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ゲーム障害は臨床的に必要な概念なのか?――病理化、スクリーニング、モラルパニック - 山根信二/ゲーム学・デジタルゲーム研究 × 井出草平/井出草平

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井出 先日、国立病院機構久里浜医療センター院長の樋口進氏が、ゲーム障害(原語はgaming disorder)を推定する学術論文を発表しました(以下、樋口2021年論文)【注1】。そこでは、日本の一般人口におけるゲーム障害の推定有病率は、男性7.6%、女性2.5%、全体で5.1%であったという結果が示されています。この論文に関しては、以前にシノドスで分析を書きましたので、そちらを参照いただければと思います(「ゲームプレーヤーを精神疾患にするディストピア――久里浜医療センター「ゲーム障害の有病率5.1%」論文のからくり」)。

本日は、ゲーム学・デジタルゲーム研究がご専門の山根信二先生と、この樋口2021年論文を検討したいと思います。具体的には、これまでゲーム障害という概念を推進してきた学者の論文との整合性を、2人でチェックしていくことになります。彼らの言っていることに矛盾はないのか、樋口2021年論文は以前の論文と比較してどう解釈できるのか。科学研究である以上、以前の見解が訂正されることは正常なことです。しかし、その場合、合理的な説明がされた上で見解の変更がされているのか、が重要です。

ネット依存症やゲーム障害の論文は膨大に存在しています。論文検索サイトのPubMedで調べると916本の論文がヒットします。もちろん、すべてを読んだわけではありませんが、われわれは比較的多く読んでいる研究者だといってよいでしょう。

山根 よろしくお願いします。確認なのですが、ゲーム障害の原語はgaming disorderですが、定訳はどうなる予定なのでしょうか。

井出 日本精神神経学会によって、精神疾患の日本語名称はすでに決められていまして、「ゲーム症」と翻訳される予定です。しかし、これまでゲーム障害という名称が使われてきたため、今回はゲーム障害というという用語を使いたいと思います。

ゲーム障害という言葉は、ネット・ゲーム依存症対策条例のときに一気に有名になりました。そのため、すでに精神疾患の診断になっていると誤解されているところもあるかと思います。しかし、ゲーム障害というのは、WHOの診断基準ICDのバージョン11に新しく掲載される予定の診断基準です。発効は2022年ですから、まだ発効していません。さきほど916本の論文があるといいましたが、ICD-11の基準にもとづいた研究はまだ少数です。

山根 今回の久里浜2021年論文は、ICD-11の発効前に発表されました。他の先進国はまだ慎重なところが多いなか、ICD-11で初めて導入されたゲーム障害という区分にもとづいて大規模調査が行われました。それゆえ、従来の論争で提起された問題をどのように乗り越えたのかが、世界的にも注目されています。

井出 おっしゃるとおり、世界初の研究ですから、日本だけではなく、世界からも注目が集まっている論文だと思います。

さて、ぼくが注目した論文は、2017年に書かれたベルギーの研究者ジョエル・ブリューらのものです【注2】。この論文はゲーム障害推進派のオールスターによって書かれているもので、樋口氏は第3著者です。この論文も、以下に何度も登場しますので、「樋口2017年論文」と呼称することにしましょう。ぼくは「樋口2021年論文」と「樋口2017年論文」の間に齟齬はないのか、検証していこうと思います。

山根 わたしは日本語文献も踏まえてお話したいと思います。樋口氏が監訳したキング&デルファブロの『ゲーム障害: ゲーム依存の理解と治療・予防』は、論争に参加した若手研究者によって書かれた学術書です。共著者の一人ダニエル・キングは樋口2017年論文の第2著者でもあり、この本は推進派の論拠をよくまとめています。

井出 世界的にみても、キング&デルファブロ『ゲーム障害』は、この分野の文献をしっかりとまとめた書籍という評価で、様々なところで引用されていますね。検証したいところは多くあります。ただ、すべてやっていると長くなっていますので、重要な論点に焦点を当てましょう。

山根 ICD-11にゲーム障害が収録される際に、国際学会で討論論文が何本も出版されました。そこで論点になった点と、『ゲーム障害』のまとめも踏まえて、下記の3点に論点を整理して検証していきましょう。

1.過度の病理化

2.スクリーニングテストの落とし穴

3.モラルパニックとスティグマ

井出 いずれも重要な点だと思います。では、過度の病理化から検討していきましょう。

1.過度の病理化

山根 過度の病理化(over-pathologizing)とは、もともと疾患ではないものまで疾患に含めてしまうのではないか、疾患を治療するメリットよりも、疾患ではない人を診断するデメリットの方が大きくなるのではないか、という問題です。「ここまではゲームに夢中なだけの健康状態」で「ここからは疾患です」と診断する根拠はあまり知られていません。

