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  • 2021年11月08日 17:56 (配信日時 11月08日 06:00)

強権中国の抱える脆弱性 地方で露呈する統治の「壁」- 磯部 靖 (慶應義塾大学法学部教授)

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今年7月1日、北京の天安門広場で開催された中国共産党創立100周年祝賀大会において習近平総書記は、「中国共産党の指導の下で国家の独立を達成するとともに今や世界第2位の経済大国にまで発展することができた」と、その功績を讃えた。

また、近代的社会主義強国建設や中華民族の偉大な復興といった「中国の夢」を実現するために、習近平氏を核心とする党中央の権威と統一指導を堅持する必要性を強調した。

今年9月、日中戦争の犠牲者などを追悼する「烈士記念日」式典での習近平国家主席。いま中国国内で山積する課題に、どう向き合うのか (REUTERS/AFLO)

習近平氏をめぐっては、かねてより国家主席の任期撤廃や総書記の権限強化などの〝強権化〟が指摘されている。だが、建国の父である毛沢東氏、改革開放を主導した鄧小平氏と比較し、就任前の習近平氏には、両者に匹敵するような実績があったとは思えない。

そのため、習近平氏が総書記として中国を率いていくのは容易ではなかったといえる。そこで習近平氏が総書記に就任する前後から精力的に進められたのが、中国のリーダーにふさわしい「実績づくり」と「カリスマ性の演出」である。

就任後、習近平氏が主導した反腐敗闘争では、徐才厚元中央軍事委員会副主席をはじめ、前例を破ってまでも中央政治局常務委員経験者である周永康氏を摘発するといったような耳目を集める挙に出て、党内外に強力なリーダーという印象づけを行った。

また、毛沢東氏は卓越した軍事指導者であったし、鄧小平氏も軍に対する強力な影響力を有していたように、中国のリーダーたる者は軍事面での実績も必要とされるがゆえに、南シナ海への進出や空母の建造なども、習近平氏の実績づくりの一環と捉えられよう。

以上の点を踏まえると、習近平氏が、結党100周年大会を利用して「強力なリーダー像を無理して作り上げている」という印象が否めない。すなわちその演出とは裏腹に、習近平氏の権威や中国共産党による統治の脆弱性を図らずも暗示しているのではなかろうか。

そのことは、ここ最近の中国で起こっている出来事からもうかがえる。例えば、33兆円余りの巨額負債により世界経済をも震撼させた「恒大事件」、学校教育の負担軽減や学習塾への管理強化、ネット通販最大手のアリババやIT大手のテンセントへの規制強化、そして人気女優の趙薇氏や鄭爽氏への制裁など、耳目を集める出来事が立て続けに起こっているが、それらは習近平政権が抱く焦燥感の表れとも捉えられよう。

本稿では、特に問題の大きい社会保障制度や中央による地方に対する統制、そして中国共産党の政策を末端レベルで遂行する組織が抱える深刻な課題などを考察することで、習近平政権が直面している中国の「壁」を描き出したい。

福祉制度の課題低い農民工の保険加入率

まず、中国が抱える長期的かつ大きな課題として、少子高齢化と経済格差がある。これらが克服すべき重要な問題であるということは、全国人民代表大会での李克強首相による政府活動報告や中国共産党中央委員会総会のコミュニケなどでも明文化されている。

いわゆる「一人っ子政策」のような産児制限は〝権力〟によって強制することは可能であるものの、一方で現在の中国では少子高齢化が大きな社会問題となりつつある。人口減少や少子高齢化は国力の衰退にも結びつくだけに、中国当局は2016年に「一人っ子政策」を廃止した。

しかし、かつてとは社会の状況や人々の意識が変化したこともあり、出生数の急激な増加には結びついてはおらず、今年に入って3人目の出産も容認する政策に舵を切ることになった。いくら中国共産党が強大な〝権力〟を有していようとも、さすがに人々に子供を産むことまで強制することはできない。

この問題の解決には、年々高騰し今では大都市で私立学校や学習塾に通わせ各種の習い事もさせた場合、平均年収の2倍ほどにも及ぶという教育費用、そして脆弱な社会保障制度の拡充など一筋縄ではいかない課題に取り組んでいくことが必要不可欠である。

1990年代に市場経済への転換が行われるまで、役所、工場、学校など「単位」と呼ばれる所属先は就業の場であるとともに生活の場でもあった。

かつて「単位」は従業員に住居はもとより教育さらには社会保障も提供していた。ところが市場経済化により「単位」は経済効率を求められて不採算部門は切り離され、それまで「単位」が担っていた社会保障の機能を社会全体で構築する必要に迫られることになった。

しかしながら、広大な国土を有し経済力が異なる多くの地方を抱える中国において、全国一律の社会保障制度を実現するのは容易なことではない。社会保障を主として担う地方政府の経済力には大きな格差がある。また、農村戸籍を持ち、都市で製造や建築、飲食業などの単純労働に就く「農民工」と呼ばれる出稼ぎ農民に代表される膨大な数の流動人口に対し、充実した社会保障を提供するのは至難の業である。

実際のところ、「農民工」の年金、医療保険、労災保険への加入率は高くない。その背景には、保険の管理が地方ごとに分断されているため、地域間を移動して仕事に従事することが多い「農民工」にとって途中解約を余儀なくされる年金や保険への加入のインセンティブが低いとも指摘されている。

こうしたことから今年の全国人民代表大会における政府活動報告でも、社会保障制度の拡充や「農民工」への待遇改善の必要性が強調されている。

なぜならば、都市部に数億人単位で滞留する「農民工」たちに十分な社会保障を提供できないとなると、社会不安や治安の悪化の要因となりかねないからである。ただ、同様の訴えかけが毎年のように行われているということは、この問題が克服困難な積年の課題であることを示している。

もちろん、中国の社会保障制度が全く機能していないわけではなく、実際のところ90年代からの模索を経て着実に改善してきているといえる。ただし、社会保障制度を担っている地方政府には経済的に困難を抱えているところも少なくなく、職員の給与さえ遅配しがちなケースもある。

例えば、改革開放の突破口となった深圳をはじめとする経済特区を複数擁し、経済的に発展したイメージの強い広東省であっても、山間部や少数民族地域の経済は立ち遅れており、省内での格差は大きい。

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