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待つことのデザイン

先日のエントリ『UIの改悪がUXを改善させる場合』において待ち時間の質が大事であるという話を紹介したが、『誰のためのデザイン?画像を見る』で有名なD.A.ノーマンが著書『複雑さと共に暮らす―デザインの挑戦画像を見る』において一章を割いて待つことのデザインについて解説しているので、先のエントリの補遺も兼ねて、本エントリでは当該章の要点を紹介したい。

待ち行列の6つのデザイン原理

ノーマンはDavid Meisterの1985年の古典論文「待ち行列の心理学」を元に最新の知見を加えて、待ち行列のエクスペリエンスを増強するために次の6つのデザイン原理を提案している。

  1. 概念モデルを提供すること
  2. 待つことが適切であると受け取れるようにすること
  3. 期待に応える、あるいはそれを上回って応えること
  4. 人々の心をとらえておくこと
  5. 公平であること
  6. 終わりと始まりを強調すること


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1.概念モデルを提供すること

  • モノがどう動くかについて、人が持つ基本的な信念構造である概念モデルを提供する。
  • すなわち、それぞれの列が何のためのものなのか、どこから列に加わったらよいか、列の一番前に来た時にどのような情報や資料を持っている必要があるかについて、明快で曖昧さのない表示が提示されていることが最重要。
  • モデルを効果的にするために、良いフィードバックが重要で、いらだちの原因となる不確実さを取り除く。対処しているという確証と安心感を与えることで不安を最小限にする。

最悪なのは、並んでいればよいのか、並ぶとしてどの列に並ぶのが正解なのか、どれぐらい待てばいいのかさっぱりわからないような状態だ。行列こそ作らないが、電車に乗っていて事故が発生し、復旧のめどが立たずいつになったら電車は動くのか、対応は進んでいるのか、迂回できる別路線としては何があるのか、そもそも振替輸送は行われているのか、待ったほうが得なのか諦めて別路線に向かうべきなのか、皆目わからない状況は典型例と言えるだろう。

適切な概念モデルが提供出来ないケースは非常時に多く見られ、飛行機キャンセル時の予約カウンタ、事故発生時の駅窓口などが陥りやすい。病院の待合室に批判が集まるのは、不安な中待ってるのに、後どれぐらい待てば呼ばれるのか、自分の前には何人待っているのか、何一つ情報が提供されないからだ。

2.待つことが適切であると受け取れるようにすること

  • ユーザはなぜ待たなければならないのか知る必要がある。また、待たなければならないのが正当であることを承知していなければならない。
  • このために、フィードバック、説明が重要となり、公平であることが求められる。
  • 待つことが必要な理由が明確であって、待ち時間が理由に見合うものであれば許容される。
  • 明白な理由がない時、理由は見えているがそれが適切だとは思えない時、待つことがいつも容認されるとは言えない。
  • 空港での税関や入国審査で、すべての窓口が使われていて職員が一生懸命働いている時には待つことは許容されるが、窓口が開いていたり、手伝えるはずの職員がリラックスして遊んでいるように見える時だ。
  • 状況の情報と概念モデルとうまく噛み合っている時に適切だと理解される。待つことはその原因と時間の両方が適切だと思えなければならない。

日常の典型例としてはスーパーやコンビニのレジが挙げられるだろう。レジに長い列ができているにもかかわらず、隣のレジに担当者がおらず空いていたり、さらに悪いことには別の仕事をしている空きの店員がいるように見える時はユーザの不満が蓄積する。

3.期待に応える、あるいはそれを上回って応えること

  • エクスペリエンスは期待を超えなければならない。
  • 予想待ち時間が提供される場合、経験的には時間は常に長く見積もられなければならない。
  • 列に並んでいる人に適切な行動を提案することで、待ち時間を楽しいエクスペリエンスに変える助けになる。

ディズニーランドにおける待ち時間提示、高速道路における渋滞抜け時間予測などは常に長めに提示される。先のエントリ『UIの改悪がUXを改善させる場合』において、不満が減ったのは、手荷物預かり所についてからユーザの期待を良い意味で裏切って短時間に荷物が出てきたことによると考えられる。

4.人々の心をとらえておくこと

  • 物理量と心理量は異なる。人の距離や時間の知覚は物理ではなく心理によって規定されている。さらに、その時知覚された時間や距離と、後で記憶に残っているものとの間には大きな差異がある。
  • イベントで満たされている時間は、イベントがない同じ長さの物理的な時間(空白の時間)よりも早く過ぎていくように感じられる。
  • 列が早く動き続けるようにする、短く見えるようにする、列に並んでいる間、見たりやったりして面白いことに満ちているようにすることは有効である。
  • ディズニーランドでは、列は曲がって作られており短く見える。列にキャラクターを配置し、楽しみながら待てるようになっている。列の先の方を曲げて隠し、長い列が短く見えるようになっている。
  • レストランの飲み物や前菜、役所における待ち時間中の書類作りなど、事前の説明の場所や他にやることを作って、限られたリソースの順番を待っている間、客の心をとらえておくことができる。

