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男性が「男らしさ」を追求する本当の理由

国際男性デー=男性が反省する日?

11月19日は「国際男性デー(International Men's Day)」だった。

平時においては、ジェンダー平等の観点から「無自覚な権力者」として批判されがちな男性も、この日だけは「男らしさ」を求める社会的重圧によって「生きづらさ」を味わい、そして苦しんでいることが多少なりともクローズアップされる。

しかしながら「なぜ男性が生きづらさを味わいながらも、その原因である『男らしさ』を捨てられないどころか、ますますそれを求めずにはいられないのか?」については、ほとんどまともな考察がなされていない。

Michał Parzuchowski on Unsplash

この問題に対する考察のほとんどは「男性が男性優位社会のホモソーシャルな競争によって自縄自縛になっているだけ」と主張し、結局は男性の自己責任として片づけるようなものがほとんどだ。たとえば大正大学准教授の田中俊之氏は、男性が感じる男らしさの呪縛は、結局は同じ男性から(自分よりも立場や権力が上の男性から)向けられ、再生産されているものだと、毎年この時期になると繰り返し主張している。(注1)

だが、端的に言ってそのような論調はまやかしである。

田中氏のような主張は、一見すれば社会的に顧みられない男性へのケアの重要性や、男性に求められているジェンダーロールの問題点を指摘しているように見える。しかしその実「男性の生きづらさ」の根本的な発生原因については、あくまで男性同士の相互作用によるものであると片づけている。ようするに「男性の生きづらさ」の指摘の部分まではただしいが、その原因についての考察は根本的に誤っている(誤っているというより、厳密にいえば田中氏は本当はわかっているのにそれをあえて言明していないと私は考えている)。

男性が、自分たちが求めてやまない「男らしさ」のせいで、さんざんに「生きづらさ」を味わっていることは、かれら自身も十分にわかっている。だがそれでも「男らしさ」を求める競争から降りることができない。その真の理由は別にある。

それが「存在証明」だから

男性はなぜ「男らしさ」から降りられないのか。それが「生きづらさ」をもたらしているというのに、それなのになぜ「男らしさ」に固執しているのか?

――なぜなら、男性は「男らしさ」を追求しなければ、自らの実存を担保できないからだ。

企業社会で競争に参加し、同性のライバルと激しい競争に勝利をおさめ、経済的・社会的に優位なポジションを獲得しなければ、男性は同性からは肯定されないし、なにより女性から性的な価値を認められない。統計的な事実からも明らかなように、女性は自分よりも経済的・社会的に優位な男性を選考する傾向(上昇婚志向)があるため(注2)、男性にはより多くの女性からの承認を得るべく、ますます「男らしさ」の競争に身を投じ、高い稼得能力・社会的地位を獲得していく必要がある。

Getty Images

異性からの性的承認を獲得しなければ、世の多くの男性は自分という人間がこの世にいてもよいのだという存在の「肯定」を得ることができない。もちろん女性から承認され包摂を得なければ、男性は自分の子孫を残すこともできない。世の男性たちはつねに、自らの存在を否定するような恐怖(社会的淘汰・性的淘汰)に背後を追われ脅かされている。存在の否定から逃れ、自分の存在を確立するためには、否応なしに戦いに参加しなければならない。

自らの実存性を懸けた熾烈な争いに勝利した者は、たしかにすべてをほしいままに獲得する。しかし敗れた者たちは悲惨だ。居場所を失い、だれからも顧みられず、心身ともに追い詰められて、最悪の場合は自ら死を選ぶこともある。大げさに言っているわけではない。それは各種統計が歴然と物語っていることだ。



男性は、自分たちの「社会的な死(存在の否定・排除・疎外)」を避けるために「生きづらさ」を積極的に引き受けるような、いわば自分自身を粗末にする生き方をあえてしなければならないのだ。

引き受けた「生きづらさ」が時として本当に「生物的な死(自殺・疾患の要因となる心身の健康の棄損)」のリスクを高めてしまうことも承知している。だがそれでも、やめるわけにはいかないのだ。「男性は、死なないためにこそ、死のリスクを取らなければならない」――ひとつの文章で表記するとまったく矛盾しているようにしか見えないが、私がなにか書き間違いをしているわけではない。これこそが現代社会で生きる男性たちの「生きづらさ」の正体だ。

男性があえて「生きづらさ」を引き受けなければならないのは、男性同士が勝手に争っているからだけではない。ほかでもない女性たちもまた「男らしさ」の競争に勝ち残った男性を好むからでもある。田中氏の主張は「女性もまた男性に『男らしさ』の競争を直接的・間接的に強いている」という点を毎回都合よく捨象している。そのため、「男性が『男らしさ』のせいで生きづらさを抱えている」という現状の指摘までは正確だが、しかし問題解決の段階では的外れにならざるを得ない。

男性同士が見栄っ張りに競争し牽制し合うから男性は生きづらくなる、というだけではない。その競争の勝者には、女性からの性的承認というトロフィーがあるからこそ、男性は「男らしさ」の競争から逃れられないのだ。「勝者・強者の男性にしか、女性はパートナーシップも承認も与えない」という点が、男性に終わりのない競争への強制参加を命じている。この点をはっきり指摘しないかぎり、男性学では、男性の生の苦しみを解きほぐす処方箋を出しえない。

「男らしくない男」を、いったいだれが救う?

