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  • 2021年10月13日 14:26 (配信日時 10月12日 06:00)

米国の「TPP復帰」は可能なのか - 川瀬剛志 (上智大学法学部教授)

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 中国、台湾の相次ぐ加入申請で「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)」をめぐる情勢は混沌としてきた。現在CPTPP域内で最大の経済規模を誇り、また締結にリーダーシップを発揮したことから、日本には、今後「一つの中国」をめぐる中台対立を捌く、極めて重い政治的負担がのしかかる。

 中国の加入申請直後、9月22日のブリンケン米国務長官との会談でも、茂木敏充外相は米国のTPP復帰を促し、10月7日閉幕の日米財界人会議でも、両国経済界が米政府に復帰を働きかける共同声明を発表した。日本の政財界には、「米国がいてくれたら」という思いは、切実だろう。

William_Potter/gettyimages

 その頃米国内でも、TPP交渉官を務めたウェンディ・カトラー(アジア社会政策研究所)やジェフリー・ショット(ピーターソン国際経済研究所)といった、日本でもおなじみの「TPP推し」の識者が、米国政府に早期の復帰を促している。

 そうは言っても、この米国のTPP復帰は、単に2017年のトランプ大統領の暴挙をなかったことにすればいい、という簡単な話ではない。政治的にはもちろん、法的にも極めて複雑なパズルを解かないと、その実現は難しい。

米国が合意したTPPとCPTPPは異なる

 我々が「TPP」と言う時、そこには二つの異なる「TPP」がある。一つは現在11カ国で発効しているCPTPP、そしてもう一つが米国を含む12カ国が16年2月に署名したTPP(環太平洋パートナーシップ協定、区別のためTPP12と呼ぶ)である。

 後者は、13 年当時の国内総生産(GDP)で、12カ国合計の85%を占める署名国の批准がないと効力を発生しない。しかし、その60%超を占めていた米国がトランプ政権初日に離脱し、発効の見込みがなくなった。

 そこで日本のイニシアチブにより、残りの11カ国がTPP12の合意内容を実施したが、CPTPPというTPP12とは別の枠組み協定を締結し、そこにTPP12の条文を一定の変更を加えて組み込む変則的な手法を取った。協定の文言こそほとんどをTPP12から借りてきているが、法的にはCPTPPはTPP12と異なる全く別の協定ということになる。

 米国はTPP12の署名国としてこれを批准する資格を持つが、CPTPPは別協定なので、改めて新規加入交渉が必要となる。法的には英国や中台と同じ扱いだ。もちろんベースにTPP12での市場開放の約束があるので加入交渉は他国よりはスムースだろうが、CPTPP締約国が元々のTPP12における米国の関税引き下げやサービス自由化などについて、白地で上積みを求めることも可能になる。

TPP12での米国の要求をどう飲むのか

 特に、CPTPPでは、米国の強い要求でTPP12に挿入した知的財産権保護や投資保護を中心とした30カ条の適用を、部分的・全面的に停止している。これらには最後まで交渉が難航した生物製剤の治験データ保護や、「ミッキーマウスの著作権切れを防ぐため」とも揶揄される著作権保護期間の延長も含まれる。

 また、米国はTPP12締結時に、自動車、労働、農産物貿易などについて、個別の交渉国と二国間のみで適用される権利義務の約束を定めた交換公文(サイドレター)を多数交わしたが、これらもCPTPPには当然引き継がれていない。もし米国がこれら凍結中の条文の復活やサイドレターの再交換を求めれば、CPTPPでは新規の約束とみなされ、米国は現締約国から代償として追加的な譲歩を迫られることになろう。

 他方、TPP12は未発効だが、署名済みの条約として依然存在している。では米国はTPP12に戻ればいいのではないか、ということになるが、こちらは日本とニュージーランドしか批准しておらず、米国が戻っても、上記のGDP85%要件はまだ充足できない。加えて、発効には12カ国のうち6カ国の批准も必要だ。

 そうなると、問題は他の9つの署名国が、CPTPPが発効しているにもかかわらず、TPP12では依然として有効な約束の一部になっている凍結中の30カ条や米国とのサイドレターを受け入れ、TPP12に戻るインセンティブがあるか否かである。また、仮に他の締約国がTPP12に戻るにせよ、日本とニュージーランド以外は改めてTPP12の批准が必要になり、発効までに相応の時間を要する。

複雑化する締約国間の関係

 仮に米国の復帰でTPP12が発効したとして、今度はCPTPPとの関係が問題になる。現在のCPTPPは、TPP12の効力発生後の両協定の関係を明確にしていない。

 もちろん全CPTPP締約国がTPP12を批准し、CPTPPが終了するのが最も望ましいが、米国が以前合意したTPP12の条件のまま戻るとしても、上記のように凍結中の条文やサイドレターによって義務の水準が上がるため、TPP12復帰に難色を示す国もあるだろう。もしCPTPPが終了できなければ、TPP12と併存するしかない。

 では、そうしたTPP12には戻らないCPTPP締約国と、CPTPP未加入のTPP12締約国(つまり米国)の関係はどうなるか。この場合、TPP12とCPTPPは実質的に同内容であるにもかかわらず、TPP12に復帰した米国と、TPP12に復帰しないCPTPP締約国の間では、どちらのルールの適用もない。もし両者間に自由貿易協定(FTA)があればそのFTA、それがなければ世界貿易機関(WTO)協定が適用される。

 例えば、メキシコがTPP12に戻らないとすれば、米国とは米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)が適用される。一方、米国がTPP12に復帰し、逆にTPP12不参加の英国がCPTPPに加入すると、FTAがない両国間では、WTO協定が適用される。

再交渉も求めている米国

 米国はただTPPへ復帰する(上記のように、CPTPPに新規加入、TPP12を批准、の2つの方法があるが、以下まとめて「TPP復帰」とする)だけでなく、バイデン政権は、復帰には再交渉が必要である、と述べている。

 昨年の大統領選の際の民主党政策綱領では、今後の通商協定においては、特にUSMCAの条文に基づき、労働、環境、人権に関する実施可能なルールを策定する、と公約している。これを踏まえて、米国通商代表部(USTR)のタイ代表は、特に現行CPTPPの環境章、労働章の再交渉が必要であると公言している。

 しかしながら、こうしたルール強化が果たしてCPTPP締約国に受け入れられるかどうかは不透明だ。例えば、USMCAの労働章では、CPTPPのルールから顕著な上積みがあった。

 両方とも国際労働機関(ILO)1998年宣言の原則に従って、団結権の保障、児童労働・強制労働や雇用差別の廃絶を求める点では同じだが、USMCAの方が他の締約国の協定違反を立証しやすい規定になっている。また、USMCAでは、企業単位での労働者権利侵害の是正を他の締約国に求めるための特別な紛争解決手続が設けられている。

 特にTPP12では、米国はブルネイ、マレーシア、ベトナムと、労働章とは別に、労働法制改革、児童労働・強制労働・人身売買の規制強化などについて、二国間のサイドレターを交わしている。

 米国のTPP復帰によってこれらのサイドレターによる約束が復活した上に、更にこうしたUSMCA並みのより厳しい労働規律をこれらの国々に引き受けさせることは、難航するだろう。また、米国側もこれらの規律強化を受け入れさせる代わりに、何らかの代償を提示しなければ、協定改正のコンセンサスに至らないだろう。

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