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  • 2021年09月18日 10:45 (配信日時 09月18日 06:00)

先進国唯一の異常事態 「安値思考」から抜け出せない日本 - 渡辺 努 (東京大学大学院経済学研究科教授)

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 われわれの身の回りの商品の多くは、大きく値上がりすることがない。低価格で多様な商品が販売され、消費者は良いものをいかに安く買うかを考えがちだ。だがこうした日本人の消費の傾向は先進国では異例だという。その課題について、物価研究の第一人者に聞いた。

編集部(以下、──)日本は先進国の中でも特に物価が安いといわれる。なぜ日本はそのような状況になったのか。

渡辺 過去30年以上にわたって消費者が「物価は上がらない」という観念に縛られているため、企業が値上げに踏み出せないのが理由だろう。かつて1980年代の日本の物価は他国に比べ高く、海外旅行に行けばそれが実感できた。当時はプラザ合意などの影響もあって円高基調だったが、国内物価は下がらなかった。

ところがバブルが崩壊し、平成の長い不況に入る。この間、日本の物価は安くなり消費者の物価に対する目は厳しくなっていった。2008年の金融危機後、日本は経済面で回復を見せたものの、物価は上がらなかった。日銀や政府もこの状況を放置した。2000年代初めに政府・日銀がデフレ回避の姿勢を明確に打ち出せていれば、ここまで消費者がかたくなにはならなかっただろう。

12年からのアベノミクスでは、金融緩和で円安を引き起こし、物価上昇が企図された。だが結局、起きたのは円安までだった。特に輸入品を用いて商品を製造する会社は、円安の影響で原材料費の高騰分を価格に転嫁することを何度も考えたが、値上げによって消費者が逃げていくことを恐れ、踏み込めなかった。政府の想像以上に、消費者が値上げに対して敏感になっていた。それが現在まで続いている。

内外価格差(日本CPI「外食」/米国CPI「外食」)
(出所)筆者作成 写真を拡大

──人々の賃金が安いことも影響しているのか。

渡辺 原材料価格が上昇しても企業が価格に転嫁できない状況だが、これは人件費でも同じことが起きている。経営者が従業員に報いたい、あるいは新たな人材を高い報酬でリクルートしたいと考えても、人件費の増加を自社製品の価格に転嫁できないので、結局賃上げを躊躇してしまう。

賃上げができず価格も上げられないとなると、原材料価格の高騰などは、結局製品を作るための工程に関わる人々の人件費に皺寄せがくる。「誰かが犠牲になる」ことで今の価格も賃金も維持されている状態だ。消費増税などを除けば、日本の物価水準は1995年から現在まで、ほぼ一定となっている。特に外食や、理美容などが典型例であり、そこで働く人たちの給与水準も上がっていない。こうした状況を変えていく必要がある。

80年代までは価格や賃金が毎年上がるという日本経済の健全な常識があった。人々は物価が上がることに対しては納得していた。同時に自分の賃金も上がるからだ。同様に企業も価格を上げても消費者に受け入れられるから、賃金を上げることができた。 

──商品の値段を上げられない企業は、商品製造においてどうコストを吸収しているか。

渡辺 特徴的なのが商品の小型化だ。価格は変えずに、お菓子の袋を以前に比べて小さくしたり、弁当の容器の底を上げたりして容量を少なくしている。

これは2008年ごろに初めて見られた。当時小麦の輸入価格が上昇し、パスタメーカーが容量を小さくして価格は据え置いた。いったんこの傾向は減ったように見えたが、13年ごろから円安の影響で、また増加した。今までと同じ価格を払っているのに小さくなることで食べがいがなくなる。その意味では消費者も被害者といえる。

──人々が低価格のものに価値を見出す例として100円ショップが典型だ。エコシステムにどのような問題があるのか。

渡辺 どの商品も100円で買え、その種類の多様さについては企業努力をしているとはいえる。だが、安値の分をどこかに押し付けている。何か製品を作る際、日本国内で製造が完結することは少ないだろう。一部を海外から輸入している。その輸入コストが上がれば原価は上昇するが、価格は100円と決まっているので、人件費などで吸収するしかない。適切な価格付けができているとはいえない。いま100円ショップは300円や1000円などの商品もあるようだが、価格ありきで商品を開発しているならば、かなり不健全な状況といえる。

経済学の観点でいえば、「フェアプライシング」の概念が重要だ。コストの上昇分は価格に転嫁されるという考え方だ。暴利をむさぼっているのではなく、企業努力をする中でやむを得ない原価上昇などは価格に反映させる。普通の社会では認められることだ。

──他の先進国と比較して、日本は物価に対しての考え方はどう異なるのか。

渡辺 新型コロナで状況が少し変わったが、その前まででいえば、米国や英国、カナダなどは毎年2~3%物価が上がるのが標準的な傾向だ。一方、日本はほぼゼロだ。このことを日本人が実感できる機会が少ない。数年海外に住んでいた日本人が、久しぶりに日本に帰ると、同じサービスでも日本が安いことを強く実感する。

例えば私の知り合いは、上の子どもをニューヨークの幼稚園に預けていた。数年して帰国し、下の子どもを日本の幼稚園に入れようとしたところ、上の子どもと同じ利用料で預けられたと喜ぶと同時に驚いていた。ニューヨークでは毎年人件費が上がるため、幼稚園の利用料も毎年高くなっていく。そのため、下の子どもの費用がもっとかかると思い込んでいたのである。

このことは裏を返せば、日本から一歩も出なければ日本の異常さを実感できる機会がないことを示している。日本人でも、戦後のハイパーインフレや1970年代のインフレなどを知っている世代は、今の値段も賃金も上がらない時代に違和感を覚えるが、今の若い世代は生まれてこの方デフレなので、それが当たり前と思ってしまう。「戦争を知らない子供たち」という歌があったが、「インフレを知らない子どもたち」だ。

つまり、消費者、企業にそれぞれに思い込みがあるということだ。私は年に一度、物価に関するアンケート調査を行うが、「日銀が2%の物価上昇目標を掲げていることについてどう思うか」と聞くと、多くの人が「とんでもないことだ」という。その理由を深掘りしていくと、「賃金は上がらない」と強く思っていることがわかる。本来は物価も賃金も上がることが普通であるのに、賃金が上がらないという固定観念を持っている状態では物価上昇の話も拒んでしまうのだ。 企業が「できるだけ安い価格で」と努力をすること、「無駄な人件費を抑えて成果を出そう」とする姿勢、耐えることの意義自体は否定しない。だが、日本はその度をあまりにも越している。

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