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読書日記「「ジョブ型雇用社会とは何か-正社員体制の矛盾と転機」濱口桂一郎著(岩波新書)

「ジョブ型雇用社会とは何か-正社員体制の矛盾と転機」
濱口桂一郎著(岩波新書・2021年9月発行))

 濱口桂一郎氏ことハマチャンが2009年7月発行の「新しい労働社会-雇用システムの再構築へ」(以下、「前著」と言う。)の続刊です(以下、「新著」と言う。)。新著の狙いは、2020年に経団連が「ジョブ型」を打ち出し、マスコミ(特に日経)がジョブ型への転換を煽るようになったが、その「ジョブ型」の理解は、著者の打ち出したものとは似ても似つかぬ、大間違いなので、その誤りを正すことを目的としているとのことです。

 メンバーシップ型雇用は、ジョブ型と違って、雇用契約それ自体に具体的な職務が定められておらず、いわばそのつど職務が書き込まれるべき空白の石版です。そこでは労働者と職務の結びつけ方(ジョブ型は先ずは職務があって、それと人を結びつける)、賃金の決め方(ジョブ型は職務によって決める)、労政関係の労働組合の在り方(ジョブ型では職種別賃金を職種別あるいは産業別労組が団体交渉と労働協約で決める)が異なります。

 メンバーシップ型では、企業は、職務のポストの空きではなく、先ずは人を見て「正社員として相応しいやる気のある人」を採用する。また、賃金については、職務(ジョブ)ではなく、「人」を見て属人的に決める。企業別に総額人件費の増分を企業別労組で交渉している。

 そして、著者は、このメンバーシップ型とジョブ型という概念を分析道具として仕様するもので、どちらが良いかという政策的価値判断の概念としては用いていない。前著でも、なにも日本のメンバシップ型をジョブ型に直ちに変更すべきと推奨しているものではないと、私は受け止めています。

 前著でも、現代の日本型雇用がメンバーシップ型となっているのは、それなりの理由や社会背景があるが、そのメンバーシップ型から生じる問題点が顕著になっていることから、それを現実的な方法で改革すべきというものであったと私は読みました。

 その典型が非正規労働者の格差是正についての論述にあらわれています。

 「直ちに職務給を変えるなどということは少なくとも短期的には事実上不可能です。短期的に事実上不可能なことが前提条件として均等待遇や均衡処遇を語ることは、結果的には当面均等待遇や均衡処遇を実施しないことの言い訳になってしまいます。」「期間比例原則のような現行の賃金制度を前提した改革の道を探ったのは、賃金制度の変更を前提としない短期であっても実施可能な政策を提起すべきだと考えたのです。」(前著105頁)

 さて、前著発行後、2016年に安倍内閣の「働き方改革」のもとで、「同一労働同一賃金の実現」が打ち出されて、2018年にはパート・有期雇用法の改正されて、同一労働同一賃金ガイドライン(短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針)が発出されて、「日本版同一労働同一賃金」が法制化されました。

 これに対して、新著では、ジョブ型雇用の下での「同一労働同一賃金」がメンバーシップ型雇用の下に「導入」されたとすることは虚構であるとして批判(あるいは揶揄?)されている(と思う。)。

 いわゆるガイドラインの中で、正社員と非正規社員が同一の賃金制度をとる場合を前提として本文(本則)にて論じられているが、日本の場合には、正社員は職能給、非正規社員が職務給と賃金制度が異なる場合が通常なのに、それを本文で触れずに「注」でしか触れていない。その注の内容も、「将来の役割期待が異なる……という主観的・抽象的説明では足りず」という程度しか書かれていない。結局、同一労働同一賃金の名に値いしないものになっていると批判されている。

 この点は、まったくそのとおりであり、パート・有期雇用法8条を同一労働同一賃金の原則とすることは、法解釈上も多くの誤解を招くことになり、同一労働同一賃金の原則を使用すべきではないと私も思います。しかし、均等・均衡処遇の原則を、新たに政策課題として新たな立法化まで浮上させた、この10年の動きを無意味と清算することはできないのではないでしょうか。この法律を活用して、非正規労働者や労働運動がどこまで改善を獲得できるのか、労働運動にこそ期待をかけるべきだと思います。

 時に歯切れのよいハマチャン節は面白いのですが、あれっと思うこともしばしばです。例えば、高度プロフェッショナル制度について、長時間労働の抑制それ自体よりも、残業代ゼロ法案とネーミングして、時間外手当問題にのみ注目している旨の批判(新著193頁)とか、「労働組合は資本家の圧政に耐えかねた貧窮のプロレタリアートが結成したというのは九割方ウソです。」(新著263頁・中世ギルドの伝統をひく熟練職人が結成した)とか、労働側から見ると「?」と感じます。このような決めつけ部分が気になります。ちょっと極論ではないかと感じます。

 また、具体的な制度である解雇の金銭解決救済制度などについても労働側との見解の違いは大きいところがあり、個々の制度論は意見を異にするところが多々あります。

 でも、この新著で、例えば経営側は、職務給への変更を断念した後、生活給を職能給と再構成して、潜在的な職務遂行能力で説明するようにしたが、この職務遂行能力の実態は要するに正社員としての「やる気」(だから、人事評価が情意評価となる)と喝破しているような箇所がたくさん出てきて大いに勉強になります。

 著者は日本型正社員のメンバーシップ型の問題点を指摘しながらも、改革の方向を「白地に絵を描く」ようなわけにはいかないことを踏まえた上で、政策的な提言を考える姿勢には共感を持ちます。

 私は、日本型正社員のメンバーシップ型雇用をいきなりジョブ型に変更することは不可能であることは明白なのですから、無限定な職務や長時間労働、女性正社員や非正規労働者の格差問題については、メンバーシップ型を(ジョブ型雇用も参考にしながら)修正することで改善していくべきだと思います。

 長時間労働や配転が無限定なのは「日本はメンバーシップ型だから仕方がない」という現状維持の正当化論拠に「メンバーシップ型」が使われないことを切に望みます。

 新著を読んで、あらためて前著を読み直してみると、新しい労働社会への改善に向けてより深く広い提言が書かれていたのだと思いました。

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