先のエントリにおいて、手荷物預かり所の場所を遠くして歩かせることによって、苦情を減らした例は、この一つの応用例と言えるだろう。

5.公平であること

  • 列が無秩序だったり、予測できなかったり、最悪の場合には不公平であったりすると、不満が爆発する。良いエクスペリエンスのためには、扱いは公平で無くてはならない。
  • 列が複数あるときには、いつも他の列のほうが早く進むように見える。他の列が早く進んだときは記憶に残りやすいが、自分の列が早く進んだときには気づきにくい。この非対称性が、列が不公平だという感覚を呼ぶ。心理学実験では、人々はどの列にいようとも、自分の列が最も遅く進んでいると思うことが示されている。
  • これにより、列は1つにして最後に複数のサービスにわかれるようにすることが、良いデザインである一つの理由である。

日本では複数の列を作る場合が多いが、UXに大きく影響する公平性の感覚のためにも、待ち行列は1つにするべきなのは言うまでもない。

6.終わりと始まりを強調すること

  • 最初から最後まで列に並んで待つというような比較的均一な経験においては、記憶に最も重要な影響をあたえるのは、列の終わりに来た時、列についた時、中頃にいる時、という順番である。これは「系列位置効果」と呼ばれる。
  • 長い不愉快なイベントでも、その終わりに、それまでよりも少し不愉快さが少ないが不愉快なことには変わりがないイベントが追加されると、意外なことにより前向きに受け止められる。不愉快なことが追加されたにもかかわらず、全体を支配するのが最後の記憶であるため、前向きに終わればユーザの心象は良くなるのだ。

先のエントリにおいて、手荷物預かり所まで長く歩かされた客は最初はうんざりしていたかもしれないが、最後に短時間で荷物が出てきて嬉しい思いをしたために、全体としては良かったという印象を強く持ったのである。終わりよければすべてよしという格言は、待ち行列のUXを改善する上において極めて重要なのである。

UXをデザインする

リソースの制限からどうしても待ち時間が発生する場合、上記に挙げた原則を踏まえて待ち行列をデザインすれば、トータルのエクスペリエンスを良いものにすることができる。待ち時間が短いほうが良いのは確かだが、待ち時間中にあとで楽しく思い出せるようなポジティブな経験を加えることと、列の終わりにあるイベントを待ったかいがあったと思えるような良いものにすることで、並んだ記憶をよりよいものにすることができるのだ。

画像を見る

上記は80万人以上が順番待ちをしているメール管理アプリMailboxのスナップショットだ。押し寄せるユーザ数に対してサーバリソースの増強が間に合わないため、MailboxではアプリをDLしたユーザに対して、全体の待ち行列の長さと、現時点のそのユーザの順番を示す機能を提供している。LM-7の場合、あと26万人分ほど待たねばMailboxは使えない。しばらく見ていると、自分の前の人数はすこしずつ減り、自分の後ろの人数が少しずつ増えることに気づく。ここ最近は全体の行列の長さは80万人ほどで安定しているようだ。

Mailboxのこの機能について先の原則が満たされているかチェックしてみよう。

  1. 概念モデルを提供すること: 待ち行列の長さ、自分の位置がリアルタイムに通知されており、あとどれぐらい待てば良いのかが一目瞭然。
  2. 待つことが適切であると受け取れるようにすること: サーバ増強に時間が必要であることは妥当な理由であるし、Aboutをクリックするとその理由が説明されている。
  3. 期待に応える、あるいはそれを上回って応えること: しばらく時間を開けてアプリを起動すると、カウントダウン数字の調整を行うため一気に何千も減ったりして何か嬉しくなる。80万人というと途方もない数字のようだが、減るスピードを見ればそれほど深刻で無い気がしてくる。
  4. 人々の心をとらえておくこと: リアルタイムのカウントダウンは、ユーザがMailboxのことを綺麗サッパリ忘れてしまうことを実に効果的に防いでいる。また、『80万人以上が順番待ちのメール管理アプリ「Mailbox」大人気の理由』など、利用できない状況でもその素晴らしさを伝える記事が複数アップされており、Mailboxに対する期待を煽っている。
  5. 公平であること: 待ち行列はFirst Come First Serve(先着順)で処理されており、極めて公平である。
  6. 終わりと始まりを強調すること: カウントダウンが0になった瞬間サービスが提供される。そのサービスが下馬評のように素晴らしいものであるのなら、しばらく待たされた経験は良い印象に上書きされるだろう。

このように、どうしてもユーザを待たせなければならない状況が発生しても、可能な限りUXを損ねないような配慮を行うことが重要だ。さらに言えば、多くの人が待っているという状況は、そのサービスが人気があるということを示すシグニファイアであり、より多くの人をそのサービスに引き寄せる原因となることもあるのだ。

参考文献

リンク先を見る複雑さと共に暮らす―デザインの挑戦
ドナルド・ノーマン,伊賀聡一郎,岡本明,安村通晃

新曜社
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本エントリは『複雑さと共に暮らす―デザインの挑戦画像を見る』の7章の半分程度の要素をまとめたものであり、わずかそれだけの分量でこれだけ多くの示唆が得られるのである。まさにデザインに関わる人は必読と言える本である。

ノーマンは本書において、以前彼が提唱したアフォーダンスに関して、誤りがあったことを認め、シグニファイアという新しい用語の利用を提案している。その概要に関しては、以前のエントリ『アフォーダンスからシグニファイアへ』において紹介しているので、興味がある人は本を買って読むことを強くお勧めする。

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