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発売から25年 在宅勤務で注目集まる高級キーボード「HHKB」に開発者が込めたこだわり


写真提供:PFU

多くのビジネスパーソンの必需品、PC。その代表的な周辺機器がキーボードだ。近年、会社などで支給されるマシンはノート型になり、キーボードは備え付けのものを利用しているという人が大半だろう。しかし、タイピング時の深さや軽さ、キーの間隔など、その好みは人によってさまざまだ。

そんなキーボードの世界で、長年にわたりユーザーから根強い支持を集める製品がある。株式会社PFUが販売するHHKB(Happy Hacking Keyboard)は、プログラマーやブロガー、ライター、果てはガジェット好きの一般ユーザーまで、その精密な打鍵感で多くの人を魅了してきた。

1台3万円からという、キーボードとしては高価な製品ではあるが、在宅勤務の続くコロナ禍ということもあり、売上は好調だという。シンプルゆえに奥深い、間もなく発売から25年を迎える高級キーボードが持つ魅力を取材した。

「奇跡的なプロダクト」プロのためのキーボード・HHKBが生まれた背景

「奇跡的なプロダクトだと思うんです」そう語るのはHHKBとその周辺のビジネスを長年牽引してきた松本秀樹氏(現:広報戦略室長)だ。

同氏によると、HHKBが息の長い製品になった理由は、アーキテクチャを含めた製品コンセプトにあるという。


株式会社PFU広報戦略室長の松本秀樹氏。 写真提供:PFU

HHKBの出発点は1992年、日本のコンピューターのパイオニアとしても知られる計算機学者の和田英一氏が、新たな製品が出る度にメーカー都合でキーボードの配列が変わることについて疑問を持ち、「けん盤配列にも大いなる関心を」と題した論文を発表したことに遡る。当時のエンジニアにとっては、入力装置であるキーボードの仕様が頻繁に変わることは大変なストレスになっていたのだ。

その後、一般層に広くPCを普及させるきっかけとなったOS、Windows95が発売された1995年に、和田氏はプログラマーにとって必要なキーを備えた「Alephキーボード」という模型を製作。同年、和田氏とPFUの技術者が出会い、HHKBの開発が始まった。

とはいえ、製品開発は簡単ではなかった。PFUの研究開発部門では「マイキーボードを持ち歩きたい」という和田氏の思いを具現化するため、秋葉原で買ってきたキーボードをノコギリで切って小型化してみたり、キー配列についてディスカッションを重ねたりという日々が続いた。


「HHKBの父」として知られる東京大学名誉教授 和田英一氏。25年の歴史は和田氏から始まった。写真提供:PFU

松本氏も法人向けのサービスを提供するPFUで当初はキーボードを開発するという話に「否定的だった」というが、当時の研究部門の「日本中のプログラマーの悩みを我々が解決する」という意気込みに押され、支援に回ることになった。そして1996年冬、プロフェッショナルのためのキーボード「HHKB」のファーストモデル「KB01」が発売された。

「それから、25年の付き合いです。初期モデルはあっという間に完売し、その後も熱心なユーザーに支えていただいています。メーカー冥利につきるというか、こういう商品はなかなか生まれてきませんよね」(松本氏)


初代モデル「KB01」。「Happy Hacking」の文字から開発陣の熱い思いが伝わってくる。写真提供:PFU

こだわり感じる地道な改良 過去には「50万円のキーボード」も

熱烈なユーザーを生む理由の一つが、時代とともに磨かれていった、その高い品質とブレない製品コンセプトだ。

和田氏がHHKBに求めた要件は、①基本的にASCII配列とする、②十分な深さのキーストロークがある、③持ち運びに適するくらい小さく軽く、かつ十分な強度を保つ、の3つ。

