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  • WEDGE Infinity
  • 2021年10月28日 13:08 (配信日時 10月28日 06:00)

人をすり減らす経営「新しい資本主義」だけでは改善しない - 吉田哲 (Wedge編集部員)

岸田文雄首相が掲げる「新しい資本主義」。「成長と分配の好循環」を果たすものとして、具体策を議論する「新しい資本主義実現会議」の初会合が開かれた。衆議院選挙でも、いかに所得を分配していくか、与野党が鍔迫り合いを繰り広げている。

(gan chaonan/gettyimages)

月刊誌『Wedge』10月号の特集「人をすり減らす経営はもうやめよう」では、世界でも有数のヒト、モノ、カネ、技術が存在しているにもかかわらず、人材や設備投資を怠り、価格転嫁せずに安売りを続け、結果として従業員の給与が上昇しないといった日本企業が抱える課題について検証した。今回は、その特集記事や過去の「WEDGE infinity」の記事から、新しい資本主義によって格差や安売り志向の日本を変えられるのかを考えてみたい。

「成長を目指すことは、極めて重要であり、その実現に向けて全力で取り組みます。しかし、『分配なくして次の成長なし』」「成長の果実を、しっかりと分配することで、初めて、次の成長が実現します。大切なのは、『成長と分配の好循環』です」

岸田首相が所信表明演説で掲げた経済政策への考え方だ。経済成長や効率を優先する新自由主義からの転換を図り、格差是正に取り組むことがまた成長を生むとしている。こうして新首相が新たに提示した〝理念〟により、3日後に迫る10月31日投開票の衆議院選挙においても、経済政策が大きな争点となっている。

なぜ、日本で格差が起こり、「分配」が議論となっているのか。新潟県立大学国際経済学部の中島厚志教授は「割り負ける日本企業の経営力 超・保守的姿勢を改めよ」で、「日本企業の〝超保守的な経営姿勢〟を見逃すことができない」と強調している。

日本企業は支出が収入を下回る貯蓄超過の状態を続けており、稼ぎを設備や人材に回さなかった。これで生産性の向上やイノベーションの創出を生まれず、人材の活用や高度化にもつながっていない。企業は低収益となり、「人件費削減が生産性を支えるゼロサム的な縮こまり経営が持続している」と中島氏は指摘する。

日本は「豊かでない」国に

こうした企業の保守的な姿勢や人件費の削減が実際の経済活動の数字にも表れている。世界的に豊かさの指標とされている国際通貨基金(IMF)が推計した主要国・地域の一人当たり実質購買力平価国内総生産(GDP)の推移によると、1980年代まで他国より高い成長をしてきた日本が90年代から停滞し、韓国やイタリア、台湾よりも低いという先進国で最低水準をやっと維持している状態となっている(原田 泰「なぜ、日本は韓国よりも貧しくなったのか」)。

人件費の削減や国民が「豊かではない」と感じる状態は、日本経済の課題となっている物価にも顕著に表れている。

物価研究の第一人者である東京大学大学院経済学研究科の渡辺努教授は「先進国唯一の異常事態 『安値思考』から抜け出せない日本」のインタビューの中で、80年代の日本の物価は他国に比べて高かったものの、バブル崩壊と平成の長い不況により、国民の物価に対する目は厳しくなり、日本経済の回復を見せても物価が上がらなかった、と指摘する。

100円ショップをはじめとする安価な日用品や、ユニクロなどのファストファッション、牛丼やハンバーガーといった「ワンコイン」での食事を嗜好する国民の傾向は、金融緩和で数字的には好景気になっても変わっていない。「本来は物価も賃金も上がることが普通であるのに、賃金が上がらないという固定観念を持っている状態では物価上昇の話も拒んでしまう」と渡辺氏は説く。

経営者が賃金を上げたいと考えても、人件費の増加を価格に転嫁できないので躊躇し、賃金が上がらないと感じた消費者は、商品の価格が上がることに敏感になる――。こうした悪循環が今の日本の実態である。

求められる付加価値の創出

では、日本経済はこのままジリ貧になってしまうのか。

悲観論ばかりではないかもしれない。すでに高付加価値の商品を開発して販売している企業やそうした利益を従業員に還元している企業も存在している。

大分県臼杵市に本社を置くフンドーキン醤油は、280㍉リットルで1350円の醬油を販売する。多くのメーカーがステンレス製の樽で半年ほどで醬油を醸造するところ、同社はヒバ製の木樽の3年余りの歳月をかける。(磯山友幸「世界一の木樽醤油に込める『家訓』」)

「製品価格を安くすると売れるが売上高の額は増えず利益はむしろ減る。しっかり価格を守ろうとすると量が減り、売り上げも利益も減る。成熟マーケットでどう生きていくかという大きな課題に直面した」と同社の小手川強二社長は振り返る。

食の洋風化や外食・加工品・惣菜などの普及で、家庭での醬油の消費はシュリンクしていた。そうした中で、付加価値のある商品に舵を切った形だ。上記の商品は「好評につき完売」となっている。同社はそうした得た利益を従業員の給与へも還元できるよう意識もしている。

「高付加価値化と高価格化に成功している企業に共通するのは、作り手の理論を優先させるプロダクトアウトで製品開発を行っている点だ。その製品の価格帯を見て、そこから逆算した原価企画のものづくりは行わない」

早稲田大学ビジネススクールの長沢伸也教授は『Wedge』2020年3月号「泥沼化する価格競争から抜け出す『高くても売れる』ブランド戦略」で高付加価値戦略へのカギを「消費者に新たな価値を提供し、それに伝えて高価格を維持し、短期間で連続して革新をおこしていくことが重要」と説く。

これは、ものづくりだけでなく、サービス業をはじめとする他の業界でも言えることではないのだろうか。

確かな企業戦略、政治が示すべき方向性

プロダクトアウトの考え方は、日本の中小企業が抱える「下請け脱却」という課題を乗り越えるためのヒントにもなる。特殊ねじやプーリー(滑車)といった機械要素部品の製造販売会社「鍋屋バイテック」(岐阜県関市)は、世界の企業から受注される企業へと「変貌」している。(「付加価値の裏に〝戦略〟あり 『値決め』ができる企業に学べ」)

独自の市場調査による需要発掘や、自社製品の開発および製品カタログを販売。自らの技術がどのように求められているのか、何ができるのかを考え、その力を世界に宣伝していった。「多品種少量生産によって、大企業では利益がとれない細かなニーズに素早く対応することが当社の強みだ」と同社の岡本友二郎社長は語る。

日本企業の経営者は今こそ、自身の決断が国民生活、ひいては日本経済の再生にもつながることを自覚し、一歩前へ踏み出す時だ。それはまた、衆議院選挙後の政権運営でも同様のことが言えるだろう。

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