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OKマガジン(Vol.282)2013.2.27

日銀の正副総裁人事案が報道されています。総裁は黒田東彦アジア開発銀行(ADB)総裁、副総裁は中曽宏日銀理事と岩田規久男学習院大学教授。黒田氏、中曽氏は日銀の国際的プレゼンスに配慮し、財務省(旧大蔵省)と日銀の人事の硬直性の改善にもつながる人選だと思います。自説を首尾一貫主張する岩田氏の登用は、御用学者と揶揄される人材の多い日本のアカデミアに一石を投じます。あとは結果責任。金融政策は結果が全てです。中曽氏は筆者が日銀新人時代に配属された係の先輩。日銀バレーボール部で一緒に試合をしたチームメイトでもあります。中曽さんのご活躍を期待します。

1.老廃、業に堪えず

4月から「改正高年齢者雇用安定法」が施行され、勤務を希望する社員の65歳までの雇用継続が企業に義務づけられます。事実上の65歳定年時代到来です。

若年層との雇用の競合、人件費対策、新たな雇用形態や賃金体系など、企業は新たな課題に直面。適切に対応するためには、定年制の経緯と背景や労働の本質について熟考することが必要です。

定年は世界共通の仕組みではありません。日本独特の面があるほか、国によって実情は区々。日本の定年の歴史は古く、ルーツは武士の隠居(退隠)制度と指摘する専門家もいます。

明治時代の「職工事情」という文献に「老廃、業に堪えず」と記されたくだりがあります。「職工事情」は労働政策が意識され始めた明治30年代前半に農商務省が実施した工場労働事情の調査報告書です。

当時、全職工の約3分の2を占めたのが綿糸・紡績などの繊維労働者。1日12時間以上に及ぶ労働時間、「朝夕線香半分、正午線香1本」で計られる休憩時間など、過酷な労働環境が記されています。

つまり、年齢的に過酷な仕事や労働環境に耐(堪)えられなくなったら退職するという考え方。定年の意味は労働能力の有無が判断基準となっていました。

定年の元祖は明治20年(1887年)の東京砲兵工廠規定。55歳定年が定められました。企業における最初の事例は明治35年(1902年)の日本郵船社員休職規則。55歳に達した社員への休職命令、一定期間後の解雇が明記されました。

その後、明治30年代以降に一部の財閥系大企業で導入が進み、大正初期から昭和初期にかけて多くの企業に浸透。軍隊にも定年が導入され、企業や役所における一般的慣行として定着しました。

昭和8年(1933年)の内務省調査(対象336社)によると、定年のある企業は140社(42%)、うち50歳が57%、55歳が34%。平均寿命が約50歳の時代なので、「長生きして最後まで頑張った」というのが定年の印象です。尋常小学校を卒業して働き始めると、50代と言えば40年勤続です。

しかし、定年浸透の背景には昭和初期の経済不安も影響しています。昭和4年(1929年)の世界大恐慌による不況の中で、定年を制度化することで雇用調整が行われたという歴史的背景があります。

戦後もその傾向は続き、昭和30年(1955年)には定年の普及率は全企業の9割超。大半が55歳定年。戦後復興期に企業が復員者を受け入れ、過剰人員が増嵩したことも普及率急伸に影響しています。

こうして定年は一般化。雇用調整のために高年齢者に引退を促す合理的で好都合な仕組みとして企業に浸透。筆者が社会人としてスタートを切った昭和58年(1983年)の日銀も55歳定年でした。

2.空白期と依存期

昭和47年(1972年)、高度成長を遂げた日本経済の秘訣にOECD(経済協力開発機構)が言及。曰く、終身雇用、年功賃金、企業別労働組合を「三種の神器」と称しました。

「三種の神器」の下での安定した企業経営と労使関係、勤勉で均質な労働者を日本経済飛躍の原動力と分析したのです。加えて、定年も企業の新陳代謝と人件費抑制に寄与。終身雇用、年功賃金の延長線上に定年があったと言ってよいでしょう。

この間、年金制度も徐々に拡充。昭和29年(1954年)、戦前に定められた厚生年金保険法の改正により、男性の年金受給開始年齢が55歳から60歳に引き上げられました(女性は55歳)。

昭和36年(1961年)には国民年金が創設され、国民皆年金時代が到来。定年は55歳、年金受給開始は60歳、平均寿命も60歳代。バランスがとれていたと言えますが、定年から年金受給開始までに5年の「空白期」が生まれました。

戦前及び戦後暫くは、上述のように平均寿命も定年も概ね50歳代ですから「空白期」は存在しませんでした。もっとも、そもそも一部の国民以外に年金制度はなかった時代です。

高度成長期以降、平均寿命が延びる一方で、定年年齢は不変。そのため、「空白期」の後に年金に頼る「依存期」も徐々に長期化。

1960年代末には男の平均寿命が70歳超に到達。健康で元気な高年齢者も増え、「仕事に耐えられなくなった労働者が退職する」という定年の本来の意味は根本的に変質。長生きと永年勤続の証としての定年の意義は失われ、雇用調整としての慣行になったと言えます。

