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デジタル化された「災いの記憶」が未来の社会につながっていく- 「賢人論。」第151回(前編)渡邉英徳氏

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東京大学大学院情報学環教授の渡邉英徳氏は、広島・長崎の原爆や東日本大震災の記録をインターネット上の地球儀・デジタルアースに集約してデジタルアーカイブを制作。遠い記憶として流れ去ろうとする惨劇を、今に残すことに取り組んできた。その後、AIと人とのコラボレーションによって白黒写真をカラー化し、対話を生み出す「記憶の解凍」の活動を庭田杏珠氏と共同で開始。2020年に共著『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社新書)を上梓した。長年「災いの記憶」に向き合ってきた渡邉氏はコロナ禍の記憶をどう残すべきと考えるのか。渡邉氏の研究室にてお話を伺った。

取材・文/みんなの介護

「災いの記憶」を時代に即した方法で表現

みんなの介護 渡邉さんは仕事においてどんなことを大切にされているのですか?

渡邉 私はこれまで「災い」をテーマに多く仕事をしてきました。ご自身やご家族が被災され、「『災いの記録』を受け継いでいきたい」という切実な想いのもとに活動されている方がいます。私は当事者とはいえませんが、そうした想いを持つ方々に力を貸す立場だと思っています。

また、研究者としての使命は、時代に応じた新しい表現方法を探していくことです。その面においては、これまでに2つの手法を確立してきました。

1つが、デジタルアースに顔写真やインタビューした証言などの情報を載せていくデジタルアーカイブの手法です。証言者を顔写真のアイコンで表すことにより、メッセージ性と記憶の定着のしやすさを兼ね備えています。その後、10年経つ間に、デジタルアーカイブの手法は徐々に認められ、定着してきたようです。そして、時代に合わせた次の方法が生まれてきました。

2016年から、AIによる白黒写真のカラー化の手法を取り入れました。初期はAIが自動的に付けた色を重視していましたが、庭田杏珠さんと「記憶の解凍」に取り組んでいくうちに手法が進化し、現在は自動色付けしたのち、戦争体験者との対話・SNSのコメント・当時の資料などをもとに手作業で「色補正」しています。この過程で、出来事についての記憶が人々の心の中でよみがえり、対話の場が生まれるのです。

建築学科で身に付けたことを社会で生かしたいと思った

みんなの介護 もともとゲーム制作からキャリアを始められたのですね。

渡邉 大学では建築学科に在籍していましたが、在学中にソニー・インタラクティブエンタテインメント(当時はソニー・コンピュータエンタテインメント)のゲーム制作チームにデザイナーとして参加しました。そこでは、ゲームに登場する都市・建築を3Dデータとして作成し、さらに水彩画風の表現にアレンジする仕事をしていました。

立体的な整合性を保ちつつ、ゲームの世界観を壊さない背景画に仕上げる工程には、建築学科で培ったテクニックを生かしました。面白いことに、20年経って取り組み始めた「記憶の解凍」のカラー化にも応用しています。

みんなの介護 そこから「災いの見える化」の活動へシフトしたのにはどういった経緯があったのでしょうか。

渡邉 転機になったのは2009年の「ツバル・ビジュアライゼーション・プロジェクト」です。これは、写真家の遠藤秀一さんが代表を務める特定非営利活動法人ツバル・オーバービューとコラボレーションしたプロジェクトです。

遠藤さんが長年に渡ってインタビューを重ねて撮影してきた、南太平洋の島国「ツバル」の住民の顔写真をデジタルアースに載せています。地球温暖化による海面上昇の危機に直面するツバルの存在を、世界中の人々に地続きに感じてもらい、気候変動を自分ごととして受け止めてもらうために制作しました。

この作品を、長崎の被爆三世である鳥巣智行さんたちが展覧会で見てくれました。そして彼らから「長崎の被爆者の証言を、同じ方法で世界に発信できないだろうか?」とメールが届き、頭のなかに火花が散った感じがしました。

