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自民党憲法改正案(2)

第二に、「公共の福祉」が「公益及び公の秩序」になっているとかいう話でもない。この点について、「公共の福祉」とは人権同士が衝突する場合には法令により相互に調整するという趣旨だが(いわゆる内在的制約)、「公益及び公の秩序」は国家や政権政党が設定した利益・秩序を意味するからけしからんとか怒っている人もいるようだが、本来の意味におけるアナクロニズムであって端的に誤り

以前に書いたこともあるが、要するに「公共の福祉」といっても何を意味しているのかはよくわからなかったのであって、日本国憲法制定後しばらくは論争があった。それこそ芦部信喜『憲法』(高橋和之補訂・第4版・2007)96頁以下に説明されているが、当初の通説は(国民それぞれの利益の総和とは異なる)国家独自の利益としての「公益」とか「公共の安寧秩序」という・人権の外にある一般的原理だと捉える一元的外在的制約説(美濃部達吉)であり、経済的自由権・社会権については外在的制約が認められるがその他の自由権については権利に内在する制約のみが有効であるとする二元的制約説(法学協会)がそれに対抗していた。これに対して内在的制約としての「公共の福祉」理解(人権を制約し得る根拠は他の人権のみである)に一元化する立場は1955年に宮沢俊義が唱えたもので、つまり憲法条文から自明にそう理解されるものではなかったのである。

さらに言えばこの理解が絶対のものになったわけでもなく、判例等ではどのような人権であれ制約した場合に得られる利益との比較で判断すべきだとする比較衡量論が採用されていくし、学界では「二重の基準」論(精神的自由権については「明白かつ現在の危険」、経済的自由権については「合理性」の基準を採用)が支配的になっている。要するに、現在の「公共の福祉」理解は当初から・書かれた通りにそうだったというものではなく、我々が実践を通じて作り上げたものなのだ。

だからそれを「公益及び公の秩序」と書き換えようが、結局それがどのような裁判基準になるかということはその後の裁判実践において示されるよりほかなく、逆に言えばあくまでそれに委ねられている。我々自身が何を良しとするかという信念が変わらなければこんな文言を書き換えても何も変わらないだろうし、信念が変われば文言を変えなくても実体は変わってしまう。疑うものは自衛隊を見よ。

もちろん書き換えようと提案する側としてはそれによって我々の信念が変わることを期待しているのであろうし、その狙いが(少なくとも)個々人の利益より社会全体におけるその総和を重視しようという点にあることは事実だろうとは思うので、それが気に入らなければ反対すればよかろう(自民党によるQ&Aでも、「憲法によって保障される基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合に限られるものではないことを明らかにした」と主張。ただし「「反国家的な行動を取り締まる」ことを意図したものではありません」ともしている)。再度言えば私自身の趣味でもない。しかしこのような間接的影響ではなく、とにかく文言を変えたら事実が変わるのだと主張している点においてこの種の批判をしている人は当の批判対象とあまり違わない思考形態(というか憲法フェティシズムというか)を持っていることになろうし、別の言い方をすれば一定の文言の制約範囲内において現在のような理解を形成してきた先人の努力とか苦労を侮辱しとるよなとも思うわけである。

* * *

なお、改憲案21条において結社の自由についても「公益及び公の秩序」による制約を試みていることとあわせて、そうなれば国家・政権政党の意に反する一切の活動・表現が禁止されることになるとか主張し、「一体これはどこの北朝鮮の憲法なのだ」とか息巻いている人もいるようだが、やはり『新解説世界憲法集』によれば政党・結社の自由に対しては少なくともイタリア・ドイツ・韓国が制約を加えており、いまさら日本がそこに加わっても(その人の主張によれば)先進国内に北朝鮮がもう一つ増える程度のことだから大きな影響もなかろうと思われる。帰るべき朝鮮ができて大江健三郎は喜ぶかもしらんな

冗談はさておき、このうち韓国が政党の目的・活動に制約を加えているのは端的に戦時下だからねという話なのでさておくとしても、ほか二国の名前を見ればわかるとおりこれは「戦う民主政」の文脈で、民主政自体を否定するような政治勢力が民主政の保障する寛容を悪用することを許さないという理念の現れである。つまり戦前の歴史の教訓を踏まえるならばむしろなぜ我々がそれに相当する制約を持っていないかを問題にすべきだし、そういう制約によってむしろ北朝鮮化を防ごうということなんだけどねと、そういう話なのであるな、これ。

あ〜ちなみにドイツ憲法(正確にはドイツ連邦共和国基本法だが略するとして)は人権が不可侵であることを第1条において高々と宣言しているが、表現の自由も結社の自由も所有権も「自由で民主的な基本秩序に敵対するために」それらを濫用するものからは剥奪されることになっている(18条)。例として挙げたような批判を書いている人というのはよほどドイツを敵に回したいのかと、そう思ったことであった。

大韓民国憲法 第8条(政党) 第2項 政党は、その目的、組織および活動が民主的でなければならず、国民の政治的意思形成に参与するのに必要な組織を備えなければならない。
同第4項 政党の目的または活動が民主的基本秩序に反するときには、政府は憲法裁判所にその解散を提訴することができる。政党は、憲法裁判所の審判により、これを解散する。
イタリア共和国憲法 第18条(結社の権利、秘密結社・政治目的を追求する軍事的結社の禁止) 第2項 秘密結社、および軍事的性格の組織により直接または間接に政治目的を追求する結社は、禁止される。
ドイツ連邦共和国基本法 第1条(人間の尊厳、人権、基本権の拘束力) 第2項 (前略)ドイツ国民は、世界のすべての人間共同体、平和および正義の基礎として、不可侵にして譲り渡すことのできない人権を信奉する。
同 第18条(基本権の喪失) 意見表明の自由、特に出版の自由、教授の自由、集会の自由、結社の自由、信書、郵便および電信電話の秘密、所有権または庇護権を、自由で民主的な基本秩序に敵対するために濫用するものは、これらの基本権を喪失する。それらの喪失とその程度については、連邦憲法裁判所によって言い渡される。《条文参照削除》
同第9条(結社の自由) 第2項 団体のうちで、その目的もしくはその活動が刑事法律に違反するもの、または憲法的秩序もしくは諸国民のあいだの協調の思想に反するものは、禁止する。

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