記事

子どもがいてもいなくても、世界について考えるのは難しくなってると思う。

1/2

ta-nishi.hatenablog.com ta-nishi.hatenablog.com
 
リンク先の文章は、子どもを持たない大人が増えることで自分の代までしか考えない人も増え、世界の持続可能性が危機にさらされるのではないか、といった趣旨だ。「私の死んだ後のことなんかどうでもいい」と皆が考えるようになり、後々の世界に思いを馳せなくなったら、世界の持続可能性は怪しくなるだろう。欧米を中心に若い人たちが世界の持続可能性について大きな声をあげ、その槍玉に挙げられているのがそのような大人たちであることを思い出したりした。



でもって、リンク先の筆者は「セカイ」というサブカルチャーの語彙を使って、そうした大人たちの世界観が自分を中心とした狭い範囲にとどまっていること、ために未来を志向しない自己中心的な死生観を持っていることを指摘している。親になる人が減るぶん、死後の未来について考える人も減るというのは、まあ、そうかもしれない。少なくとも人の親になり、まっとうに親を引き受けている人なら、子どもの代の未来まで考える動機が発生するからだ。

他方、それだけでもあるまいと思ったりもする。
 
なぜなら、人の親になるかならないかが世界の捉え方を全部決めてしまうわけではないからだ。たとえば輪廻をベースとした宗教を信じている人や、一族の先祖供養を行っている人、連綿と続く地域の葬祭行事に加わり続けている人などは、人の親になるかならないかに関わらず、自分が死んでも世界が続く世界観・死生観を生きている可能性は高い。自分の子どもという具体性の塊のような未来に比べると、これらは抽象的で、共同幻想に類するものではあるのだけれど、太古の葬祭の痕跡などが示しているように、案外そのようにできあがった世界観で生きていける・生きてしまうのが人間であるように思う。
 
なので、冒頭リンク先の主題であろう「自分の代のことしか考えない大人の増加」とは、(養子縁組も含めた)子育てに参加するしないの問題に加えて、過去から未来へとつらなるような世界を生きていない人が増えていること、死生観や世界観がそのように変わってしまっていることが大きいと私なら思う。で、冒頭リンク先の筆者が「(セカイ系に由来しているらしき)セカイ」という語彙をわざわざ選んでいるのも、そうした死生観や世界観も問題の一端であることを意識してのものだろう。
 
なら、そうした今しかない死生観や世界観が台頭し、過去から未来へと連なるような死生観や世界観が尻すぼみになっているのは何故なのか。
 
ここまでの話から、宗教の衰退や、イエ制度などと深くかかわりを持ってきた盆暮れ正月といった行事の衰退や形骸化を挙げることはたやすいし、実際、既存宗教はすごい勢いで衰退してもいる。それらが死生観や世界観に与える影響は無視できるものではないので、宗教の衰退や形骸化を、生涯未婚率の上昇と並ぶ「自分の代のことしか考えない大人の増加」の理由として挙げるのは簡単ではある。
 
でも私には、その既存宗教の衰退や形骸化も原因ではなく結果であるよう思えてならない。既存宗教が衰退したり形骸化したりしたのは、むしろ、そのような宗教と相性の良い死生観や世界観を持てない環境ができあがってしまったからのようにみえてしまう。
 

あわせて読みたい

「子育て」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    「デルタ株とは違う」医療現場から嘆き 社会制限だけでなく適切な医療体制の構築急げ

    石戸 諭

    01月21日 14:30

  2. 2

    若者よ!やっぱり「FIRE」はやめなさい!

    内藤忍

    01月21日 12:24

  3. 3

    中国製EV導入で高まる日本人の生活丸裸の懸念 - 山崎文明 (情報安全保障研究所首席研究員)

    WEDGE Infinity

    01月21日 13:06

  4. 4

    「数百円なのにおいしくて清潔」そんな食事が気楽にとれる先進国は日本だけという事実

    PRESIDENT Online

    01月21日 11:48

  5. 5

    低迷する中国経済 今後の展開はいかに?

    ヒロ

    01月21日 10:57

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。