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「普通の女の子に戻りたい」から44年 キャンディーズ解散発表の地、日比谷野音に伊藤蘭が再び立った日

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伝説となった後楽園球場の解散コンサート

共同通信社

解散を宣言したキャンディーズはそれから、活動最後の日を1978年4月4日(火)、後楽園球場でのコンサート「ファイナル・カーニバル For Freedom」にすることを発表。その日に向かってお別れへのカウントダウンを始める。

すると、これまでチャート1位を獲得したことがなかったキャンディーズを「1位にしよう」という運動がファンの間で広がり始め、最終的にラストシングル『微笑がえし』がキャリア初のチャート1位を獲得する。この感動的なエンディングをけん引したのは、公式ファンクラブや、私設ファンクラブである全キャン連(全国キャンディーズ連盟)など大学生をメインとするファン達だった。

コンサートに駆け付け、支部やグループごとにハッピやハチマキを揃え、声援コールで喉を涸らし、紙テープを投げまくり、青春の時をキャンディーズに全張りしたのは当時二十歳前後の若者達。横ワケメガネにツッパリアニキ、硬軟幅広い若者達だ。

その時自分は小学6年生だった。年齢も経済力も行動力も軒並み低く、キャンディーズファンのヒエラルキーにおいては下層に位置していた。ゆえにキャンディーズのファイナルとなる後楽園球場に行きたい気持ちはヤマヤマなれど、それは叶わぬことだった。

まだ小6だった自分だけでなく、全国各地にはキャンディーズのファイナルコンサートに行けない様々なファンがいただろう。そんな「後楽園行けない組」に大きな救いの手を差し伸べてくれたのがラジオのニッポン放送だった。


ニッポン放送は1977年(昭和52年)10月1日から「オールナイトニッポンVIVAキャンディーズ」と題し、キャンディーズ解散までの日々をバックアップするキャンペーンをスタートさせた。

当時のANN1部(深夜1時~3時)のパーソナリティーは、月曜・くり万太郎、火曜・所ジョージ、水曜・タモリ、木曜・自切俳人(北山修)、金曜・つボイノリオ、土曜・笑福亭鶴光だった。キャンディーズはこのANN各曜日へのゲスト出演や電話出演でANN行脚を始める。

それまでラジオでのキャンディーズと言えばレギュラー番組を持っていた文化放送だった。あらためて調べてみると文化放送でキャンディーズは1975年10月から「ヤング・パートナー ブラボー!キャンディーズ」という番組を持っている。

そして1976年6月から「GO!GO!キャンディーズ」が始まり、解散直前の1978年4月2日放送までレギュラーを続けている。

そしてあの頃、文化放送にチューニングを合わせるとたびたび聴こえてきたのはキャンディーズの歌声によるステーション・ジングルだった――「♪キュッ キュッキュッ キューアール ランランラジオはキューアール 文化放送 文化放送 ジェイオーキューアール(JOQR)!」。(このジングルのメロディーは現在もなお、歌い手を替えながら使われ続けている。もはや文化放送の社歌だ。)

キャンディーズはTBSラジオで土曜夜に「ヤングタウンTOKYO」にもレギュラー出演していて全方位なスタンスでもあったが、「♪キュッ キュッキュッ キューアール」の歌声もあってラジオでのホームは文化放送というイメージだった。

しかし、いざ解散へ!というその日に向けて急に存在感を高めたのは、前述のとおりオールナイトニッポンでキャンペーンを始めたニッポン放送だった。

この、キャンディーズとオールナイトニッポンのコラボは、各ANNへのゲスト出演の様子を綴ったレポートとリスナー投稿をメインにした『ビバ・キャンディーズ』(ペップ出版 1978年4月4日発行)という単行本になっている。内容的には当時の深夜放送の王道でもあるシモネタに何かと寄りがちで、キャンディーズのお姉さん達を「キャーキャー」言わせる企画が多めだった。当時即購入。

ファイナルコンサートを直後の深夜1時からラジオ放送

で、このオールナイトニッポンによるキャンペーンが「後楽園行けない組」のキャンディーズファンにもたらした最上の至福は、1978年4月4日に後楽園球場で「ファイナル・カーニバル For Freedom」が行われた夜、すぐさま深夜1時からこのコンサートの模様をたっぷりと放送したことに尽きる。

この放送のおかげで現地に行けなかった全国のファンがラジオを通じて、キャンディーズ最後の一夜をいち早く体感することが叶ったのだ。

テレビではこのコンサートを撮影したTBSが、公演3日後の4月7日(金)に夜7時半から90分の特番「さよならキャンディーズ」を放送。しかも同番組を翌日夕方に再放送していた(新聞縮刷版テレビ欄で確認)。これもかじりつくようにして観たはずだが、今なお記憶があざやかなのはオールナイトニッポンの特番だ。

この放送のスタジオにはANNパーソナリティーから選抜された、近田春夫(火曜2部を担当)、所ジョージ、くり万太郎(ニッポン放送アナウンサー、現在はディレクターとして「笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ」を担当)の3人がいて、「さっきまで後楽園球場にいた」という興奮冷めやらぬ状態で進行。録音してきたばかりのライブ音源を次々に紹介していく特番となった。

そのライブ音源は楽曲だけでなく、現場にいた近田・所・くり万がステージを観ながらイントロや間奏で応援トークを次々に挟み込み、ANNリスナー向けのライブ実況として5万5千人の盛り上がりを現場から伝えた。

例えば、キャンディーズナンバーの中で最も紙テープが飛び交うというナンバー『哀愁のシンフォニー』の歌い終わりでは――、

<「キャンディーズ ファイナルカーニバル」実況中継 ~1978年4月4日放送「オールナイトニッポン」より~ >

くり万「すごいですね!」
近田「キャンディーズが歌った瞬間、全員テープ!」
所「いっせいにテープ!」
近田「なんかさ、ラーメンのドンブリそこに敷いて上からラーメンドバーッてかけたような!」

野次馬的な3人のトークが現場の雰囲気をリスナーに伝える。ステージの盛り上がりで針が振り切れるような大歓声に包まれると、3人が何を言っているか聴こえなくなったりもした。その臨場感がラジオの前の自分を「その場」に連れてってくれるようだった。

キャンディーズ応援で客席のあちこちからピーピーとホイッスルが鳴り響き、暴走系バイクでおなじみの「♪パラララパララララ」なヤンキーホーンまで聴こえてくる。客席はかなりアナーキーな状態で、高低音がバッサリ落とされ中音域に圧縮されたAMのモノラル音声が、このワイルドな雰囲気を伝えてくれた。

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