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金融所得課税で経済成長?――アベノミクスと「キシダノミクス」のあいだ - 中里透 / マクロ経済学・財政運営

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3.キシダノミクスと菅(直人)総理の「第三の道」

「小泉内閣以降の新自由主義的政策は、我が国の経済に成長をもたらす一方で、持てる者と持たざる者の格差が広がりました。成長だけでは人は幸せになれません。成長の果実が適切に分配されることが大事です」

一見するとこれはかつての民主党のマニフェストに掲載されていた文章のように思われるが、これは岸田総理(当時は自民党総裁選の立候補者)の公式の動画に説明文として掲載されているものだ。岸田内閣への移行を疑似政権交代ととらえるなら、かつての民主党政権の政策がどのような経過をたどったかを振り返っておくことも、キシダノミクスの今後を見通すうえで有益だろう。

「成長⇒分配」か「分配⇒成長」か

「成長か分配か」という問いの立て方があるように、「成長」と「分配」はしばしば対立するものとして語られるが、「成長と分配の好循環」の枠組みにおいては、両者は対立するものというより「いずれを起点に経済成長を考えるか」という方法論の違いととらえられる。この点については内閣府の説明資料(安倍内閣の時に策定された「ニッポン一億総活躍プラン」(2016年6月2日閣議決定)に掲載されている図表)をもとに考えるとわかりやすい(図表1)。

図表1 成長と分配の好循環モデル

(資料出所)内閣府資料(平成28年第6回経済財政諮問会議提出資料)より引用

一方、「分配」を起点にこのモデルをとらえる場合には、増税などで財源を確保し社会保障の充実や雇用環境の改善を図ることで雇用の改善と賃金の上昇が実現し、その結果として生じる家計所得の増加によって消費が喚起され、需要の増加を通じて経済が拡大していくということになる。

これは同じモデルのどこを出発点として「好循環」のメカニズムを描くかという違いであるが、「成長」を起点とするモデルでは「好循環」をもたらす原動力として供給側の要因(生産性の向上)が重視されるのに対し、「分配」を起点とするモデルでは需要側の要因(雇用環境の改善を通じた消費支出の拡大)が強調されるというところに特徴がある。後者を採用すると、社会保障の充実や雇用環境の改善など個人や家計を直接的に支援する取り組みを起点として好循環が実現するというストーリーになるから、「リベラル」な政治的立場からは後者のモデルが好まれるようだ。

菅総理の「第三の道」と「増税で経済成長」

「分配」を起点に経済の好循環を促すという提案については、実はすでに先例がある。それは菅(直人)総理(当時)が提唱した「第三の道」だ。

菅総理は公共事業によって需要を喚起する政策を「第一の道」、規制緩和と構造改革で経済の効率化を実現し、生産性の向上を通じて経済成長を促す政策を「第二の道」、増税で確保した財源を医療、介護、環境などの分野に対する政府支出に充て、これらの分野における雇用と所得の増加を通じて経済成長を実現する政策を「第三の道」と位置付けたうえで、自民党がたどった「第一の道」(公共事業で経済成長)、「第二の道」(構造改革で経済成長)に代えて、これからは「第三の道」(増税で経済成長)を歩むべきとの提案を行った。

菅総理の「第三の道」が、分配を起点に経済の好循環を実現するという岸田総理の提案と同じトーンのものであることは、さきほどの図表1を参照すれば容易に理解されよう。

ここから示唆されるのは、分配を起点に経済の好循環を実現するというスタンスをとる場合には、そのための財源をどのように確保するのかという問題を避けて通ることができないということだ。民主党政権の場合には菅総理の提案をきっかけに消費税の増税をめぐる議論がスタートしたが、政権交代前の衆院選(2009年7月)において民主党が「政権担当期間の4年間は消費税を引き上げない」としたこととの整合性を問われ、直後に実施された参院選(2010年7月)では連立与党(民主党と国民新党)が過半数割れをきたすという結果となった。

金融所得課税で経済成長?

現時点において岸田総理からは財源確保の方策についての具体的な方針は示されていないが、消費税については10年程度引き上げないということが総裁選の過程で明示されているから、そうなると財源は消費税以外の税の増税によって確保することが必要になる(ただし、当面は国債の増発によって財源の確保がなされるものと見込まれる)。

分配を通じて格差の是正を図るという岸田総理のスタンスを踏まえると、財源確保にあたっては所得税の増税がその有力な候補ということになるだろう。この点に関して岸田総理からは「1億円の壁」(所得と対比した場合の所得税の実質的な負担(所得税負担率)が年収(課税所得金額)1億円を境に低下するという問題)についての言及もなされ、金融所得課税の強化が分配政策を実施するうえでの有力な選択肢のひとつであるとの認識が示されている。

ここで金融所得課税について最近時点の状況についてみると、2019年分の所得税収(19.1兆円)のうち配当税収が4.9兆円、株式譲渡税収が0.7兆円となっている。金融所得課税の大半を占める配当税収については、源泉徴収あるいは申告分離を選択した場合の税率が20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%・住民税5%)となっているから、一律に税率を引き上げ30%とすれば、おおむね2兆円程度の税収が確保できることになる(税率を引き上げた場合に分離課税よりも負担が重くなる投資家の中で、総合課税へ移行する投資家が増えることにも留意)。もっとも、この場合には中間層を含む広範な所得層において税負担の増加が生じてしまう可能性がある。

「1億円の壁」に着目して富裕層のみに税負担を求めることにすればこの問題は回避できるが、その場合には増税による税収の増加分は数千億円というオーダーになり、「分配」のための施策を充実させるための原資(財源)はかなり限られたものとなるだろう。「新自由主義的な政策からの転換」を謳う岸田総理が、米国の民主党左派に倣って富裕層により高い税率(たとえば所得税・住民税を合わせた最高税率の55%)で配当所得への税負担を求めることにすれば、確保できる財源を増やすことはできるが、このような対応は株式市場に大きな影響をもたらすことになる。

金融所得課税の強化についてはすでに多くの関心が寄せられており、最近の株価が軟調であることについて「岸田ショック」との評価もみられるが、来るべき衆院選(10月19日公示、31日投開票)では金融所得課税のあり方も含め、分配強化に向けた財源確保のための増税を、いつ、どのような形で実施するのかについて具体的な説明を求められることとなるだろう。

ここまで、この10年ほど(国民所得倍増計画を含めると60年ほど)の経済財政運営の経過をたどりながら、岸田内閣の経済政策の大枠について論定整理を行ってきた。「小泉改革以降の新自由主義政策の転換」がどのようなものとなり、「新しい日本型資本主義」がどのような形で実現していくことになるのか、議論の経過を引き続き関心をもってながめていくこととしたい。


中里透(なかざと・とおる)
マクロ経済学・財政運営

1965年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学経済学部助手を経て、現在、上智大学経済学部准教授、一橋大学国際・公共政策大学院客員准教授。専門はマクロ経済学・財政運営。最近は消費増税後の消費動向などについて分析を行っている。最近の論文に「デフレ脱却と財政健全化」(原田泰・齊藤誠編『徹底分析 アベノミクス』所収)、「出生率の決定要因 都道府県別データによる分析」(『日本経済研究』第75号、日本経済研究センター)など。

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