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「正社員を守るため非正規が犠牲になった」多くの日本人が貧困に転落した"本当の理由"

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日本では貧困層が増えている。どこに原因があるのか。今年7月、イノベーション研究の国際賞「シュンペーター賞」を受賞した早稲田大学商学学術院の清水洋教授は「『21世紀の資本』の著者トマ・ピケティは、富裕層への“富の集中”が格差を生む原因だと指摘した。しかし日本の事情は少し異なる」という――。

※本稿は、清水洋『野生化するイノベーション 日本経済「失われた20年」を超える』(新潮選書)の一部を再編集したものです。

給与比較のイラスト ※写真はイメージです - iStock.com/francescoch

ピケティが火をつけた格差論

2000年代に入り、所得格差の拡大が多く指摘されてきました。これまで格差の問題はイノベーションとはやや切り離して考えられてきたことが多かったのですが、最近では、格差の原因がイノベーションではないかと議論され始めています。

格差について、世界的に大きな関心を集めたきっかけは、パリ・スクール・オブ・エコノミックスのトマ・ピケティが著した『21世紀の資本』でしょう。ピケティは高額所得者の所得の分布の推移を分析し、1980年代以降、アメリカやイギリス、カナダ、オーストラリアなどで高所得者に所得が集中する割合が高まっていることを示しました。この傾向は国ごとに若干の違いはあるものの、ヨーロッパやアジアの国でも見られています。

この本が世界的に大ヒットした背景には、格差が広がっているという実感があったのではないでしょうか。また、格差の原因が「資本収益率>経済成長率」というとても分かりやすい1つの式で説明されているという明快さもありました。

格差の原因はイノベーションなのか

これに対して、格差の原因はイノベーションにあるのではないかという見方が、特にアメリカの大学で広がっています。多くの研究者が、仕事の二極化が起こっていることを指摘しています。つまり、高スキルの職と低スキルの職に就く人が増える一方で、中程度のスキルの職が少なくなってきているというのです。

実際、アメリカにおいては、中程度のスキルの職務がオフショアリングにより海外に移転されたり、ルーティン化されることにより、減ってきているのです。

マサチューセッツ工科大学のデイビッド・オーターらは、この二極化の原因が新しい技術にあると指摘しています。中程度のスキルの仕事が、新しい技術に代替されているのです。

また、同大学のアセモグルらの分析により、学歴による所得格差が拡大していることも分かっています。中学卒業や高校卒業、あるいは大学卒業の人の所得はほとんど伸びていない一方で、大学院卒の人の所得だけが着実に伸びているのです。

日本で進む「低所得層のさらなる低所得化」

ピケティらの分析では、日本も世界的な傾向と同じように富裕層への富の集中が緩やかに見られます。しかし、丁寧にデータを分析してみると、実際には日本は世界的な傾向とはやや違う動きをしていることが分かります。

この分析を進めているのが、一橋大学の経済研究所の森口千晶さんです。世界的にも高く評価されている経済史家です。森口さんの分析によれば、まず日本は戦前には高額所得者への所得の集中が極めて高い格差社会であったのに対して、戦後、その格差は小さくなり、そのまま安定していったことが分かっています。「一億総中流社会」の様相が強くなったのは戦後の話です。

さらに、ここからが重要です。多くの国で高額所得者への富の集中が起こっている一方で、日本ではその傾向はそれほど顕著ではないのです。特に、トップ0.1%の高額所得者への所得の集中度を見ると、アメリカなどでは1980年代以降に高まっているのに対して、日本ではそれは見られません。

日本のトップ0.1%の高額所得者への富の集中は戦後一貫して2%程度で推移しているのに対して、アメリカの場合は、日本と同じ2%程度であったものが、1980年代から上昇し、8%台にまでなっているのです。

しかし、1990年代以降、日本でも格差が広がっているという指摘がたびたびなされています。なぜでしょう。じつは日本では、ピケティが示したように高額所得者への富の集中が起こったのではなく、むしろ低所得層のさらなる低所得化が進行していったのです。この点が国際的に見ても特徴的であると森口さんは指摘しています。

なぜ日本で「低所得化」が進んだのか

なぜ日本では低所得化が進んだのでしょう。これにはいろいろな要因が複雑に絡んでいるので、慎重に考えていく必要があります。

たとえば、低所得化の査証としてよく取り上げられる数字は、1世帯あたりの所得です。戦後安定的に増加してきた1世帯あたりの平均所得は、1995年には659万円になりました。しかし、それが、2010年には538万円になっているのです。確かに、貧しくなっているように見えます。

給与明細
※写真はイメージです - iStock.com/laymul

しかし、世帯あたりの所得の減少は、単純に世帯数が増えていることを反映しているのかもしれません。親子3人が一緒に暮らす世帯を例に考えてみましょう。それまで学生だった子どもが就職しても、落ち着くまではしばらく一緒に暮らしていたとします。子どもの年収が300万円で、親の年収が700万円であったとすれば、この世帯の年収は1000万円になります。

ここで子どもが社会人生活が落ち着いてきたので、親元を離れて独立したらどうなるでしょうか。世帯の数は1から2に増えて、世帯の年収の平均は500万円に下がるのです。子どもと親の所得に変化がなかったとしても、世帯数が増加し、世帯における稼ぎ手の数が減ると、1世帯あたりの所得は減るのです。

子どもが親から独立して、自分の世帯を築くということは、社会が豊かであるからこそできることです。実際に、日本の世帯数は増加し、1世帯あたりの人数も減少しています。1世帯あたりの所得が減ってきているということだけを見て、日本は貧しくなってきているとは結論付けられないのです。これは、大阪大学の大竹文雄さんが分かりやすく指摘しています。

さらに、格差の広がりは、人口の高齢化とも無関係ではありません。一般的には、所得の差は歳をとるごとに増えていきます。大学を卒業したばかりでは、友人とはそれほど大きな所得の差はないでしょう。しかし、10年、20年、30年と時間が経過していく中で、その人の能力や働いている会社や産業の状況によって、徐々に差が大きくなってくるものです。人口構成が少子高齢化するにつれて、格差が開いてくるのは当然とも言えるのです。

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