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日本式の生産管理はグローバル化に適応できるか? - 政治・経済・医療・地球温暖化の常識に挑戦する

日本が戦後に飛躍的な成長を遂げたのは1954年から1973年までの19年間です。そして1968年に国民総生産が当時の西ドイツを抜いて2位になりました。(*1)この期間に貿易赤字から貿易黒字に転じた事から、経済成長が輸出主導で行われたことは異論のないところだと思います。(*2)輸出主導とは、経済成長の主な源泉が、製造業の製品(完成品や中間財)を海外へ輸出して稼いだお金が、国内の経済発展を牽引したという意味かと思われます。2002年から2009年のいざなみ景気も、輸出主導であったと考えられます。(*3)この事から、日本の企業の中で、海外と比して優位であるのは製造業であろうと考えられます。では、日本の製造業は何が優秀なのでしょうか。

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1)製品開発力で優れているか:

日本のメーカーが自社開発して販売している製品(完成品や中間財)の多くは、先行する欧米メーカーの製品をキャッチアップしたものやその発展形に過ぎません。トランジスタラジオ、商用ビデオレコーダー、ウォークマン、青色発行ダイオードなど創造的な製品開発力が無いという訳ではありませんが、それは一部企業の特徴であって、日本企業全体の普遍的特徴とは言い難いと思われます。ただし、既存製品を改良してより良い製品を生み出すという意味での開発力は、普遍性があると考えられます。

2)技術力で優れているか:

日本が輸出で稼ぐ事ができた主要な理由は、欧米の先行メーカーに比して低価格・高品質であった事から、工場における技術力が高いレベルである事は間違いないと考えられます。

3)経営力で優れているか:

日本は国際的に見て収益性が低いようです。(*4) 政府も経営者もオワコンの具体例で説明しましたが、経営者は、せっかくの高い技術力と品質を収益力の向上に結びつける事が苦手です。(*5)長い間、日本製品の競争力は低価格と高品質の組み合わに依存していました。経営者は技術力を販売価格へ転嫁する為の経営力で劣っていたと言えます。また、プラザ合意から現在に至るまでの円高の流れの中で、経営努力として評価できるのは中国その他の東アジアへの工場移転です。その結果、国内工場から消費国への輸出は減少しましたが、特に中国工場から消費国への輸出がどんどん伸びました。(*6)

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上記をまとめると、日本の製造業は技術力や製品開発力では優れているものの、経営力では劣っており、欧米企業と比べて低収益であるという事になります。更に近年、日本の製造業は韓国や中国メーカーとの激しい競争に晒され、サムソンの液晶テレビやスマートフォンなどが日本製品をデザイン・機能・価格で日本製品を凌駕している事を見ると、商品開発力でも日本の優位性は徐々に失われている可能性があります。では、技術力ではどうなのでしょうか。

日本の技術力には、高密度実装のような技術力、品質を高める技術力などがありますが、特筆するべきは製造におけるオペレーション効率(生産する時の効率)であったと言われています。しかし、欧米企業だけでなく中韓などアジアを代表する製造業もオペレーション効率の向上に務めた結果、それほどの差はなくなっています。(*7)

工場で製品製造の品質・原価・工程を管理する為に生産管理という概念があります。(*7)そして、日本国内の工場では、生産管理の作業を現場がボトムアップで支援して成立させる企業文化があります。これを外から見ると、顧客の納期に間に合うように「阿吽の呼吸」で製造が行われているかのようです。私が思うところ、日本の製造業がオペレーション効率で他国に優っていた最大の理由、日本の技術力の正体とは、まさに製造現場の労働者の総合力(技術力と管理力)であったと考えられます。(故にでしょうか、日本の大学で生産管理やSCMを学部や大学院で教えているところは非常に少ないようです。また、日本の本社から来た生産管理の方の話しを聞くと、生産管理は現場で覚えるものであって大学で生ぶものではないという考え方が強いようです。)

