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- 2021年12月29日 09:57
2022年の簡単な展望と「本当に新しい資本主義」
1/21.2022年のごく簡単な展望
表面的安定発足して3か月を迎えようとしている岸田政権の支持率が異例の上昇をしている。
これまでのところ、隣国の韓国を含む諸外国と比べてコロナ感染をうまく抑え込んでいることへの評価が表れているものと思われる。所得制限やクーポン券の扱いなどでゴタゴタを繰り返した10万円給付問題や、オミクロン株の水際防御の不手際などは、幸いにして政権への大きなダメージにはなっていない。コロナに苦しめられ、発足3か月目にして大幅な支持率低下に見舞われた直前の菅政権とは対照的な展開となっている。 私見では、守りに強い安定的な官邸チーム(秘書官の集団など)を結成できたことが最大の要因だと感じているが、いずれにせよ、仮にオミクロン株の感染拡大を招かずに済むのであれば、とりあえずは、来年夏の参院選に良い形で持ち込むことが出来、長期安定政権への足掛かりをつかむことになると思われる。
ただ、この状況は、冷静に考えれば、決して諸手を挙げて喜ぶような状況ではなく、いわば、国家として「当たり前」に達成しなければならない状態である。「危機(主には新型コロナ)への適切な対応→政権運営安定→支持率の安定」のサイクルは、当然のスタートラインであり、後述するような「より大きな危機」に対して、日本としてどのように戦略的に対峙するかという問題に取り組まなければ、それは、いわばダチョウの平和(※)でしかない。
※ ダチョウは、危機が迫ると砂穴の中に頭だけ突っ込んで現実を見ないようにするとされる。(実際の習性とは違うとの説もあり)
流動化する国際関係と世界の危機
国際政治の不安定化が物凄い勢いで進行している。
最大の波乱要因は、隣国中国である。上海や杭州や深圳などを拠点とするハイテク企業の世界的躍進は、米国をはじめとする西側諸国のみならず、当の中国政府(共産党)すらも恐怖に陥れ、共産党政府は躍起になって、党の統制を乗り越えそうなまでの各種の勢いを抑えこもうとしている。この中国共産党が感じる「恐怖」には、海外への情報流出への恐れや、国富の流出など、いくつかの種類があるが、恐らく最大なのが、格差拡大による国内の不安定化である。
日本の地方の衰退を凌駕するペースで進む農村の荒廃や、不動産マーケットの崩壊(恒大の破綻や、いわゆる鬼城(建設中のまま放棄されている建物)などが多数生まれている状態)などにより、持たざる者はどんどん厳しい状況になっているため、圧倒的な勝ち組層の過度なまでの出現に対して国内の不満が暴発しかかっている。
また、ようやく国際社会も無視できない様相となってきたが、ウイグル族や香港人など、周辺地域の少数民族や開明的知識人に対する党(中央)による押さえつけも臨界点を越えつつある印象だ。海外に逃げ出す者も少なくない。
国内の不安定化が顕在化してくると、当然、政権運営者たちが考えることは、「外国勢力には屈しない」という大義名分で国民を一致団結させることである。特に権威主義的・独裁的国家にあって、軍部の台頭という無言の圧力も踏まえて、為政者たちが容易に選んでしまいかねない国際紛争への誘惑を断つのは大変だ。中国における台湾問題はその筆頭であろう。詳述はしないが、一説によれば、かなり現実的に可能性が高いとも言われるロシア軍のウクライナ侵攻説も、似た構造で説明がつく。
米国バイデン政権の支持率低迷も一つの波乱要因となっているところであるが、上記のとおり、岸田政権が何とか達成しつつある「政権運営の安定」という「当たり前」の状況づくりが、欧米をはじめとする民主主義国家下ではなかなか容易ではない。特に情報の拡散や拡大が過度に進んで不安定化する現代社会にあっては、民主主義で政治を安定させることの困難さが際立っており、そんな冷たい現実を横目に、じわじわと権威主義による統治が世界で拡大している。
既に各種国連決議に対して現実に起こっているが、例えば中国の少数民族に対する所業などを非難する国数よりも、中国を支持する国数の方が上回る事態が常態化しつつある。
オロオロするしかない日本
北京オリンピック(冬季)への外交的ボイコット問題が典型だが、上記のような国際社会の分断という現実に対して、日本は基本的にオロオロするしかないのが現状だ。乱暴に言えば、アメリカに軍事的には未だに占領されているとも言える状態の中で、米国の方針に楯突くことは現実的ではない。
さりとて、貿易額その他、特に経済面では我が国に対して今や最大の影響を持っている国が中国であるとも言える中、習政権に対して強く物申すことも難しい。そんな状況下、岸田政権もやむを得ず、ボイコットという言葉は使わずに、事実上の外交的ボイコットをして、どちらにも良い顔をする、という手を打つしかなかった。
