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  • 2021年09月16日 13:17 (配信日時 09月16日 06:00)

日本‶農産物〟輸出1兆円を手放しで喜べないのはなぜ? - 山口亮子 (ジャーナリスト)

2021年の農林水産物・食品の年間輸出額が初めて、1兆円を突破する見込みとなった。上半期(1~6月)の輸出額が過去最高となり、もともと19年に達成すると掲げた目標の2年遅れの到達見込みを歓迎する報道が目立つ。が、そもそもこの目標設定に意味はあるのか。上半期の輸出額の40%は、アルコール飲料やソース調味料をはじめとする加工食品だ。目標の達成が農林水産業の振興には直結しない実態がある。

(JackF/gettyimages)

チョコレートやコーヒー、ソースが日本の「農産品」?

「農林水産物・食品の輸出額」は、農林水産省が毎年発表するもので、8月3日、上半期は前年同期比30.8%増の5407億円になったと発表された。それを受けて、この輸出額がまるで農林水産業の振興の度合いを示す指標であるかのように報道されている。

「今年上期の農産物輸出額は過去最高 年1兆円視野に」(朝日新聞、8月4日) 「農産物輸出、最高の5000億円超 1~6月、牛肉や清酒好調」(共同通信、8月3日) 「農水産物輸出 ニーズ捉えて拡大加速したい」(読売新聞、8月24日)

いずれも農産物あるいは農林水産物の輸出額であるかのような見だしだ。記者発表や公表資料は、農林水産物の輸出増加を強調していて、農産物を例に取ると、牛肉(223億円、前年同期比119.3%増)や日本酒(174億円、同91.7%増)、コメ(27億円、同1.3%増)などの伸びが説明されている。

上半期の輸出額が過去最高になった理由として、農水省輸出・国際局輸出企画課は一部の国での外食消費の回復と、家庭での巣ごもり需要に対応した商品を輸出したことが奏功したとする。例年、下半期の方が輸出額は伸びるため、1兆円の達成が見込まれている(出所)2021年の農林水産物・食品輸出額(1-6月)品目別 写真を拡大

そうではあるが、この輸出額にはチョコレートやコーヒー、ココア、ソース混合調味料、清涼飲料水、パーム油なども含まれている。しかも農水省はこれらを「農産品」に分類している。原料はほとんどが輸入品で、輸出が増えたところで日本の農林水産業への影響は少ないにもかかわらず、である。

安倍政権の所得倍増計画の置き土産

「農林水産物・食品の輸出額を1兆円に」。この目標は、安倍晋三政権が13年に農業・農村所得倍増計画の三つの方策の一つとして打ち出した。残り二つは、六次産業化と農地集積だった。

もともと20年までに1兆円としていたのを、16年に1年早めて19年までにすると方針転換する。が、実際には19年の達成はならず、20年はコロナ禍で特に上半期の成績が悪く、今年ようやく達成する見込みとなった。

輸出額1兆円を達成しても、農業の所得増に結びつかない。当然ながら、今年1兆円に達したところで、農業所得は倍増しようがない。これは、当初から農業関係者の間で言われてきたことだ。

原料を海外から輸入して加工し、加工品を販売する加工貿易は、日本の得意分野だ。食品も例外ではなく、金額ベースで40%(21年上半期)を占める加工食品の原料の多くは、海外から来ている。つまり、輸出額が増えても、国内の農家が潤うとは限らない。そもそもの目標設定がずれているのである。

加工食品の原料の大半は海外産

国産原料ももちろんあって、「日本酒の原料は日本のコメなので、日本酒が売れるイコール、コメが消費されているということになる」と農水省輸出企画課は強調する。日本酒についてはその通りだが、たとえば味噌や醤油などさまざまな加工食品の原料となるダイズは、ほとんど輸入に頼っている。小麦も同様である。

あられやおかきといった米菓ですら、価格の安い輸入米を使うことが多い。農水省が自民党の要求に応え、躍起になって米価をつり上げた結果、皮肉なことに原料の海外産への切り替えを促してしまった。

業務用に使う野菜や果実も、一般的に国産よりも海外産を使う。海外産が安い場合もあれば、国産と大差なくても、規格が統一されていて使いやすいと好まれる傾向にある。つまるところ、輸出額のどの程度が国内で生産された農林水産物に由来するかは「把握できていない」(輸出企画課)のである。

農水省が頭に「農林水産物」を冠して発表するために、あらぬ誤解を生んでいる。いや、むしろ誤解が生じることを狙って目標を設定し、発表していると言ってもいいだろう。「農林水産物・食品の輸出額」は、農林水産業と直結した指標だと一般に誤解されているのではないか。こう輸出企画課に尋ねたところ「(受け取る)人の捉え方だと思う」との回答だった。

5兆円目標、倍の概算請求に募る不安

「輸出額1兆円」がそもそも目標設定としてずれているにもかかわらず、1兆円の達成が目前となった20年、国はさらなる目標を打ち出す。農林水産物・食品の輸出額を25年までに2兆円、30年までに5兆円にするというのだ。

達成すると農林水産業にどういうメリットがあるのかよく分からないこの目標のために、農水省は多額の予算を要求している。「2030 年輸出5兆円目標の実現に向けた『農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略』の実施」として、今年度は99億円の予算が付いたところを22年度の概算要求では倍の188億円を求めている。

概算要求の資料を見ると、要求額が最も多いのは、海外での展示商談会やプロモーションの支援のようだ。展示商談会は、確かに大切ではあるが、参加する産地の自己満足に終わることも多いと感じる。

富裕層向けPRは可能か

私は3年間中国で暮らし、現地のスタートアップにかかわったこともあるので、輸出のターゲット国の一つである中国での国産品のプロモーションについて多少見聞きしている。農水省が輸出拡大の重点品目にしているある農産物の中国でのPRに、費用対効果を考えているのだろうかと思わず首をかしげてしまう人物を起用していた。

22年度の概算要求には「海外富裕層をターゲットにした新たなマーケット開拓の取組を支援」とも書いてある。中国に関して言うと、富裕層へのプロモーションは難易度が高い。金持ちになるほど、SNSなどの社交の場が、同じレベルの人間しかいないような閉鎖的な空間になる。そこにピンポイントで食い込むには、人脈も専門性も必要だ。

そういう人間を見つける眼力が担当者にあるのだろうか。農水省内に、中国語のできる人材はいるものの、中国を専門に分析するチームはないという。中国での農業事情について現地調査の動きも活発でなく、少なくとも中国に関しては、農水省の情報収集能力は低い。そのためにプロモーションを任せる人間も、農水省や事業の委託先自らが選ぶというより、向こうからすり寄ってきた人間を選んでいるのではないかとすら感じる。資料の行間から、予算を‶無駄遣い〟する未来が透けて見えてしまう。

輸出1兆円、さらには5兆円という目標は、華々しく聞こえるものの、達成したところで政府や与党の自己満足にしかならない。地に足のついていない目標を掲げ、その達成に邁進する余裕が、日本の農林水産業に果たしてあるのだろうか。

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