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国産ジーンズが築いた黄金時代 ストレッチ素材の普及で"復活"は困難か

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デニム?ジーンズ?呼び方に変化も

販売員時代も合わせるとかれこれ30年くらい衣料品業界に携わっていますが、10月26日が「デニムの日」だということをほんの数日前に初めて知りました。(笑)

ここでいう「デニム」とは最近の「ジーンズ」という意味ではなく「デニム生地」という意味でしょう。10年くらい前から、ジーンズのことを「デニム」と呼ぶ人が増え、個人的には「デニム」という生地の名称と紛らわしいので好きではありません。

では、デニム生地のシャツをデニムシャツ、デニム生地のブルゾンをデニムブルゾンと呼ぶのは、捉えようによってはジーンズシャツ、ジーンズブルゾンとも呼ぶことができてしまうのではないかと思います。

無駄話はこれくらいにして、今回はデニムの日を初めて知ったということで、国産ジーンズの歴史と、ジーンズというアイテムの今後について考えてみたいと思います。

"カジュアルの王道"ジーンズは戦後アメリカから日本へ

Getty Images

ご存知のようにジーンズというズボンが開発されたのは19世紀のアメリカで、炭鉱夫用の作業ズボンとして、でした。これがカジュアルにも転用されるようになったのです。ですから、ジーンズというアイテムはファッション的にいうと「ワークテイスト」に含まれることが多いのです。

そして、瞬く間に世界的にカジュアルの王道定番アイテムとなりました。日本にジーンズがもたらされたのは、終戦間もない頃だとされています。米軍の中古衣料として日本に入ってきたのです。ですから、日本人が初めて見たジーンズとは、穿き古されて色落ちしてすっかり柔らかくなった状態でした。

新品のジーンズがアメリカから輸入され始めたのは1950年代になってからと伝えられています。これは想像ですが、糊が着いたままの硬い濃紺のデニム生地で作られたジーンズを初めて見た日本人はさぞ驚いたのではないでしょうか。

その後、1960年代前半に国産のジーンズを製造しようという試みが生まれます。アメリカから輸入したデニム生地を使って、国内の厚手生地縫製工場で縫うという試みでした。この当時国内ではデニム生地を製造することはできず、国産デニム生地が作られるようになったのは1970年代に入ってからのこととなります。

岡山県児島での国産ジーンズ興隆から続いた黄金時代

1960年代初頭、国産ジーンズ開始時に縫製工場として携わった岡山県児島にあるマルオ被服(後年に社名をビッグジョンに変更)が「ビッグジョン」というオリジナルブランドを創設しました。ここから岡山・広島にジーンズ縫製工場が増え始めます。

この地域は戦前から学生服・作業服の縫製工場が多い地域で、厚手生地の縫製に慣れていました。それらがジーンズ縫製工場へ転身したのです。70年代のベルボトムブーム、80年代のケミカルウォッシュブーム、などジーンズのブームが続いていました。

私が衣料品業界に就職したのは90年代前半で、この当時はレーヨン綿混デニム生地で作られていて柔らかくドレープ感のあるソフトジーンズブームが起きていました。このソフトジーンズブームの覇者は「04(ゼロヨン)ジーンズ」とネーミングしたボブソンでした。ボブソンは「ビッグジョン」の創業者である尾崎小太郎氏の弟二人が立ち上げたブランドです。

この頃には、リーバイス、エドウイン、ラングラー、ビッグジョン、ボブソンが国内の5大ブランドと呼ばれるようになっており、そのほかにも準大手としてブルーウェイとタカヤ商事の2社、ベティスミス、ドミンゴ、ジョンブルの中堅ジーンズメーカー、量販店向け・低価格品のカイタック、小泉アパレルデニム事業部(現、コイズミクロージング)、コダマコーポレーションなどがひしめいており、国内ジーンズメーカーの黄金時代だったといえます。

ソフトジーンズブームに一服感が出た95年頃、今度はビンテージジーンズブームが盛り上がり始めます。このビンテージジーンズはソフトジーンズとは真逆の商品で、分厚くて硬い綿100%デニム生地が重宝されました。

エヴィス、ドゥニーム、ステュディオ・ダ・ルチザンなど多くの新興独立ブランド(当時)が現れ、ビンテージ風ジーンズで競い合い、それまでの老舗ジーンズ専門メーカーに物足りなさを感じていたファンを獲得しました。

Getty Images

このビンテージジーンズブーム以降も定期的にジーンズのブームは起きます。2000年頃には股上の浅いローライズジーンズがブームとなり、その後、20年近くジーンズのみならずほとんどのズボンの股上が浅くなりました。

股上が浅くなったまま今度はブーツカットジーンズがブームとなり、2005~2007年にかけて欧米からの高額インポートジーンズブランドがブームとなり特にセレクトショップや百貨店で売れに売れました。この時、インポートジーンズの平均価格は2万円台で、3万円台も珍しくなく、高ければ高いほど消費者に喜ばれた風潮がありました。

1万円台前半の商品を企画生産していた国内ジーンズブランドに対して「安すぎるからもっと値上げしてほしい」と売り場から注文が入ったほどで、2010年以降の衣料品デフレからするとまるで別世界の出来事のようです。

そして2008年からはスキニージーンズブームが起き、2015年にビッグサイズ、ルーズシルエットの揺り戻しが起きるまで、マストレンドはピタピタのスキニージーンズ一色となりました。

このように振り返って見ると、2015年頃まではジーンズというアイテムの強さが光っていますが、それぞれのブームをもう少し細かく見て行くと、徐々に変質して行ったことがわかります。

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