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ハト派・リベラル派の衣をまとった「安倍背後霊」政権―-岸田文雄新内閣の性格と限界(その1)

〔以下の論攷は、『治安維持府と現代』2021年秋季号、第42号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

 はじめに

 岸田文雄新政権が発足しました。久々の宏池会出身の首相です。岸田氏本人の真面目さや素直さもあって、安倍・菅政権がまとっていた「安倍一強」支配の暗い影が払しょくされるのではないかとの期待もありました。岸田氏自身も「自民党が変わった姿を示したい」と抱負を述べています。

 「新しい資本主義」を掲げて新自由主義から転換するかのようなそぶりも示しました。民主主義への危機感を表明し、当初は森友関連公文書の改ざん問題の再調査をほのめかしていました。「成長と分配の好循環」を掲げて、アベノミクスに否定的な印象も振りまきました。

 しかし、それは事実でしょうか。自民党総裁選から決選投票、役員と閣僚人事をめぐる一連の過程を振り返ることによって、岸田新首相が陥ったジレンマと変わらなければならないにもかかわらず変わることのできない自民党の現状を検証することにしましょう。

 1,「安倍支配」の復活

 自民党の総裁選で注目されたのは、安倍元首相の暗躍でした。安倍氏はいち早く高市早苗前総務相への支持を表明し、猛烈な支持獲得活動を始めました。その結果、高市候補は、事前の予想を覆して国会議員票で河野太郎候補を上回りました。

 安倍氏の威力を示したもう一つの例は、石破茂元幹事長の不出馬と河野太郎候補の失速です。安倍・菅政権を通じて「反安倍」だった石破氏は立候補を模索しましたが断念して河野支援に回り、支援を受けた河野候補は自身の問題もあって岸田候補に敗れました。今の自民党では安倍氏ににらまれれば居場所を失うということを示しています。

 決選投票で高市支持票は岸田候補に回って勝利を確実にしましたが、それを指示したのも安倍氏だったと見られています。総裁選で勝利した岸田候補は、安倍氏の力によってその椅子を手に入れたことになります。

 このような安倍氏の力は自民党の役員人事でも発揮されました。盟友の麻生太郎副総理兼財務相を副総裁とし、松野博一官房長官など出身派閥の細田派からも多くのメンバーを党・内閣に送り込んでいます。

 極右のタカ派で政策的には岸田氏と対極にあるはずの高市氏を政調会長として総選挙向けの公約づくりの責任者としたのは、政策より人事を優先したもので、背後にいる安倍氏の影響力を無視できなかったからです。ここには「変わった姿」を目指しながら変わらぬ「安倍支配」に依存しなければならなかった岸田氏のジレンマが明瞭に示されています。

 高市政調会長のカラーは総選挙向けの重点政策にくっきりと現れました。「敵基地攻撃能力」とは書いていないものの「相手領域内」での弾道ミサイルなどを阻止する能力の保有を打ち出し、新たな国家安全保障戦略や防衛大綱を作成して防衛力を大幅に強化するとしています。防衛費についても「GDP比2%以上も念頭に増額を目指す」ことを明らかにしました。高市氏によって岸田氏は「カーキ色」に塗り替えられてしまったのです。

 2,甘利明幹事長の衝撃

 自民党の役員人事でとりわけ注目されたのは、甘利明元経済再生相が党運営の責任者である幹事長に抜擢されたことです。財政から人事、国会運営にまで影響力が及ぶ要の職に、疑惑の人物を据えたことになります。この人事は大きな驚きをもって迎えられましたが、これも安倍氏への忖度によるもので、総裁選での借りを返す意味がありました。

 甘利氏は経済再生担当相だった2016年1月、千葉県の建設会社からの依頼で都市再生機構(UR)へ移転補償金の値上げを“口利き”した見返りに賄賂を受けとったと報道され、大臣を辞任しました。その後、「睡眠障害」を理由に約4カ月にわたって国会を欠席し、説明を拒否し続けてきたという前歴があります。

 また、岸田新政権の「目玉」は「経済安全保障担当相」の新設ですが、その担当大臣に小林鷹之氏を起用したのは「甘利人事」と見られています。ソニー出身の甘利氏はこの分野の第一人者で、党の経済安保戦略を議論する新国際秩序創造戦略本部や党デジタル社会推進本部の座長でした。この新国際秩序創造戦略本部で小林氏は事務局長をつとめ、経済財政相になった山際大志郎氏も幹事長で甘利氏との共著を出しています。

 これ以外にも、党役員人事への疑問は少なくありません。政調会長になった極右の高市氏にはネオナチや在特会との親密ぶりを国連から警告されたことがあります。国対委員長になった高木毅元復興相は女性の部屋に進入して下着を盗み出した過去があり、現職の議院運営委員で中立性に問題が生ずるとして就任が先送りされました。組織運動本部長になった小渕優子元経産相も「政治とカネ」の問題で大臣を辞任しています。

 構造改革・ワクチン担当大臣だった河野太郎氏の党広報委員長への「格落ち」人事は、総裁選で対立候補となったことへの「意趣返し」とみられています。当選3回の若手でありながら総務会長となった福田達夫氏の抜擢は重鎮やベテラン議員を取りまとめて“満場一致”で党議決定しなければならないポストへの押し込みで、「党風一新の会」を引き連れて河野・小泉側に走らなかったことへの論功行賞ポストが他になかったための苦肉の策だったのではないでしょうか。

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