井出 精神疾患の診断というのは、症状だけあっても診断には至りません。たとえば、うつ病の症状が強くあっても、会社に働きに行って、生活にも影響がないのであれば、精神疾患とはいえません。うつ病の症状が強烈に出ていて、会社に出勤できるかというと実際は難しいので、現実には起こりにくいことですが、ゲーム障害といった新しいものを正確に捉える際には、精神疾患とは何かという原点に立ち返る必要があります。

この働きに行ったり、学校に行ったり、もしくは友人と遊びに行ったりという社会生活ができていなことを、社会的機能障害、機能障害といいます。精神疾患の診断は、症状+機能障害が基本形です。

ゲーム障害も同様です。たとえば、長くゲームをやっているとか、ゲームに夢中だというケースでも、学校に普通どおり通っていれば精神疾患ではありません。ゲーム障害と診断するためには、学校に行けないとか、会社に行けないとか、社会活動ができておらず、かつ、それがゲームによって引き起こされていることが明白である場合のみです。

機能障害というのは、生活が成り立っているかということですね。

山根 その論点は、邦訳『ゲーム障害』(p.123、142)でも、「過度の病理化」を回避するための手段が必要で、そのため機能障害が「中心的な基準」で「他の全ての基準より優先する」、という説明がされています。本書のこの記述は、樋口2017年論文を再確認したものですね。

井出 樋口2017年論文を要約すると、以下のようになります。すなわち、いままでの調査で使われていたスクリーニングツールでは、機能障害を調べていない。そのために有病率が高く出ていた。おそらく、ハードコアゲーマーなんかも入っちゃってますよ、と。だから機能障害をしっかりする必要がある。その鑑別をすれば、過度の病理化が起こることもないし、有病率が高くなってしまうことはない、といった説明です。

興味深いのは、樋口2017年論文で、高い有病率の悪い例として「5%以上」という数字があげられているんです【注3】。

山根 いや、でも樋口2021年論文の有病率は5.1%でしたよね。

井出 そうなんですよ。樋口2017年論文では5%は高過ぎる、といっていたのに、樋口2021年論文では、5.1%と報告しているわけです。

山根 4年間の間に世界的に有病率が上がったということは考えにくい。

井出 考えにくいですね。

山根 日本はゲーム障害の患者がとくに多い国なのだ、という可能性も考えられますが、それについては考察されていませんね。

井出 過去に日本でゲーム障害が多いという報告はありませんね。現在までのゲーム障害の有病率を比較した研究(メタ・アナリシス)では、国の違いや東洋・西洋による違いといったものもないと報告されています【注4】。

山根 とすると過剰診断をしている可能性が高いということになりますね。

井出 そのように思います。以前のシノドスの論考で5.1%という有病率を出すからくりを説明していますので、ご興味がある方はご覧いだければと思います(「ゲームプレーヤーを精神疾患にするディストピア――久里浜医療センター「ゲーム障害の有病率5.1%」論文のからくり」)。調査設計に仕掛けをして、ゲーム障害の人が多く見せかけたというのが実態です。

2017年の論文では、有病率「5%以上」は高すぎるといっていながら、2021年の論文では5.1%の有病率を報告しているのは、滑稽ではあるのですが、笑いごとではありません。WHOの診断基準ICD-11が実際に決まる前と後で、いっていることが180度変わったわけです。決まる前は過剰診断など起こらないと言っていたのに、決まったら過剰診断をさっそく始めたわけです。ICD-11は2022年から発効なので、今回の論文はフライングですが、今後ゲーム障害がICD-11から外れることはあり得ません。今は、ICD-11基準のエビデンスをどこの研究グループが先に出すかという競争の段階に入っています。ですから、しっかりと過剰診断に舵を切ってから、2022年を迎えるという意図があったと考えています。

2.スクリーニングテストの落とし穴

井出 いままでゲーム障害の有病率だ、ネット依存症の有病率だと発表されていたものは、厳密にいえば有病率ではありません。いわゆる、スクリーニングテストというものですね。有病率の研究手順は、簡単に示すと下記のような手順で行われることが多いです。


井出 とはいえ、この構造化面接というのは、一人ひとり面接をして、何十分、場合によって何時間もかかるため、ハードルが高い方法です。ですから、その代わりに、比較的現実的な予算で実行できるスクリーニングテストが用いられるわけです。

真実を求めるためには、予算をいくらかけてもよいというわけではありませんので、この辺りの妥協は必要です。スクリーニングテストの結果は、有病率というよりも、「リスクのある群」くらいの感じで受け取っていただけるとよいのかなと思います。もちろん、スクリーニングテストが無意味だというわけでもありません。

