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ペットボトルの文化史 ~身近すぎて気づかない、イノベーションの結晶~

1971年から72年にかけて起きた連合赤軍事件・山岳ベース事件の悲劇は、2つのグループの合流時の言い争いから始まっている。互いに「総括(自己批判)せよ」とのやりとりがエスカレートし、リンチ事件へと発展する。きっかけは水筒。飲み水をめぐるものだった。

事件は、山岳ベースと呼ばれる山中の拠点で起きた。山登りに慣れていなかった革命左派たちが水筒を持参しなかったことを赤軍派が批判。革命左派は途中に湧き水や小川があるのだから必要ないと言い訳をしたが、この言い訳は苦しい。例えそうだとしても、水分補給は生命線だったはず。この流れで正しいのは、赤軍派である。だが正論でも、圧の強すぎる批判は回り回って命の奪い合いにまで発展してしまった。

だが、この時代にペットボトルがあれば、悲劇は避けられたかもしれない。

Getty Images

ペットボトルの誕生は「水を飲むことの再発明」?

ペットボトルは事件の翌年である1973年、アメリカ人ナサニエル・ワイエスが特許をアメリカで取得して誕生した。以後、ペプシコーラの容器に採用されるなどして世界的にも普及していく。日本では1977年にキッコーマンが醤油の容器として使用したのが最初だった。その後1982年に食品衛生法が改正され、清涼飲料水などで1.5リットルのペットボトル容器が使われるようになった。

ペットボトルの歴史の中でも大きかったのが、500ミリリットルのペットボトル「ミニボトル」の登場だ。今ではすっかりお馴染みの存在だが、日本でミニボトルが飲料に使用され始めたのは、ゲームボーイ向けに初代ポケモンが発売され、ヤフージャパンがサービスを開始した1996年。昔といえば昔かもしれない。

これを機に、誰もが水を持ち運べるようになった。かのApple創業者、スティーブ・ジョブズ風にいえば、ミニボトルの登場は「水を飲むことの再発明」だった。すでに市場にある水筒がペットボトルに置き換わったわけではなく、水を持ち運ぶことが発明されたのだ。もちろん、キャップを閉めればこぼれないというだけの話なのだが。(※1)

「エコ」に阻まれ、普及に手間取ったミニボトル

ところで、ミレニアル世代の前半までの読者なら、ミネラルウォーター・エビアンを持ち運ぶ専用の革ホルダー「エビアンホルダー」の流行を覚えているだろう。このボトルホルダーの流行が1993年のことだ。これはこれで発明だが、ファッションアイテムにしかなっておらず、普及することはなかった。ちなみに、この1993年時点で輸入の飲料水には500ミリリットルのボトルが使われていた。だが、そこから国内飲料メーカーに採用されるまでには3年の年月が必要だったのである。その理由は”自主規制”だ。

リサイクル可能でゴミにならない素材を利用した包装への取り組み「エコパッケージ」という考え方はこの当時すでに普及しつつあった。そして、飲料メーカーの自主規制も、こうした環境への配慮によるものだった。「持ち運びしやすい大きさのペットボトルで飲料を販売すると、ゴミが散乱するかもしれない」と考えたのだ。

こうして、ミニペットボトル普及の前段階でリサイクルについての準備を進める必要があると日本の飲料メーカーは判断。PETボトルリサイクル推進協議会の発足、識別マークなどの制度、法律づくり。それらが形になりつつあった1996年4月、全国清涼飲料工業会による自主規制がついに撤廃され、ミニボトルが商品として登場する。ちなみにペットボトルのリサイクル率は、”85パーセントの維持”の目標(2016年以降)として定められ、基本的にはそれが維持されている。これは世界的に見ても突出した成果である。

1997年のペットボトル入り飲料。写真:共同通信社

「お茶系飲料」とペットボトルの意外な関係

しかし、缶入りや瓶入りからペットボトルへ、大きな変化だったはずだ。だが、たいして記録もないし、自分の記憶もあやふやだ。想像にすぎないが、コンビニの飲料棚がまず変わり、徐々に自動販売機の中身も入れ替わっていく――静かな変化だったのかもしれない。たかが容器の変化。だが、マクルーハンのメディア論でも、中身より運ぶ容器が社会に影響を与えると指摘されている。「メディアはメッセージである」というあれである。この場合、ペットボトルが「社会を変えるメディア」に当てはまる。

