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焦り、葛藤した娘の不登校。母親が感じた「待つことの意味」

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お道具箱から見つけたのは

 卒業式の日は娘の代わりに卒業証書だけもらいに行ったのですが、この日、私は思わぬかたちで娘が学校へ行かなくなった理由を知ることになりました。

 「教室に備品が置いてあるので、持って帰ってください」と担任に言われ、私は娘の持ち物を家まで持って帰ってきました。そして、その日の夜、何気なく自宅のリビングでお道具箱を開けると、たくさんの手紙が出てきました。1人の同級生が娘にあてて書いたものです。手紙には、娘の悪口や「あの子とは、もうしゃべっちゃダメだ」と行動を制限するようなことがびっしり書かれていました。 

 お道具箱からあふれる大量の手紙を見た瞬間「ああ、娘が学校へ行かなくなった原因はこれだったんだ」と初めて知ったんです。同時に「お道具箱に入れていたということは、親にも知られなくなかったのだろうし、先生にも言わなかったのだろうな」と娘の孤独を感じて、ぐっと胸が苦しくなったのを覚えています。娘に対して「気づいてあげられなくて、ごめんね」と心から思いました。

 小学校の高学年ってヘンなグループ意識が強くなる年ごろだろうなと思っていましたし、なんとなく、娘の不登校にはそういうことも影響しているのだろうなと、うすうす感じてはいたんです。でも、お道具箱に収まらないほど大量の手紙を書かれるまでだとは思っていませんでした。手紙の存在自体がショックでしたし、何より娘のこれまでの心の傷を想像すると呆然とするしかありませんでした。

 ただ、手紙を見つけたことを娘には伝えませんでした。手紙のことを伝えたら、せっかく癒えてきた心の傷をまたえぐることになるかもしれないと思いましたし、それに、親が手紙の存在を知ったとわかったら本人はイヤだろうなと思いました。

 結局、「手紙見たよ」と話したのは、娘が中学生になってしばらく経ったころだったと思います。中学のころには体調もよくなり、精神的にもだいぶ安定していたので、話すなら今だと思ったんです。


娘の言葉に開き直った

――中学には通われたのでしょうか?

 地元の中学校に進学したのですが、結局、娘は1日も通いませんでした。娘は中学の入学式当日に「中学へは行かない」と宣言をしたんです。

 入学式を欠席した日の夜、リビングに下りてきて、ひとこと「私は中学へは行かないから、申し訳ないけどあきらめてほしい」と言った娘の姿は今でも覚えています。突然のことで一瞬おどろきましたが、私はその場で娘に「わかった」と返事をしました。

 娘の学校へ行かない選択に「わかった」と言えたのは、私自身が待つことの意味を理解したのが大きかったなと思います。娘が小6の夏休みに学校へ行かなくなってから半年間のあいだ、私は子どものうつの本や不登校の本を読んで、どうやって娘に向き合ったらいいのかをずっと考えていました。

 そのとき、どの本にもかならず書いてあったのは「今、子どもは休んでいる。休んで自分のエネルギーが溜まったら、かならず自分から動き出すから、それまで待て」というアドバイスでした。

 始めのころは「待つ」というフレーズを目にするたび、どうしても「動き出すときは、いつなの?」「本当に動き出すときなんて来るの?」と疑問や不安な気持ちばかりが込み上げました。頭では待つことの必要性をわかっているつもりでも、半信半疑で心から納得はできていなかったと思います。

 しかし、半年という時間をかけて娘の不登校の原因を知ったり、心のケアの方法を学んだり、休むことですこしずつ元気になっていく娘を見たことで、「待つことの意味」を私自身が実感していったのだと思います。小学生のころも学校のない土日になると娘は落ち着いていたので、「ああ学校へ行かなかったら、この子は元気で生きていけるんだ」と感じていた部分もありました。

 なので、娘の行かない宣言を聞いたとき、「これはもう待つしかないんだな」と納得をして腹をくくりました。娘にとっても一大決心だったと思うのですが、娘の言葉をきっかけに私自身も不登校という状況に「開き直った」というのが、一番しっくりくる表現かもしれません。

 「中学行かない宣言」をしてからは、娘は学校のプレッシャーから解放されたようで、穏やかに家ですごすことが多くなりました。だんだんと本人にエネルギーが溜まってきたのか、その後は無事に体調も回復して、外に1人で出かけたりカウンセラーさんのすすめでフリースクールに顔を出したりすることもありました。中学卒業後は、通信制高校に進学して、そのまま通いきりました。

周囲のサポートと言葉のおかげ

――お母さんも含めて開き直れたことが、転機だったかもしれませんね。

 そうですね。私が開き直れたのは、まわりの人のサポートのおかげでもあります。心理学の知識がある知人が「大丈夫だよ」と声をかけ続けてくれたことやアドバイスをくれたこと。スクールカウンセラーさんや病院の先生が私の不安や悩みを聞いてくれたことも大きかったです。まわりの支えがなければ、もっとヒステリックになって娘に当たっていたかもしれないし、「学校へ行きなさい」と言っていたかもしれません。

 あるカウンセラーの先生が「ここに来ている子たちは、100点取ろうと思ってがんばっている子たちなんですよ。だけど、50点でもいいじゃないですか」と私に言ったことが今も心に残っています。なぜなら、私自身がそれまでは100点を取らなきゃとか100点を目指していくのがふつうだと思っていたタイプだったからです。自分に対してはもちろん、もしかしたら娘に対しても100点を求めていた部分があったかもしれません。だからこそ、ハッとさせられましたし、先生の言葉が心にストンと落ちてきました。

 まわりの人の言葉だったり、娘の気持ちを理解することだったりを通して、私自身の価値観が変わったのだと思います。だからこそ、開き直れたのだろうなと思いますね。

 まっすぐじゃなくても寄り道してもいいし、人生を歩むのはどんな方法でもいいじゃないかと今は思っています。みんなのあたりまえや100点じゃなくて、もっと幅もあっていいし、いろんなかたちがあっていいじゃないと。こうあるべきとかこうするべきが、私のなかでよい意味でゆるくなったというか、そんなものなくてもいいんだなと思うようになりました。この価値観は、娘の不登校を経験するまでは私のなかにはなかったものですし、不登校を経験しないと持てないものだったのかなと思います。

――ありがとうございました。(聞き手・遠藤ゆか)

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