- 2021年09月21日 15:04
前例のない少子高齢化時代には新しい家族像が求められる- 「賢人論。」第147回(後編)永松茂久氏
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取材・文/みんなの介護
母の言葉は「人生の羅針盤」
みんなの介護 永松さんにとってのお母様の存在とはどのようなものでしょうか?
永松 今はもう亡くなりましたが、哲学的なことや人生の教訓のようなことをよく口にする母親でした。昔は、一つひとつの母の言葉をそこまで深く考えていませんでしたが、今振り返ったら、その言葉が私自身の羅針盤になっていると思います。一番大きかったのは「喜ばれる人になりなさい」ということと、「『おかげさま』を忘れない」ということでした。
母から学んだその2つのことをミックスして書いたのが、『喜ばれる人になりなさい』の本です。私は、「今、母が生きていたら何て言うかな」ということを常々考えます。それも、「忙しいから今は考えなくていいや」と横道に外れると、結局はうまくいかなくなってしまいます。
みんなの介護 素敵なお母様だったのですね。親に対して許せないという思いを持っている人へは、どのようにアドバイスをされますか?
永松 親が許せない人は多いと思います。しかし、「その傷は、いつついたの?」と話を聞くと、多くの人が年を取ってからではなくて、幼少期についた傷であるケースが多いです。
私も、8歳ぐらいに親にされたことで嫌な思い出があります。しかし、よく考えると私が8歳のときは、母は32歳です。
今、私が32歳という年の人を見たら、「若いのに頑張ってるな」と思うわけです。実際、自分の親が許せないという人は、その頃の親の年齢を越えて言っている人が多いです。しかし、そのことに気づいていない人がほとんどですね。
そのような人に、「今30代前半の人が、一生懸命子どものために頑張っているのを見たらどう思う?」と聞くと、「『頑張れ』と思います」と答えるんです。そして、「それが昔のお母さんの姿じゃないの?」と言います。年齢的なことを例に出して話すと、ハッとする人が多いです。
また、親を恨んでいる人はすごく多いですが、俯瞰して見たときに、完璧を求める子どもの方が無理な要求をしていると思えます。
絵に描いたような理想的な父親・母親が実際にいるかどうかはクエスチョンです。そして「あなたは、子どもに対して理想的な親になれているの?」と問われたら、「どうかな?」と思います。自分はできないけど親を恨んでいるというのは、ロジックがめちゃくちゃです。
もちろん、された側の人からすると、許しがたい感情があるのはわかります。「それはきつかったよね」と思います。しかし、逆の側面を見ると、親から嫌なことをされて苦しんできた人は、とても優しい人が多いと思うのです。自分がこうされて嫌だったから人にはしないという配慮ができる人がたくさんいます。
「そのような経験をされたからこそ、優しい人になれたんですね」と、ご自分が気づいていない側面を伝えると、「ああ、そうかもしれません」と言われることがあります。もちろん、それがストンと落ちるには時間もかかりますけど。
時間が経ってから出会うと、絆を結び直せることがある
みんなの介護 そうですね。永松さんは、『喜ばれる人になりなさい』の本を書くことで、「読者の方にお母さんの存在の大切さを再認識していただくこと」、「世の中のお母さんの自己肯定感を上げること」ができたら、と書かれていました。これはどのような問題意識からなのでしょうか?
永松 いろいろな家庭があるので、親を恨んでいる方もいるかもしれないし、連絡を取ってない方もいるかもしれません。しかし、「そのまま終わったら後悔するのではないか」という思いがあります。
中には、「死んでくれてせいせいした」と思う人もいるかもしれませんが、そんな人は少ないと思います。逆に、ずっと親を嫌だと思ってきた人というのは、長い間、親との距離があいていることがあります。
こじれてしまった人とも時間が経ってもう一度連絡を取ってみることで、人間関係は意外とうまくいくことが多いです。そして、人間は成長するので、10年前は大嫌いだった人もその頃からは変わっている場合がほとんどです。
ですので、そのような「絆の結び直しのきっかけになったら良いな」と思って、『喜ばれる人になりなさい』の本を書きました。
また、「親に『ありがとう』を言うのであれば、生きているうちが良いよ」という思いも込めました。「ありがとう」を言わなくても良いけど、「お母さん元気?」と言って、連絡してみるというのでも良いと思うのです。
これは意外とやってくださっている方が多いです。実はこの前、ある芸能人の方にカウンセリングでお会いしました。「『喜ばれる人になりなさい』の本がきっかけになって親に電話しました」と最初に感謝の言葉を伝えてくださったのです。そんな話を聞くと、「ご両親が生きているというのは羨ましいな」と思います。