日本が経済的繁栄を謳歌していた30年前は、基本的な力関係の差はあるものの、それこそアメリカに対して、多少の反発は買おうともある程度は「Noと言える日本」がいたし、ましてや、例えば円借款の供与対象でもあった中国に対してモノが言えないなどということは基本的にはなかった。
昔は良かったと慨嘆してもはじまらないわけだが、要すれば、日本の国力(特に経済力)が相対的にどんどん低下する中、気づいてみたら「オロオロするしかない」立場に追い込まれていたわけだ。正確には「オロオロ度」が格段に増したということかもしれない。いずれにせよ、今後も、「オロオロするしかない日本」の軛から逃れることは困難であろうし、状況は益々悪化の一途をたどるであろう。
経済力の停滞・低下を一つの出発点として、農業の荒廃、地方の衰退、財政の悪化、少子高齢化、インフラ関連の技術力の没落、などなど、日本の国力を支える要素は、いわば総崩れ状態である。嘆きながら、この負のスパイラルに身を任せて奈落の底へと落ちていくのは、もちろん誰にとっても本意ではなかろう。だが、あらゆる日本人が、先述の「ダチョウの平和」よろしく、ある意味、積極的に目の前のことに忙殺されつつ(砂穴の中に主体的に首を突っ込んで)、「見たい現実しか見ない」ようにしているようにも見える。
政治家も、大企業の経営者も、いわゆる知識層(医師、学者など)と言われる方々も、「私の仕事は、今、目の前の大事なことを黙々とこなすことだ」とばかりに、厳しい現実から目をそらしてはいないだろうか。本当に、これで良いのだろうか?
2.2022年への期待
「本当に新しい資本主義」というチャンスかつて通っていた剣道道場の館主は、よく「窮すれば変ず、変ずれば通ず」という格言について語っていた。追い込まれた状態で耐えていても、状況が良くなることは稀であり、そういう時こそ変化を求めて打って出なければならず、そこにこそ活路がある、という意味だ。
上述のような負のスパイラルから逃れるべく、日本の政治家や政府、或いは大企業の経営者や学者たちも、単に手をこまねいて来たわけではない。それこそ、無数の打ち手を講じて来た。窮する中で変じようとはしていたわけだ。
政策について考えてみても、過剰供給ということで、産業競争力強化法などで設備のリストラを促進し、需要不足だということで財政出動を思いっきりやった過去もある。規制改革を大胆に進めるべく、組織や体制を整備したり、特区、はたまたスーパーシティのような制度まで構築したりしたことは記憶に新しいところだ。大胆な金融緩和も思い切った打ち手であった。
しかし、残念ながら、本質的にゲームを変えることはできなかったと言って良いであろう。これらは打ち手として必ずしも悪かったわけではないが、大きな結果が出ているとも言い難い。例えば規制改革などは、まだまだ不十分という声も大きく、不断に努力を続けていくことは大事だが、もはや、それを今までと同じように進めても、「変ずれば通ず」という結果を生み出すほどのものにはなり得ない。
こうした中、岸田政権の看板として「新しい資本主義」というものが掲げられた。「変ずる」きっかけかと期待も集め、早速緊急提言も出されたが、残念ながら、新しさは今のところ感じない。 総理が主張する「分配重視」は、軸足をちょっと変えるくらいのもので、「新しい」と言うには迫力不足である。そもそも、普通に考えると、今更新しく資本主義の概念を日本が出すのは、流行の言葉を使えば、色々な意味で「無理ゲー」だ(達成することが出来ない目標が設定されているゲーム)。
※ 日本が、新たに新しい資本主義の概念を出して行くことの難しさについては、その背景にある経済史の概説や中国政府の施策との比較なども通じて、こちらに詳述してあるので、是非、参照されたい。 https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/67901
かつてであれば、こういうポエムな抽象的概念を政権が掲げると、必ずや、各省が色めきだって、「その概念は、突き詰めるとこういうことであり、したがってわが省のこういう政策を是非取り上げて頂きたい」という政策提案が放っておいてもワンサカ出て来て、新たな予算獲得の口実などに使おうとしたものであるが、どうも霞が関筋から聞こえてくる声は、「最近は元気がない」というものだ。担当部局から各省に声をかけて何か出させようとしているわけだが、どうも迫力に欠ける印象である。
合計で約9年となる安倍・菅政権の官邸主導型の政策形成に霞が関がすっかり悪い意味で慣れてしまい、官邸からの「指示待ち症候群」が蔓延しているとの声も聴く。
「新しい資本主義」をポエムで終わらせないよう、本来であれば、官僚や在野のシンクタンクや学者などが、これこそが「本当に新しい資本主義だ」とばかりに、様々な具体的な提案を寄せるべきである。
- 青山社中筆頭代表 朝比奈一郎
- 青山社中株式会社 筆頭代表CEO