「これまでの人生で培ってきたものが、ここで一つ結実するのではないか」という予感がありました。というのも「自身の発想をもとにものをつくるだけがクリエイターの仕事ではない。誰かの想いや願いを実現するためにサポートすることもできる」と思い始めていたからです。この仕事のありかたは、建築家のそれになぞらえることができます。

基本的に、建築には施主がいます。つまり、ほかの人に頼まれてつくるものです。個人住宅は住まい手のために、公共建築などは、社会全体の要請に応じてつくられるものですね。つまり、被爆三世の3人の若者からの依頼と、私がその時点で培っていたアーカイブをつくる技術がぴったり一致したのです。この出会いから「ナガサキ・アーカイブ」が生まれ、戦争をテーマにしたはじめての仕事になりました。これが転機になっています。

みんなの介護 やりがいも一層強くなられたでしょうね。

渡邉 そうですね。「大学の研究者という、直接の利益を求められない立場にいるからこそできる仕事だな」と感じることも多いです。これまでに広島・長崎・沖縄・東日本大震災など、いろいろな災いをテーマとしたアーカイブに取り組んできましたが、どれも、営利目的では成り立たないものです。

企業における事業では、利益を生み出すことが当然求められます。しかし大学の研究者は、活動するための費用があれば、営みを継続していくことができます。こうしたところも、建築の世界と似ているかも知れません。

誰もが観られるかたちで災いの記憶を未来へ残す

みんなの介護 「災いの記憶の継承」に長く取り組んでこられましたが、コロナ禍の状況はどのように残すことが必要だと思われますか?

渡邉 2つのことがいえそうです。

1つは、これだけ人類の文明は発展してきたのに、日常における感染拡大の防止策は、それほど進歩していないということです。

こちらは、ほぼ100年前、1920年代初頭の東京の写真です。「スペインかぜ」流行時の写真をカラー化したものです。Twitterに掲載したところ、たいへん大きな反響がありました。

カラー化:『「記憶の解凍」プロジェクト 渡邉英徳』(Bettmann Archive)

見てのとおり、女学生たちは布マスクを付けています。まるで「アベノマスク」のようですね。もちろん現在のマスクのほうが性能は向上していますけど、100年前も今も、マスクで感染拡大を防止しようとしている点は、変わっていないのです。

21世紀の人類は、mRNAワクチンをはじめとする最新の医療技術で懸命にCOVID-19に対抗してきましたが、なかなか思うに任せず、多くの方が命を落としています。

今回のパンデミック対策において、「スペインかぜ」流行時の知見は十分に生かされているとはいえません。私たちは日々報道される、即時的な感染者数や重傷者数におびえて過ごしており、未来を見通せず、過去のパンデミックの記録・記憶から学ぶ余裕のない状態にあります。きっと100年前もそうだったはずです。「文明の発展とは何だろうか」と考えさせられます。

もう1つは、今回のパンデミックの記録を残しておく必要があるということです。この女学生たちは、100年後に「カラー化」されるとは思っていなかったはずです。まして、Twitterなどというものに載せられて、何十万人もの人から見られるなど、想像すらしていなかったでしょう。

COVID-19の記録は、私たちの想像もつかないかたちで、未来の人々が活用するはずです。近い将来、またパンデミックはやってきます。だからこそ、いまの記録を残しておく必要があるのです。

みんなの介護 情報はどのように残すことが必要でしょうか?

渡邉 物理的な資料を、デジタルデータとして残すことが重視されつつあります。ただし、実物の写真のように、実体としての記録を残すことも大切なのではないかと思っています。

デジタルデータはふとしたタイミングで消滅してしまう、あるいは消去されてしまう危険性があります。実際のところ、デジタル化されたデータをうっかり削除してしまったり、ファイル形式や記録メディアの移り変わりで、再生不能になったことも多いはずです。政治的な判断で、公文書のデータを抹消してしまうこともあるのです。

クラウドサービスも同じことで、何らかの事情で企業がサービスを停止すれば、もうデータは戻ってきません。一方、先程お見せしたような100年前の紙の写真は、私たちが見られるかたちで残されていますね。かつて「100年プリント」というコマーシャルがありました。まさにその通り。100年間消えずに残されていたからこそ、私もカラー化できたわけです。

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