競争に敗れたり、心身を壊してしまったりして社会的に敗退してしまえば、遅かれ早かれそれが「生物的な死」にもつながっていく。男性の孤立は死のリスクを爆発的に高めるからだ。統計的に見れば、社会的孤立は肥満よりも死のリスクを引き寄せるのだ。(注3)

競争の敗者あるいは脱落者となり、社会的に孤立した男性を助けることはだれもやりたがらない。勝者である男性にもあまりメリットはないし、ましてや女性には「競争に一度は敗れた『劣った男』をまた女性との包摂(ひいては生殖)を懸けた『男らしさ競争』の舞台に戻らせてしまう」というデメリットがあるため、助けるどころか積極的に排除することに明確なインセンティブがある。

男性は、たとえ自分が挫けたり敗北したりしても、だれからもやさしくなどしてもらえないことを肌感覚で理解しているからこそ、どんなに苦しくても「男らしさ」の競争から離脱することができない。国際男性デーは毎年「男らしさから降りてもいいよ」とやさしく呼びかける有識者やインフルエンサーが多数登場するが、かれらの甘言を真に受けて、本当に「男らしさ」競争から降りてしまえば、たちまち自分の存在価値は雲散霧消し、だれからも見向きもされない透明人間になってしまう。

ライバルに負けないために過酷な労働環境に身を投じ、女性とくらべてはるかに長い労働時間を甘受し、これらのストレスを発散するための暴飲暴食――これらによって健康を損ない「生物的な死」のリスクを高めてしまっていることは男性だって馬鹿ではないのだから理解している。だからといって、自分の心身の健康を大切に労わるあまり、他の男性との競争に全力を尽くさず撤退してしまえば、今度は社会的に存在価値を失い、これまた透明人間になってしまうのだ。

「男らしさ」を求めるのは、存在を失いたくないから

男性が「男らしさ」にこだわる理由は、死なないためだ。

「男らしさ」にこだわって、寝食も惜しんで競争にコミットすれば、そのせいで「もうひとつの死」のリスクが高くなるのはわかっている。十分にわかっている。言われなくても。それでも「男らしさ」がなければ、今度は社会的に死んでしまう。

Tim Marshall on Unsplash

「死にたくないなら、死にそうになるしかない」のである。

女性からすれば、そのような営為は理解不能で、ともすれば愚の骨頂だと思われるかもしれない。だが、男性には本当にそうするほかないのだ。「男らしさから降りても良いんだよ」などという甘言を信じて降りた男性たちはみな「透明な存在」になって消えていった。透明化され、不可視化されていった男性たちの姿を、他の男性が忘れたわけではない。

女性にいじめられたり、女性から嗤われたりした経験が男性にあったとしても、そうした経験を他人に披露して被害者ぶったりしたところで同情されることはない。むしろ「男らしくない」といってますます厳しい立場に追いやられてしまう。だからこそ、世の多くの男性たちは「女性から受けた抑圧経験」をあえて黙っている。泣き言を言わない。

それが表面的には「男性は女性からまったくいじめられていない」「いじめられた経験を持つのは女性ばかり」として女性からは観測されるのかもしれない。だがそうではない。男性たちは語る言葉も、語る理由も、語ることで得られる利益もないから黙っているだけだ。「だれからも自分が受けた傷を配慮してもらえない」という男性の苦境は、先述したような男性の自殺や、あるいは孤独死の統計としてようやく表れる。

かりに女性が目の前の男性を適当につかまえて「『男らしさ』の競争を女性から強いられているなんて本当ですか?」と問いかけても、「いやいや、女性に強いられてなんかいませんよ。男性が勝手にやっている馬鹿なことなんですから、女性は気にしなくていいんですよ」などと答えるのが関の山だろう。男性の生きづらさを考える「男性学」では事実そのようになっている。

まかり間違っても「ああそうさ。俺たちはな、女性のせいで、こんなデスレースに強制参加させられているんだ!どうしてくれるんだ!!」などと恨み節を言ったりはしない。そのような言動自体が「男らしくない」からだ。

「男らしさから降りてもいいよ」なんて嘘はいらない。ほしいのは……

最後に繰り返し強調しよう。

男性が「男らしさ」の競争にこだわるのは、同性からの肯定や称賛、そしてなにより女性からの性的な承認を得て、社会的な実存を獲得するためだ。

たとえその競争に参加することが、自分自身の心身にダメージとなり、最悪の場合は生物的な死のリスクを高めるものだと気づいていてもだ。

国際男性デーだからといって、世の男性たちは「男性の生きづらさは女性のせいだ」などとは言わないだろう。そんなことをいうこと自体が男としての株を下げてしまうからだ。世の多くの男性は「男らしさから降りてもいいよ」などという甘い言葉を信じてもいない。「男らしさ」の獲得競争から降りた「弱くてショボい男」が、同性からも異性からもまったく相手にされないことは、当の男性がよく知っている。

国際男性デーに男性たちが望んでいるものがあるとすれば、少しだけでもよいから、わかってもらうことだ。

男性を苦しめている「男らしさ」は、けっして男性の自縄自縛ではなく、ましてや自己責任でも自業自得でもないことを。男性だけでなく女性も「男性は優秀であるべき」と望んだからこそ生じた、いうなれば「共犯関係」にこそその淵源があるのだと。

全部でなくていい。少しだけでも「わかってほしい」のである。

男性は女性にくらべて弱く、存在価値は低く、やさしくもされず、健康を害しやすく、孤立しやすく、無視されやすく、死にやすいことを。

《参考文献》

注1:男の敵は男? 声あげにくい風潮 (Yahoo!ニュース)https://news.yahoo.co.jp/pickup/6410199 ※現在はリンク切れ

注2:「稼ぐ女」と「稼げない男」は、なぜ結婚できないのか?(マネー現代)https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69132

注3:孤独とストレスは肥満より死亡リスクが高い 一人暮らしでの対処法(NEWSポストセブン)https://www.news-postseven.com/archives/20210926_1693179.html?DETAIL

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