山根 はい、スクリーニングテストにはもともと誤診断の落とし穴があり、それを意識して使う必要があります。『ゲーム障害』第5章でも、これまでのスクリーニングテストには不適切なものがあると説明されていて、自己報告形式で矛盾した回答が出ること(p.140)や、テスト作成者の根本的な誤解(p.142)が指摘されています。

たとえばYoungのInternet Addiction Testという、これまで日本国内のネット依存の調査によく用いられてきたテストも、本書では問題のあるスクリーニングテストとして非推奨になっています。新しいスクリーニングテストを考案するに際しては、こうして過去のテストの残念なところを指摘して、批判的に乗り越える態度が必要です。

井出 そうだと思います。スクリーニングテストにも、性能のよいものもあれば、悪いものもありますね。スクリーニングテストの能力をしっかり測らずに使われるケースも散見されます。厚労省の委託を受けて、中高生のネット依存症が93万人という調査を、久里浜医療センターが過去に行ったことがありました【注5】。そのときに使われたのが、さきほど山根さんがいわれたYoungが作成した尺度で、Young’s Diagnostic Questionnaireというテストでした【注6】。

そもそも、インターネット依存症という精神疾患もなければ、診断基準もありませんから、スクリーニングテストの性能云々以前の問題です。ところが、インターネット依存症という精神疾患があるかのように、新聞でも報道がされてきました。

本来であれば、日本で行われたネット依存症は、尺度の性能以前に、精神疾患ですらなく、そもそも何を計測しているのかも不明だということを押さえておくべきです。しかし、93万人が中高生ネット依存症だと新聞が書いてしまえば、それを読んだ人は「大変だ!」と思っても仕方ありません。

加えてこの調査は厚労省が委託した調査ですから、政府の公式の見解ということになっていますし、政策のなかでいまも引用されています。一応、厚労省のいい分も書いておくと、もともと厚労省は飲酒や喫煙の研究を委託したつもりであったが、「飲酒や喫煙等」なので、それ以外のことも調査には含まれていて、インターネット依存症のスクリーニングテストを久里浜医療センターが調査に入れたのだそうです【注7】。記者発表では飲酒や喫煙を中心にしたものでしたが、マスコミが興味を示したのはインターネット依存症の推定値の方で、飲酒や喫煙についてはほとんど報道されなかったという経緯だそうです。

久里浜医療センターや樋口氏は、どちらにニュース・バリューがあるか、というのはおそらく分かっていたでしょうから、飲酒や喫煙といった問題の予算で行われた調査にインターネット依存症のテストを滑り込ませて、社会問題化して、今度はインターネット依存症やゲーム障害で予算を取っていくという戦略なのだと思われます。

リテラシーのない新聞にも問題はあると思いますが、久里浜医療センターや樋口氏はマスメディアの使い方をよく知っているので、わたしたち学者が適切な調査なのか、適切な報道なのかといったことをチェックしていく必要があるように思いました。

山根 今回はオープンアクセスの論文誌に査読論文が出版され、それにもとづいて議論できるようになりました。これはオープンな議論にもとづいて政策立案を進める第一歩になるのではないかと期待しています。

井出 いままで、久里浜医療センターと樋口氏らは学術論文を重視してきませんでした。久里浜医療センターの戦略はふたつあり、それらが両輪として動いてきました。

第一に、一般向けの本を書き、テレビなどのメディアに出て、社会にアピールをすることです。非常に精力的に活動されていると思います。第二に、厚労省に久里浜の人間を人事交流というかたちで送り込み、予算が久里浜医療センターに落ちるようしてきました。また、厚労省が委託する依存症研究を独占することで、日本政府の政策を久里浜が実質コントロールしてきました。これが久里浜の戦略です。

この戦略は他の学者にとっては突っ込みどころのない鉄壁戦略でしたので、非常に困っていたのですが、学術論文を書いてくれたおかげで、議論の俎上に載せることができるようになりました。

もちろん、わたしたちも学者ですから、アカデミックな方法で、久里浜の研究を検証することも可能になったわけです。そういった意味でも、今回の樋口2021年論文は非常に歓迎すべきことだと思っています。

では、今回の論文、樋口2021年論文で提案されているGAMES-testが、スクリーニングテストとしてまともかどうか点についていかがお思いでしょうか。

山根 スクリーニングテストの落とし穴に対策ができているかというと、失敗していると思います。井出さんもいわれたようにGAMES-testは「ハードゲーマー」をも「病的ゲーマー」として判定し、精神疾患と判定する欠陥があります。キング&デルファブロ『ゲーム障害』で示された基準からしても、不適切なスクリーニングテストだといえるでしょう。監訳者としてよい仕事をされたのですから、推奨されるスクリーニングテストをさらに推し進めてほしかった。

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