当初からこの要件は変わっていないが、発売から6年がたち、出荷台数10万台を突破した翌年の2003年、HHKBは大きなステップアップを果たすことになる。

「多くの人に使っていただくなかで、"プロのためのキーボード"には、自分たちが思っていたよりも大きな需要があることがわかったんです。であれば、高速タイピングや耐久性、あるいは静粛性の部分に、これまで以上に力を入れて開発するのは当然の流れでした」

そして取り入れたのが、「静電容量無接点方式」と呼ばれる仕組みだ。これまでの一般的なキーを押し込むと電極が接地する機構から、キー内部の円錐スプリングを押し下げてスイッチングする仕組みに変更することで、「底まで押さなくてもタイピングできる」キーになった。これにより耐久性や静粛性もアップし、打鍵時の重さを司るラバー樹脂の設計自由度も上がった。


従来方式(有接点メンブレン方式)(左)と静電容量無接点方式(右)。この機構を採用したことでHHKBは大きく進化した。画像提供:PFU

「新たな機構を導入することでコストも上がり、価格も上昇しましたが、毎日使うプロの道具として考えれば、気持ちのいい打感を実現するキーボードに投資するのは悪い考えではないと思っています。事実、会社の備品でHHKBを使って、自宅用に自分で購入するというユーザーも多いんです」

その後、10周年を迎えた2006年にはキートップを輪島塗、筐体を完全アルミ削り出しで作った「HHKB Professional HG JAPAN」を発売。50万円という価格で「世界一高いキーボード」としてギネスにも認定された。PFUのキーボードへのこだわりが伝わるエピソードの一つだと、松本氏は胸を張る。

「何層も塗り重ねる輪島塗の漆は抗菌性・保湿性を持ちながら耐久性も高く、実はキーにぴったりな加工だったんです。アルミ削り出し筐体も、しっかりとした重さを持っているので、タイピングがしやすくなる。企画製品ではありますが、そこでもコンセプトがブレなかったのはHHKBらしいなと思います」


50万円で販売されたという「HHKB Professional HG JAPAN」輪島塗の朱色が鮮烈だ。写真提供:PFU

PCが当たり前の存在になっていくと、代表的な入力装置であるキーボードの品質も重視されていく、そうしてHHKBは累計60万台を出荷するヒット商品となった。

使い勝手にフォーカスした現行製品 在宅勤務で注目集まる

現在、HHKBの主力製品はBluetooth接続とUSB(Type-C)接続を搭載したモデル「HHKB Professional HYBRID Type-S」だ。現代の環境にフィットした製品として、一昨年の発売以降、多くのユーザーから好評を博している。コロナ禍でリモートワークが進むなか、売上も上がってきているという。

「"HYBRID Type-S"は、これ以上のHHKBはないんじゃないかというスペックを目指しました。そこにリモートワークを強いられる環境、ニューノーマルの時代がやってきて、改めて仕事環境を見直すユーザーも増えたのだと思います」(松本氏)


現行の「HYBRID Type-S」は現在のPC環境にマッチした仕様で、多くのユーザーに歓迎された。写真提供:PFU

また、ユーザーとのつながりをより強化するために2年前から始めたのがエバンジェリスト制度だ。有名エンジニアやガジェットの専門家など、著名なユーザーを数多く抱えるHHKBだが、彼らが情報発信をすることで、ユーザーに製品の価値を届けることができるという。また、販売もメーカー直販としたことで、中間マージンを削減し、より製品の質を高めることができるようになった。こうした施策により、「メーカーとお客様とパートナーが"三方良し"の関係を結べるようになった」と松本氏は話す。

最後に25年もの長期間、HHKBが愛された理由はなんだと思うか、松本氏にたずねた。

「一番重要なのは基本コンセプトだと思いますが、絶えず製品を供給し続けたこともあると思います。プロに信頼される道具というのは、なくなると困るというものが多いんです。HHKBは25年間、とにかく続けてきました。だからこそ、多くのユーザーに愛されたのだと思います」(松本氏)

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