現在、あらゆる飲料がペットボトルに充てんされ、店頭に並んでいるが、その代表がお茶系飲料だ。マクルーハンの論に照らせば、メーカーが工夫を凝らし、数多くの製品が発売されるお茶系飲料は、ペットボトルの普及で大きくシェアを伸ばしたと思われがちな存在だろう。だが、お茶系飲料の生産量が炭酸飲料と缶コーヒーを抜いたのは、ミニペットボトル登場の少し前の時代だった。

そもそも80年代までの清涼飲料水の市場では、砂糖入りの飲料(炭酸系飲料、微果汁のジュース、甘いコーヒー)が主流で、缶のお茶は、変色、香りの変質の問題があり、出遅れていた(サントリーが1984年に『ウーロン茶』を発売)。それが90年代に入って各社の開発が進み、一気に清涼飲料水のメイン商品にランクアップ。ペットボトルの登場が市場を一変させたという、単純な話ではなかったのだ。(※2)

では、ペットボトル登場当時を代表する商品は何だろうか。思い当たるのは、キリン「サプリ」(1997年~)である。『DENTSU広告景気年表 1945‐2003』1997年のページの「商品・新製品・サービス」の項目には「500mlペットボトル飲料」の文字があり、並びに「サプリ」とある。こちらは商品名ではなく、サプリメント全般を指しているのだろう。一方、『現代風俗史年表1945-2000』(河出書房新社)には、「『現代人』に不足しがちな栄養素を手軽に補給」する「サプリメント飲料」の項目があり、「キリン・サプリ」が「女子高生に人気」と触れられ、500mlボトルの規制が取れたことが記される。「サプリ」は発売当時、缶とペットボトル両方での発売だったが、1998年に吉川ひなのが出演したCMでは、缶がメインとして打ち出されていた。このような水+αという商品企画は、ニアウォーターが流行した90年代前半からの流れを引いたものでもあった。

かつてJTが販売していた、「桃の天然水」もペットボトル解禁と同時期(1996年)に発売された商品だ。当初は缶のみで、ペットボトルの発売は1997年だったが、CMキャラクターに先日結婚を発表した歌手の華原朋美を起用し1998年以降に大ヒット。ミニペットボトル黎明期、メーカーは”単なる水”でなく付加価値をつけた水を売ろうと苦心していたのかもしれない。

「桃の天然水」は華原朋美を起用し大ヒットに。写真:共同通信社

イノベーションの結晶となったペットボトル

ペットボトルは、誕生後の25年の間にも進化した。2009年に登場した「い・ろ・は・す」(日本コカ・コーラ)は、ベコベコとやわらかく、軽い素材が使われた。各社のボトルも、この頃からソフトな仕様になっていく。飲みにくいという人もいるだろうが、もちろん軽量化すれば輸送にかかるコストも軽減される。ペットボトルといえばリサイクルばかりに目が行くが、こうした細かな商品仕様の変更による効果は、見なくてはならない企業努力だ。

さらに各飲料メーカーは、凹凸をつけることで強度を上げるといった設計、それを実現する成形技術、充てん時の工夫を着々と進めていった。2010年代に入ってからは22%の軽量化(アサヒ飲料)、伊藤園の「おーいお茶」は従来比30パーセント軽量化(19g)を実現。2020年には、リサイクルペットボトルの透明度を高める技術を実現し、コカ・コーラ社は「い・ろ・は・す」の100%リサイクルペットボトル化を発表。また最近ではラベルレスのペットボトル飲料も登場しているが、そこにはレーザーでペットボトルに文字やバーコードを素早く描く技術が利用されている。

現在発売されているペットボトル飲料。すっかりおなじみの存在となった。

ペットボトルの登場、普及は、身近であるからこそ気づきにくい、イノベーションの連続に支えられたものだった。そうして生まれた結晶は、今もなお、進化し続けている。

※1:ちなみにフタを閉めて持ち運べる飲料としては、80年代にダルマ瓶と呼ばれたスクリューキャップのガラスボトル(300ミリ)が流行していたが、飲料ボトルの進化の波の中で消えていった。生き残らなかった理由は、リサイクルできなかったからといわれている。

※2:缶の時代からペットボトル時代への移行(生産量)は、2000年のこと。「容器別生産量の推移」社団法人全国清涼飲料工業会(https://www.env.go.jp/recycle/yoki/dd_2_council/mat110819_02.pdf

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