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死刑希望死刑囚と『完全自殺マニュアル』

安倍新政権になって初めて死刑が執行された。

興味深いのは、死刑囚3人のうちの1人と、司法当局、そして死刑制度に反対する人権団体等の三者の主張が、絶妙にチグハグになっているところだ。

すでに報道されているように、死刑囚3名のうち1人は死刑になることを最後まで希望していた(もう一人は途中まで同様の希望を述べていたが、その後態度にブレを見せた)。そして「希望者」の彼に対して司法は刑を執行し、人権団体は「死刑反対」を唱えているのである。

チグハグになる原因は、死刑を希望する死刑囚と他の2者との間で、死の意味に著しい乖離があるからだろう。彼にとって死刑は処罰ではなく、死刑になるためなら再び殺人をすることさえ仄めかしている。筋金入りだ。

「死刑を望む死刑囚」の存在は、死刑になりたいから凶悪犯罪を起こす「死刑願望」のある人が、ある一定数いるということを示している。

それが何を意味するかというと、「処罰としての死刑」が、部分的にしろ意味をなさなくなっているということだ。

これに対して、「死よりも厳しい処罰を」と、拷問刑などを復活させる発想があるだろうが、それこそ人権団体が血眼になって怒り散らすだろう。時代的にそれは難しい。

どちらにせよ、無期刑と死刑の間に隔たりがありすぎることが、日本の司法制度の問題であることは変わりない。


悔やまれるのは、その死刑を希望していた彼が、「自殺はどんな方法であれ、自分の体に痛みを加える。そんな勇気がなかったので殺人をした」という供述をしていた、ということだ。

この供述を信じるならば、彼らは何も凶悪犯罪を起こしたくて起こしたのではない。自分で死ねないから人に殺してもらおう、としているというのだ。


奇しくも最近、ぼくは鶴見済『完全自殺マニュアル』を手に取った。

ある別件で(といってもそれは自殺ではない)必要になり、ぼくはこの、いろんな意味で90年代臭の凝縮された本を読んでみることになった。一言で言うとこの本は、生と死というものに露悪的なまでに価値中立的になり、どのような方法ならスムーズに安らかに自殺が行えるかを、事細かに紹介する「自殺ハウツー本」だ。


もちろん、この本が今やあまりに反時代的なのはわかっている。昨年度の調査で、各種方面の努力もありようやく自殺者数が減り始めたのに、なんていう本を話題にしているんだ、と。現に、この本は絶版でほとんど発売禁止状態に追い込まれているし、ネットにも出版から約20年が経とうとしているこの本に対する批判は、腐るほど転がっている。


けれど、それでも、先に触れた彼のような「自殺できなかった凶悪犯罪者」には、読んでおいてほしかったと思わざるをえない。


でもそれは、「凶悪犯罪を起こすくらいならこれを読んで潔く自殺しろ」と強弁したい訳ではない。

というのは、ぼくが真に惹かれるのはこの本の「あとがき」なのである。

「強く生きろ」なんてことが平然と言われてる世の中は、閉塞してて息苦しい。息苦しくて生き苦しい。だからこういう本を流通させて、「イザとなったら死んじゃえばいい」っていう選択肢を作って、閉塞してどん詰まりの世の中に風穴を開けて風通しを良くして、ちょっとは生きやすくしよう、ってのが本当の狙いだ。

p.195


「自殺してはいけない」というイデオロギーが強すぎると、かえって逃げ場をなくして自殺してしまう。「簡単に死ねてしまう」ことを知ってしまえば、生きやすくなるのではないか、というこの著者のねじれた狙いが、この本には伏流している。

この本をもし、「自殺できなかった凶悪犯罪者」が隅々まで読んでいたら、死刑囚はおろか、彼も含め死者は1人も出なかったかもしれない。そう思うと悔やまれるのだ。


ただ問題は、この本を読んで「自殺できずに凶悪犯罪を起こしそうな人間」が本当に自殺してしまったら、それはそれで問題になるということなのである。ここには事後性の問題が隠されている。

そしてなにより、「自殺できず凶悪犯罪を起こそうとしている人間」を社会からいかに探すかという最大の問題が残っている。


そんなことができるようになるのは、今のところ、フィリップ・K・ディックの描くような殺人予知が可能になる未来を待つしかないのである。

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