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人間国宝にキックの鬼…毒蝮三太夫が語る「2021年の別れ」

今年もいろんなお別れがあった。どのお別れも切ないものだけど、今回は俺なりに思い出を語れそうな方の話をさせてもらうよ。

坂本スミ子 2021年1月23日没 84歳

共同通信社

俺も坂本さんも昭和11年生まれ、同い年なんだ。歌手で売れて役者もされて、昭和の古き良き芸能界を生きた人だったな。坂本さんは大阪出身で関西弁でね、俺も会ったことあるけど普段のしゃべりもとても面白い人だった。

代表作と言えば今村昌平監督の映画「楢山節考」(1983年)だ。あの作品で坂本さんが演じた老女の役は、最初、新国劇の女優だった二葉早苗さんだったんだ。新国劇は迫真の剣劇が売りで古くは澤田正二郎さん、それから島田正吾さん辰巳柳太郎さん、その下の世代が緒形拳さん。そうそうたる方たちがいた。

二葉早苗さんはこの新国劇で長老格だった俳優・秋月正夫さんの奥さん。俺は交流があったんだ。「楢山節考」は二葉早苗さんで撮影が進んでたんだけど、途中で体調崩して倒れちゃってね。そこで代役に立ったのが坂本スミ子さんだった。ちょっと顔がふっくらしてたから、山に捨てられるような婆さんじゃなかったのを厳しい役作りで前歯削ったりして役に成り切ったんだ。役にかける執念だな。

実は俺もこの「楢山節考」に出たことがあるんだ。映画よりずっと前の1960年に放送されたテレビドラマ版で、俺は当時24歳。毒蝮ではなく石井伊吉の時代だ。老いた母親を背中におぶって山に捨てに行く役だよ。おぶったのはベテラン女優の飯田蝶子さん。

「楢山節考」という話は、元気な老女ほど飯を食らう穀つぶしだということで、貧しい寒村の人々が生き残るため、70歳になった老女を山に捨てに行く風習を描いている。姥捨て山の伝承を深く掘り下げた作品なんだけど、母親を捨てに行くんだからね、ヤな役だったな(苦笑)。

原作者の深沢七郎さんがスタジオに来てくれて、作品にまつわるいわれを色々と教えてくれたよ。70歳過ぎて歯が33本あると穀つぶしだとかね。深沢さん作家の前はギター弾きだったから、ギター弾いて「♪鬼の歯~、33本そろえた~」なんて歌ってくれた。その歌が「楢山節」だって。

映画「楢山節考」はカンヌ映画祭の最高賞パルムドールを獲得した。そこで姥捨てする役は緒形拳さんだった。俺は緒形拳さんにとって姥捨て役の先輩なんだ。ヤな先輩だね(笑)。

沢村忠 2021年3月26日没 78歳

共同通信社

1960年代後半から70年代にかけて、キックボクシングで大ブームを作った立役者だ、「キックの鬼」だね。俺は会ったことなかったな。とにかくキックボクシングが流行ってね、今の鈴々舎馬風さんが、当時は柳家かゑるって名前で若手時代にそのリングアナをやってたんだ。声に迫力があってハマり役だった。テレビ中継で沢村忠のことを何度もコールしてたよ。

馬風さんはリングアナのことをよくネタにもしてたな。タイからやってくる選手が、時々変わった名前なんだって。「赤コーナー 238パウンド2分の1 バイヨク・ボーコーソー!」「チンチャイソウ・パヤターイ!」「ブラジャー・チッチャー!」とかね。おいおいなんだいその名前はって聞いてるうちに、こっちも覚えちゃったよ(笑)。


馬風さんはかゑる時代、ウチの事務所「まむしプロ」にいたんだ。それもネタにしてたね。この事務所はダメだ、マムシとカエルが一緒じゃしょうがないって(笑)。

沢村忠という人はスターだったからね。強かったけどいつも勝てる相手とやってたようにも見えたな。・・・なに、その辺りを詳しく書いた本があるの?