ところが日本の製造業は、円高の進行に背中を押されて、1990年代から工場をアジアへ移転させ始めます。特に2000年以後はこの流れが加速し、いざなみ景気を背景として、日本の製造業の空洞化と、特に中国への工場移転が進みました。私は1990年代後半から広東省へ移転した日本の工場の生産管理システムに関わり始めて現在に至っていますが、一貫して感じている事があります。中国に移転した工場は、合弁先の現地企業が主体で製造を行う以外、先に述べた日本式の企業文化を持ち込んでオペレーションしている為に、継続的かつ根本的な問題を内在させています。

中国(アジア)の工場では、労働者の転職率は非常に高く、たとえば中国華南エリアでは一般的にラインワーカーの半数以上が1年から2年で新人に入れ替わります。いくら日本式の企業文化を刷り込んでも、短くて数ヶ月、長くても数年で大半の労働者が転職で入れ替わるので、日本式の企業文化を維持する上で、日本人の技術者の駐在が不可欠になります。これは工場経営にとって大きなコストアップとなり収益を低下させます。

更に、日本の企業文化に不可欠な、現場の労働者による自発的なボトムアップでの管理というのが海外ではうまく機能しません。日本と中国(他のアジアの国でも)では労働者の気質(文化的背景)が日本と大きく異なり、管理と製造の分業が明確になっているのです。「ところ変われば品変わる」あるいは「郷に入りては郷に従え」で、中国の文化に適合した生産管理と製造のやり方が求められます。しかしながら私の知る限り、日本企業が主体的にオペレーションしている全ての日系工場の経営者や管理責任者が、「日本式生産管理」を行なっており、その結果として在庫の問題や生産性が改善しない事で悩んでいます。

それでは中国の工場はどうしているのかといえば、工場のオペレーションは経営者によるトップダウンで行う事が一般的です。大企業では更に、経営者はマネージャーを管理し、マネージャーは部門配下の労働者を管理するというヒエラルキーが存在します。(日系企業にも名目上のヒエラルキーは存在するが、権限と責任がきちんと定義されておらず、その一方で結果責任を追求される傾向があり、効率的にワークしているとは言えない会社が多いと感じています。)

生産管理(品質・原価・工程)も中国の工場では生産管理課のマネージャーが「司令塔」としての大きな権限を持っており、製造計画や日々の製造の指示などは生産管理課が明示的な指示を出し、製造課はその指示に従って製造する事だけに集中しています。日本のボトムアップな方法とはかなり異なるやり方です。その為に、中国では2000年代のはじめから生産管理や狭義のSCM(工場内の受発注在庫管理)を教える大学が増加しはじめ、現在では100校を超える大学が学部や大学院で教えています。中国の企業も、大学や大学院で生産管理を専攻した学生を積極的に採用する事で生産管理のレベルアップを図り、10年前と比べてオペレーション効率を飛躍的に高めています。中国では生産管理の人材は豊富であり、私の会社でもERPチームのコンサルタントとして生産管理やSCMを専攻した大学院の修士をどんどん採用しています。

現在、日本の電機メーカーの弱体化が懸念されています。これらの企業の収益悪化の原因のひとつとして、中国をはじめとするアジアへ工場を移転したが、現地工場のオペレーション効率を思うように上げる事ができない事が、収益の足を引っ張っていると考えます。日本式の生産管理手法は、日本人の工場ワーカーがいる事が前提条件であり、世界中でユニバーサルに成立する方法ではないという事を1日も早く自覚するべきです。私の会社では、そういった問題意識を持った日系の中小企業工場に対して、中国に適した工場オペレーションの標準化と効率化を行うコンサルテーションを行なっています。(最後は自社の宣伝になってしまいました、すみません。)

参考情報:
1)高度成長期 (wikiより)
2)対GDP比で見た輸入・輸出・純輸出の推移(1955-2010年)(三度の飯より統計データ)
3)いざなみ景気 (wikiより)
4)年次経済財政報告 (内閣府)
5)政府も経営者もオワコンの具体例 (Mutteraway)
6)世界市場における日本の輸出シェア(内閣府)
7) 生産管理概要(中小企業診断士 藤原敬明)

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