- 2021年11月15日 10:26
【読書感想】嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか
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嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか
作者:鈴木 忠平
文藝春秋
Kindle版もあります。
嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか (文春e-book)
作者:鈴木 忠平
文藝春秋
なぜ 語らないのか。
なぜ 俯いて歩くのか。
なぜ いつも独りなのか。
そしてなぜ 嫌われるのか――。中日ドラゴンズで監督を務めた8年間、ペナントレースですべてAクラスに入り、日本シリーズには5度進出、2007年には日本一にも輝いた。それでもなぜ、落合博満はフロントや野球ファン、マスコミから厳しい目線を浴び続けたのか。秘密主義的な取材ルールを設け、マスコミには黙して語らず、そして日本シリーズで完全試合達成目前の投手を替える非情な采配……。そこに込められた深謀遠慮に影響を受け、真のプロフェッショナルへと変貌を遂げていった12人の男たちの証言から、異端の名将の実像に迫る。
「週刊文春」連載時より大反響の傑作ノンフィクション、遂に書籍化!
広島カープファンの僕からみた落合博満という監督は、何を考えているのかよくわからない、えたいのしれない人、という感じでした。
落合監督は、2004年から2011年の8年間、中日ドラゴンズを率いていたのですが、僕の印象に残っていたのは、2007年の日本シリーズで、8回までひとりのランナーも出さず、完全試合目前だった山井投手を9回に岩瀬投手に代えた采配と、最後の年、2011年に、落合監督の退任が発表されてから、中日がものすごい強さをみせて勝ち始めてセリーグを制覇し、日本シリーズでは「あとひとつ」届かず、3勝4敗で日本一に届かなかったときのことでした。
あの2011年のシーズン終盤の中日の戦いぶりはすさまじく、カープファンの僕でさえ、日本シリーズでは、「落合監督をリーグ優勝からの日本一にしてあげたいな」と思ったものです。
この本、ずっと落合監督を取材してきた記者によって書かれたものなのですが、落合監督を「代弁」するのではなく、あくまでも、「組織のなかでうまく生きられずに苦しんでいた著者が接した落合監督」の姿が描かれているのです。
前任の星野仙一監督は、中日、のちにさまざまなチームでも監督として大きな功績を遺した人なのですが、著者からみた星野監督時代は「監督はつねに取り巻きに囲まれ、話を聞くときも『席次』が定まっていた」のです。
それに対して、落合監督は、選手たちやメディアとの「なれあい」を嫌い(というか、他人とベタベタするのが苦手な人のようにも思えます)、周囲も「敬して遠ざける」という雰囲気でした。
門扉から姿を現した落合は、突然の訪問者に驚くふうでもなく、私を見るなり、まず訊いてきた。
「お前、ひとりか?」
落合は私の返答を待たず、自ら辺りを見渡して他に誰もいないことを確認すると、後部座席に乗り込んだ。そして、私に向かって反対側のドアを指さした。「乗れ──」
車は静かに動き出した。落合はシートにゆったりと身を沈めたまま言った。
「俺はひとりで来る奴には喋るよ」
私の隣にいるのは、会見室やグラウンドで見る、心に閂(かんぬき)をかけた落合ではなかった。感情のある言葉を吐く、ひとりの人間であるような気がした。
だからだろうか、私は自然に最初の問いを発することができた。
「なぜ、自分の考えを世間に説明しようとしないのですか?」
落合は少し質問の意味を考えるような表情をして、やがて小さく笑った。
「俺が何か言ったら、叩かれるんだ。まあ言わなくても同じだけどな。どっちにしても叩かれるなら、何にも言わないほうがいいだろ?」
落合は理解されることへの諦めを漂わせていた。メディアにサービスしない姿勢は世に知れ渡っていた。
私には活字として日々の紙面に載る「無言」の二文字が、落合の無機質なイメージを助長し、反感を生み、敵を増やしているように見えた。そう伝えると、落合はにやりとした。
「別に嫌われたっていいさ。俺のことを何か言う奴がいたとしても、俺はそいつのことを知らないんだ」
言葉の悲しさとは裏腹に、さも愉快そうにそう笑うと、窓の外に視線をうつした。
本音なのか、虚勢を張っているのか、私には判断がつかなかった。
そもそも、自ら孤立しようとする人間など、いるのだろうか。
著者は、落合監督に強く惹かれてはいるものの、なるべく「落合信者」にならないように、この本を書いているのです。
落合監督は8年間もAクラスを維持した一方で、ドラフトでは「即戦力」の社会人・大卒の選手を優先しており、「将来を見据えた補強」を進言していたスカウトたちと軋轢があったのです。
落合監督後の中日が低迷したのは、落合時代の「とにかく、今、勝つこと」にこだわった補強方針の影響があったようにも思います。
落合監督は、自分自身の「経験」や「理論」「観察眼」を頼りにしすぎていて、周りは「こちらの話を聞いてくれない人」だと感じていたのです。
この本を読むと、野球人として、リーダーとしての落合監督の「凄さ」を何度も思い知らされます。
一年目のシーズンが終わってから、落合はこのように内部の人間でさえ寄せつけない雰囲気を纏うようになった。仲良しごっこは終わりだとでも言うように、誰に対しても距離を置くようになった。
番記者たちは、こういうときの落合には話しかけても無駄だとわかっていた。
「きょうは休みだ」
何を訊いても、素気なくそう返されるのがオチなのだ。
だから黙って、落合がベンチ裏へ姿を消すのを見送ればいい──私もそう考えていた。
ところが、落合はベンチの前まで来ると、くるっと向きを変えてカメラマン席のほうへやってきた。そして私の隣までくると、私と同じようにラバーフェンスに背をもたせかけた。
「ここで何を見てんだ?」
落合は私を見て、そう問いかけた。
私は咄嗟に言葉が見つからず、「え……、あ、バッティングを」と返答にもならない返答をした。
末席の記者がチームの監督と一対一で向き合って話す機会はほとんどない。少なくともこれまではそうだった。あの最初の朝も、私はただ伝書鳩を演じただけだった。
だから突然、落合が隣にやってきたことに、私の頭の中は真っ白になっていた。
落合は私の動揺など気にもしていないかのように言った。
「ここから毎日バッターを見ててみな。同じ場所から、同じ人間を見るんだ。それを毎日続けてはじめて、昨日と今日、そのバッターがどう違うのか、わかるはずだ。そうしたら、俺に話なんか訊かなくても記事が書けるじゃねえか」
落合はにやりと笑うと、顔を打撃ケージへと向けた。
「試合中、俺がどこに座っているか、わかるか?」
今度は落合が切り出した。
落合がゲーム中に座っているのはベンチの左端だった。いつも、ホームベースに最も近いその場所からじっと戦況を見つめている。
「俺が座っているところからはな、三遊間がよく見えるんだよ」
落合は意味ありげに言った。確かにそこからはサードとショートの間が正面に見えるはずだ。
「これまで抜けなかった打球がな。年々そこを抜けるようになってきたんだ」
どこか謎かけのような響きがあった。私は一瞬考えてから、その言葉の意味を理解した。背筋にゾクッとするものが走った。
落合は立浪のことを言っているのだ。
ベンチから定点観測するなかで、三塁手としての立浪の守備範囲がじわじわと狭まっているのを見抜いていたのだ。だから森野にノックを打った……。



