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【読書感想】ヒトラー: 虚像の独裁者

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ヒトラー: 虚像の独裁者 (岩波新書 新赤版 1895)
作者:芝 健介
岩波書店





ヒトラー(一八八九─一九四五)とは何者だったのか。ナチ・ドイツを多角的に研究してきた第一人者が、最新の史資料を踏まえて「ヒトラー神話」を解き明かす。生い立ちからホロコーストへと至る時代背景から、死後の歴史修正主義や再生産される「ヒトラー現象」までを視野に入れ、現代史を総合的に捉え直す決定版評伝。

 著者は、この新書の冒頭で、こんな問いかけをしています。

「もし戦争とユダヤ人迫害がなかったとしたら、ヒトラーは最も偉大な指導者のひとりだったと思いますか?」

 僕などは、逆に「ヒトラーって、戦争とユダヤ人迫害以外に、何をしたの?」と思うのですが、当時のドイツ人に、ヒトラーとナチスが支持されていたのもまた事実なのです。

 この新書、歴史的な事実を検証し、当時の状況が丁寧に描かれているのですが、その一方で、著者がそれぞれの人物の内心を勝手に想像しない、というのも徹底されているのです。

 正直、あまりドラマチックではないし、面白い、とも言い難い。ヒトラーは何を考えていたのか、というのもよくわからない。まあ、他人の考えが「わかる」というのもおかしいのですけど。

 ヒトラーほどさまざまな形で語られてきた20世紀の人物はいないけれど、ヒトラー自身が極めて邪悪な人物だったのか、状況に流されて、あんな蛮行に至ってしまった「凡庸な悪人」だったのか。

 そして、ナチスを支持した当時のドイツ人たちは、第一次世界大戦と世界恐慌のダメージで「狂ってしまった人々」だったのか。

 ヒトラーは演説の名手として知られており、その「演説力」で組織の重鎮にのし上がっていくのです。

 ヒトラーの熱弁の本質は何か、その効果の秘密はどこにあったのかについては、当時から現在いたるまでさまざまに分析されてきたが、政論家初期段階の彼の演説を実際に聴いた、当時の代表的なジャーナリスト、カール・チューピクの以下の特徴的な感想は、ひとつの参考になるであろう。

「ヒトラーの声は、さして大きくもなく、明瞭でもなく、こぜわしいしゃがれた声である。彼のドイツ語は、まぎれもなくオーストリア訛りだが、ウィーンのものでなく、ドイツ語も話すボヘミア地方出身の官僚が話す高地ドイツ語に似ている。

オーストリアでいうところの、ちょっとくぐもった調子のしゃべり方なのだが、よく聞き取れる声で、……ミュンヒェンの聴衆にはこのドイツ系ボヘミア人の官僚ドイツ語は洗練された響きをもっている。

このように容易く言葉に感化されてしまう小市民大衆をみると、合点のいく気の利いたことを誰にもわかる活き活きとした言葉で言い表す才能に恵まれた演説家がドイツ人のなかにいないのは、二重に残念に思われる。

今日の口下手な連中と並べてみれば、ヒトラーはひとかどの演説家である。……彼の演説家として最も効果的な手法として残るものは、感情的興奮(センセーション)を伝染伝播させうる能力だけである。……おそらくヒトラーは自分の言ったことを信じているのであろう。

いずれにしても彼に成功をもたらしてくれるのは、熱烈な確信を込めた言葉の響きなのである」。リベラルな、ボヘミア出身のジャーナリストであるチューピクは、同国人ヒトラーに対して、一方でかなり辛辣な批判も展開しているのだが、ここでは彼の演説における特質、特徴で目を惹く記述のほうを紹介しておく。

 当時の人々も、みんながヒトラーの演説、とくにその内容に肯定的だったわけではなく、むしろ、「みんなを熱狂させる演説の技術とわかりやすい言葉」には一目置いていたものの、「とんでもないことを本気で信じている(らしい)人間」だと感じていた人も少なくなかったのです。

 「ヒトラーとナチスの時代」に起こったことを時系列で追っているこの本を読むと、歴史のなかで、ヒトラーを止める機会は少なからずあったということがわかります。

 選挙を通じて、あるいは、諸外国の英断によって。

 このような騒然とした雰囲気の中、決して自由におこなわれたとはいいがたい選挙戦最終日の(1933年)3月4日、ヒトラーはケーニヒスベルクからのラジオ放送演説の最後を、先の大戦で東プロイセンをロシア軍から救った大統領と、西部戦線で任務に就いていた自分が、ここで(いま)力を合わせることになったのだと、感情を込めて締めくくった。

しかし「国家のあらゆる手段の動員が可能であり、ラジオと新聞も自由にでき、資金にも事欠かない以上、今度の選挙は容易い戦いだ」とゲッペルスが豪語したわりには、5日の選挙の結果は、捗々しくなかった。

前回の1174万票から1728万票(288議席、得票率43.9%)へと550万ほど獲得票を伸ばしたものの、ナチ党単独での絶対多数は達成しえず、国家国民党の獲得議席(52)と合わせてようやく過半数(649議席中、340議席)を占めるに留まったからである。

だが新政権への「お墨付き」を得たナチ党は、勝利宣言を華々しくおこなった。

ナチの暴力・抑圧にもかかわらず左翼政党は。社民党が120議席(18.3%)、共産党が81議席(12.3%)と健闘したが、二党合わせても3分の1を割り込む結果となった。政府は3日後、共産党の議席剥奪を宣言し、強制的に国会から排除した。

中間諸政党は、カトリック中央党が74議席(11.2%)、バイエルン国民党が18議席、その他の市民諸政党も16議席と、合計すれば1932年の水準を維持した。

この選挙でヒトラーは合法的「国民革命」の最大の関門をクリアしたといえるし、ドイツ国民の大半は気づなかったが、ナチスの全体主義的支配を阻止できる最後のチャンスをおそらく逸したのであった。

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