1994年、法律上の定年が55歳から60歳に引き上げられました。1954年以降の40年間、定年と年金受給開始の「空白期」は5年でしたが、これが解消された格好です。

しかし、少子高齢化の進展と社会保障財政の逼迫度が増すにつれ、1980年代後半には年金受給開始年齢の再引き上げが焦点化。累次の制度見直しで段階的な65歳引き上げが図られました。

同時に65歳までの段階的な定年延長や再雇用の義務づけを定める高年齢者雇用安定法の改正も行われ、その完全施行がいよいよ4月に迫っているということです。

そうした中で、数年前から受給開始年齢の再々引き上げがまた焦点になっています。定年と年金受給開始の「空白期」は生まれては解消され、また生まれる。輪廻のように続いています。

もっとも、以上は厚生年金・共済年金の話です。国民年金の受給開始年齢は制度発足当時から65歳です。

「空白期」の輪廻に対応して定年延長を繰り返せば、若年世代の雇用と競合。一方、年金に頼る「依存期」を長期化すれば、財政負担を通じて若年・将来世代に負荷をかけます。

定年は、新卒一括採用、終身雇用、年功賃金とセットの労働慣行。「空白期」の輪廻をいつまでも続けられない、「依存期」の長期化も困難となれば、労働慣行全体の見直しについても考えなくてはなりません。

日本社会のあり方そのものを問い直し、再設計・再構築することが急務。それが政治の役割であり、行政や企業労使、財界を含めた各界各層、ひいては国民全体にも覚悟が求められます。

3.労働力率

日本では高年齢者雇用安定法に「定年」という言葉が登場します。しかし、世界全体では、定年の有無も内容も国によって区々。

例えば米国。かつては65歳定年の慣行がありましたが、1967年に年齢差別基本法を制定。定年はなくなりました。英国も年齢差別禁止法によって2011年から定年が事実上消滅。

ドイツも定年規定はありません。しかし、年金受給開始年齢の65歳を期に企業を退職するのが慣行。「空白期」はありません。定年も年金受給開始も60歳のフランスにも「空白期」はありません。

一方、「空白期」の存在する日本、とりわけ制度的に「空白期」を容認している(受け入れざるをえない)のが日本の特徴と言えそうです。

もうひとつ日本の注目すべき特徴があります。それは高年齢者の労働力率。上記4か国の60歳から64歳の男性の労働力率(2007年)をみると、英国59.3%、米国59.2%、ドイツ45.3%、フランス17.5%。対する日本は74.7%。実によく働きます。

勤勉な国民性故の特徴とも言えますが、その他の日本固有の事情も影響していると考えるべきでしょう。

最大の原因は「空白期」の存在。制度上、定年と年金受給開始年齢が一致していても、早期退職者や60歳以降の受給開始を選択している人もいることから、「空白期」を埋めるために働かざるをえません。

「空白期」があるから高年齢者の労働力率が高いのか、労働力率が高いので「空白期」を容認しているのか。鶏と卵の関係のようです。

貯蓄金額の低さ、生活のコスト・物価水準も影響しています。十分な貯蓄があり、生活のコスト・物価水準が低ければ、定年後はノンビリするという人もいるでしょう。

貯蓄金額の低さには、現役時代に負担する持家等の住宅コスト、子どもの養育・教育コストの高さも影響しています。医療費や食費も同様。要するに、日本では広義の生活コストが諸外国に比べると相対的に高いのが現実です。

そうした点が改善されなくては、「空白期」の輪廻や「依存期」の長期化の問題は解決できません。なぜ広義の生活コストが諸外国に比べて高いのか。そこには政治や行政や産業の歪み、既得権益も輻輳(ふくそう)しています。

それらが解決されたとしても、「依存期」の長期化には限界があります。定年が定着し、年金制度が始まった頃は、定年も年金受給開始も寿命も50歳代。働かないで年金に依存し、多くの国民が長生きすることは想定していませんでした。

「働けるのに働かない」人が大勢いる構造では社会は成り立ちません。だからこそ「働くことを軸とする社会」でなければ社会は維持できません。もちろん、病気や怪我、老衰などで「働きたいのに働けない」人を支えることは共同体としての社会の当然の責務。「共生社会」と言われる所以(ゆえん)です。

「労働」の本質は「労働」が社会の構成要素の最重要項目ということです。高年齢者の労働力率が高いことは歓迎すべきことです。

少子化、労働力不足という問題も抱えているのですから、若年・将来世代と競合しない格好での新たな日本社会の高年齢者労働の姿を追求しなくてはなりません。

論理的に考えれば、労働力不足や後継者不足で外国人に依存しつつある分野に高年齢者が進出することは若年・将来世代を圧迫しません。

また、今までになかった新しい分野、従来比拡大している分野で高年齢者の労働力が活用されることも大事なポイント。例えば介護。「老老介護」という表現には後ろ向きの語感が伴いますが、「同世代介護」と言えば違う響きに聞こえます。

全ての人がやがては迎える人生の高年齢期と晩年。元気な高年齢者が、可能な限り、楽しく、有意義に「労働」できる社会をイメージしつつ、人類史上類を見ない超少子化・高齢化社会を乗り切りましょう。もっと前へ、ニッポン。

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