTにひも付けたことです。ビープルは、アート作品だけでなく、デジタル時代におけるアート作品の新しい作り方も生み出したのです。

 デジタルアート作品における資産価値の面だけではありません。デジタルアート作品の作り方やオンラインオークションのあり方、コレクションの仕方も含めたアート全体における新たなアートの可能性を切り開きました。

『Everydays – The First 5000 Days』はその画期的な仕組みのシンボル的存在の作品だからこそ高値が付いたのです。この作品を落札した人は、モニターに現れるアート作品ではなく、その新しいアートの可能性を生み出した仕組みに対して歴史的に大きな価値があると確信したのでしょう。

 以上、吉井仁実氏の新刊『〈問い〉から始めるアート思考』(光文社新書)をもとに再構成しました。稀代のアートディレクターと考えるアイデア&イノベーションの育み方。

●『〈問い〉から始めるアート思考』詳細はこちら

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