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- 2010年11月26日 18:42
劉暁波氏受賞が「史上最も重要なノーベル平和賞」である理由
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26日付け共同通信記事から。
ノーベル賞委員会のトルビョルン・ヤーグラン委員長の史上最も重要な平和賞になるという指摘にまったく同感であります。
北朝鮮の延坪島砲撃という蛮行で、すっかり中国の民主活動家である劉暁波氏のノーベル平和賞の話題が影が薄くなってしまっていますが、私は実はこの二つのトピックはコインの裏表であると考えたいのです。
北朝鮮の脅威をなくすためにもまずささやかな一歩かもしれませんが、この劉暁波氏のノーベル平和賞受賞を心から祝したいのです。
・・・
そもそも北朝鮮のような独裁国家ってこの21世紀の現在、地上に何カ国ぐらいあるんでしょうか。
キム王朝のような3代に渡る世襲などはおそらく類を見ないでしょうが、ミャンマーのような軍独裁国家や共産主義一党独裁国家を含めると、中国、北朝鮮、ベトナム、ミャンマー、うーん、あとキューバ、リビアあたりかな、中南米・アフリカにも何カ国か左派系独裁政権・右派系独裁政権がありますが、まあ欧米には独裁国家てのは生き残っていないのに、なんかアジアには多いわけですね。
歴史を紐解けば、今日ヨーロッパの共産国家が壊滅したのは言うまでもなく冷戦終結とソ連崩壊にあります。
1989年11月9日、ベルリンの壁が崩壊し東西ドイツを隔てていたいわゆる冷戦構造が文字通り音を立てて崩れ落ち、同年12月3日、アメリカのブッシュ、ソ連のゴルバチョフの両首脳がマルタにおいて会談し冷戦の終結が宣言されたわけです。
ベルリンの壁崩壊は、すでに民主化過程であったポーランド以外の全東ヨーロッパに波及しチェコスロバキア、ルーマニア、ハンガリーで共産主義独裁体制はドミノ現象を起こしつつ崩壊していきます。
そして2年後にはバルト三国が独立し、共産主義の総本山であったソ連自身まで崩壊することになります。
ソ連という後ろ盾を失ったそれまで民衆を抑圧していた独裁政権の末期は各国で民衆革命によりあっけなく倒されました。
当時の独裁政権の末期としてはルーマニアのチャウシェスク大統領夫妻の銃殺刑がやはり印象的で記憶に強く残っています。
ノーベル委、中国に影響も 史上最も重要な平和賞
欧州会議本部で、インタビューに応じるノルウェー・ノーベル賞委員会のヤーグラン委員長=25日、ストラスブール(共同)
【ストラスブール共同】中国の民主活動家、劉暁波氏にノーベル平和賞を贈るノルウェー・ノーベル賞委員会のトルビョルン・ヤーグラン委員長(同国元首相)は25日、フランス・ストラスブールで共同通信と会見、今年の平和賞は人権の向上を重視してきた100余年の同賞の歴史で「最も重要な授賞の一つ」と強調、中国の人権状況改善に「影響を与えるだろう」と述べた。
授賞式は来月10日。中国当局は国家政権転覆扇動罪で服役中の劉氏や妻を出国させない見通しで、同委は劉氏らの出席を断念。しかし委員長は、式場の「主のいないいす」により「中国に深刻な人権問題が存在し、この平和賞は必要だった」ということを伝える「より強いシグナル」が世界に送られると述べ、中国の姿勢は逆効果だとの考えを示した。
中国側からノルウェーに対し、閣僚級会合の中止を通告するなど、両国関係は著しく悪化したが「中国指導部は現実的な考えを持っており、(反発を)長期間続けることは中国の利益にならないと認識するだろう。関係はすぐに正常化する」との見通しを示した。
http://www.47news.jp/CN/201011/CN2010112601000541.html
ノーベル賞委員会のトルビョルン・ヤーグラン委員長の史上最も重要な平和賞になるという指摘にまったく同感であります。
北朝鮮の延坪島砲撃という蛮行で、すっかり中国の民主活動家である劉暁波氏のノーベル平和賞の話題が影が薄くなってしまっていますが、私は実はこの二つのトピックはコインの裏表であると考えたいのです。
北朝鮮の脅威をなくすためにもまずささやかな一歩かもしれませんが、この劉暁波氏のノーベル平和賞受賞を心から祝したいのです。
・・・
そもそも北朝鮮のような独裁国家ってこの21世紀の現在、地上に何カ国ぐらいあるんでしょうか。
キム王朝のような3代に渡る世襲などはおそらく類を見ないでしょうが、ミャンマーのような軍独裁国家や共産主義一党独裁国家を含めると、中国、北朝鮮、ベトナム、ミャンマー、うーん、あとキューバ、リビアあたりかな、中南米・アフリカにも何カ国か左派系独裁政権・右派系独裁政権がありますが、まあ欧米には独裁国家てのは生き残っていないのに、なんかアジアには多いわけですね。
歴史を紐解けば、今日ヨーロッパの共産国家が壊滅したのは言うまでもなく冷戦終結とソ連崩壊にあります。
1989年11月9日、ベルリンの壁が崩壊し東西ドイツを隔てていたいわゆる冷戦構造が文字通り音を立てて崩れ落ち、同年12月3日、アメリカのブッシュ、ソ連のゴルバチョフの両首脳がマルタにおいて会談し冷戦の終結が宣言されたわけです。
ベルリンの壁崩壊は、すでに民主化過程であったポーランド以外の全東ヨーロッパに波及しチェコスロバキア、ルーマニア、ハンガリーで共産主義独裁体制はドミノ現象を起こしつつ崩壊していきます。
そして2年後にはバルト三国が独立し、共産主義の総本山であったソ連自身まで崩壊することになります。
ソ連という後ろ盾を失ったそれまで民衆を抑圧していた独裁政権の末期は各国で民衆革命によりあっけなく倒されました。
当時の独裁政権の末期としてはルーマニアのチャウシェスク大統領夫妻の銃殺刑がやはり印象的で記憶に強く残っています。
- 木走正水(きばしりまさみず)
- 新聞・テレビの報道分析が高い評価を受けている。