編集部)――はい、昨年刊行された「沢村忠に真空を飛ばせた男―昭和のプロモーター・野口修 評伝」(著・細田昌志 新潮社)に、キックボクサー沢村忠がいかにして生まれ、日本にキックのブームをもたらし、いかにして勝ち続けたのか、その詳細が書かれてあります。沢村忠を世に送り出した野口修というプロモーターが、五木ひろしもスターにしたという・・・昭和の興行界や芸能界のウラオモテに言及した分厚い一冊です。

そうか、俺も当時リングアナやってみたらどうだって誘われたけど結局やる機会がなかった。もしかしたら俺も「赤コーナー 沢村忠~!」ってやってたかもな。でも俺、マイク持つと自由に喋りたくなっちゃうから、やっぱりリングアナはダメだな(笑)。

寺内タケシ 2021年6月28日没 82歳

共同通信社

俺より少し年下でね、いい不良だった。自分を曲げない人。茨城出身で茨城弁でさ、会うと愛想のいい人だった。エレキギターと共に生涯を送ったね。寺内さんが「ゆうゆうワイド」(TBSラジオ)でゲストに出た時があって、俺は中継先にいて、スタジオで寺内さんがギター弾いて中継先の俺が加山雄三さんの「♪君といつまでも」を歌ったんだ。ワンコーラスたっぷり。寺内さんの伴奏で歌ったのはいい思い出だよ。

柳家小三治 2021年10月7日没 81歳

共同通信社

俺、立川談志に勧められて落語を覚えたことがあったんだ。お調子者の若旦那が銭湯の番台に座ってひと騒動になる「湯屋番」という噺。客前で何度かやったけど、ある時、俺が「湯屋番」をやって、そのあとに小三治さんが出てきて同じ噺「湯屋番」をやった時があったの。まいったよ(苦笑)。永六輔さんの企てで、「同じ噺でもこんなにも違う」だって。そりゃ違うよ! 小三治さん、その後に人間国宝になる名人なんだから。まいったよ、永さんもワルいよね(笑)。

川柳川柳 2021年11月17日没 90歳

撮影:染谷高司

若い頃、よく一緒になったよ。当時の名前は三遊亭さん生(さんしょう)。高座でギター弾きながら「ラ・マラゲーニャ」ってラテンを歌って売れたからね。いつもギターを抱えてた。談志と仲良かったから、そのつながりで俺もよく一緒に飲んだよ。でも、飲むと酒グセが悪くてね・・・。

さん生さん、実は「笑点」メンバーだったんだ。談志が「笑点」の前に「金曜夜席」っていう大喜利番組をつくって、さん生さんはそのメンバーに決まってたんだ。なのに一回目の収録を酒ですっぽかして、出る前にクビ(笑)。幻のメンバーだ。でも、酒でさんざんしくじりながら、晩年まで現役で高座に上がってたんだから、いい人生だよ。

若山弦蔵 2021年5月18日没 88歳

共同通信社

初代ジェームズ・ボンド、ショーン・コネリーの声は若山さんをおいて他にいない。ピカイチ。すばらしい声の持ち主だった。

なんでもよく凝る人だったな。オペラが好きで、ドイツやオランダまでオペラを聴きに毎年出かけてた。ワーグナーが大好きで、クラシックでワーグナーよりも誰それのほうがいいなんて言おうものならケンカになるんだ。ワインが好きで飲みながらしょっちゅううんちくを喋ってた。このワインには何の料理が合うとか、このツマミがいいとか。よく聞かされたけどあまり覚えてないな(笑)。

言うなれば変人だった。人づきあいが好きじゃなく、見る人が見ると気難しい人だった。「まむしさん、よく若山さんと合いますね」なんて言われたな。まあ俺は誰にでも合わせるからね(笑)。でも、若山さんにはよく世話になったよ。

TBSラジオは70周年だけど、その歴史の中で若山さんは長い間パーソナリティを務めてて、間違いなく「TBSラジオの声」と呼べる一人だった。あの声でパーシー・フェイス・オーケストラとか素敵な音楽を紹介するのはラジオの無形文化財だったな。

他にもいろんな方が旅立たれた。あの世がどんどんにぎやかになっていくな・・・。合掌。

(取材構成:松田健次)

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