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ゲームプレーヤーを精神疾患にするディストピア――久里浜医療センター「ゲーム障害の有病率5.1%」論文のからくり - 井出草平 / 社会学

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エグゼクティブ・サマリ
久里浜医療センターの樋口進氏らのグループが発表した論文から、ゲーム障害を過剰診断していく方針が読み取れる。この論文は厚労省・文科省の政策にも影響があると考えられ、ゲーム好きの健康な子どもや若者たちが、精神疾患とレッテルを貼られ精神科病棟に入れられる未来も現実味を帯びてきた。

先日、ゲーム障害の有病率調査が久里浜医療センターによって発表された。英語論文として発表されたため、まだ一般には知られていないが、専門家の間ではかなり話題になっている。というのも、久里浜医療センターはゲーム障害でない人を診断しようとしているのではないか、と、いわゆる過剰診断を懸念する声が湧き上がっているからである。

本稿では、久里浜医療センターの研究を紹介しつつ、自身の専門性からこの研究の問題点について解説したい。

この研究でゲーム障害の推定有病率は、男性が7.6%、女性が2.5%、全体で5.1%であったという結果が報告されている。これを受けて「世界的に実施された16件の研究のメタ分析から得られた、若者の問題のあるゲームの推定値と同程度である【注1】」と論文では主張されている。

つまりは、先行研究と同程度の結果ということだ。研究論文では先行研究と同じ結果が出ることは悪いことではない。なぜなら、結果がより強固なものとなるためである。しかし、この問題にある程度の知識を有する者からすると、非常に不可解な結果である。

他の精神疾患すべてを合わせた有病率と同程度?

まず、推定有病率の高さである。一つの精神疾患の有病率としては、まずありえない高さといってよい。

WHO(世界保健機関)が主導し世界の主要国で行われている世界精神保健調査(WMH)という精神疾患の有病率調査がある。日本もこの調査に参加しているが、日本で主だった精神疾患を持つ者は7.6%だと報告されている(対象は20〜98歳)【注2】。

一方で、久里浜の論文では、男性のゲーム障害の有病率は7.6%であった。ゲーム障害単独で、他の精神疾患すべてを合わせたものと同じなのだ。この結果をどう思われるだろうか?

先行研究の有病率と同程度?

ゲーム障害という診断名は、WHOの診断基準ICDのバージョン11であるICD-11に掲載され、2022年度から使用される予定のものである。原稿を書いている現在は2021年なので、まだICD-10が使われており、ゲーム障害は掲載されていない。ゲーム障害は、2022年に初めて導入される精神疾患で、新しい概念だということを覚えておいていただきたい。

久里浜医療センターの研究が、先行研究と同程度の結果だったと書いているが、この先行研究もICD-11のゲーム障害よりも、過去の概念を使用した研究である。

精神疾患には、ICD以外に、アメリカ精神医学会によって作成されたDSMという診断基準がある。2013年に改訂されたDSM-5には「インターネットゲーム障害」という診断が正式なものではないが提案されていた。先行研究は、このDSM-5の基準で行われたものが多く、ICD-11の基準を使用した研究は含まれていない。

ICD-11はゲーム障害であり、DSM-5はインターネットゲーム障害と、DSM-5はインターネットにつながったゲームを対象にしているという違いがある。また、DSM-5の診断基準より、ICD-11の診断基準の方が厳しいと言われている。

オーストラリアの研究【注3】では、DSM-5の基準に該当した者の約半分がICD-11の基準に合致、韓国での研究【注4】では、同様にDSM-5の基準に該当した者の約5分の1がICD-11の基準に合致という結果が出ている。研究によって多少のバラツキはあるが、少なくとも、DSM-5の基準より、ICD-11の基準の方が厳しいことは専門家のあいだで常識となっている。

調査法が違っていたり、調査をした国が違っていたり、いろいろな点は考慮したとしても、DSM-5基準とICD-11基準の調査が同じ程度の有病率だというのは、きわめて怪しい結果なのである。

先行研究の2分1や5分の1といった少ない有病率が示されていなければならない。「先行研究と同程度」という結果がどのように、導かれたものかを読み解いてみたい。

有病率の調査ではない

この論文、よくよく読むと有病率の調査ではない。タイトルにも「有病率推定」と書いてあるのだ。ここに怪しい結果を出すからくりがある。別の言い方をするならば、調査設計に仕込みがされているのである。

そのことを説明するために、調査の流れを整理したい。

調査の対象は10歳から29歳以下の若者である。住民台帳からランダムサンプリングをして9000人を選び、調査依頼をしたところ5096人が回答をした。その中から、さらに766人に対面で診断をする依頼を出し、281人がそれに応じた。281人に一次面接をして18名が疑わしいとされた。その18名の症状について専門家が集まり、最終的に7名の診断を確定している。

というのが、この調査の第一段階目の流れである。

実はこの時点で「有病率」は計算が可能だ。面接をした281人が標本であり、うち7名が診断されたのだから、7÷281=2.49%が有病率である。95%信頼区間を計算すると0.669-4.313%となる【注5】。

したがって、この調査でのゲーム障害の有病率は2.49%である。

わざわざ計算をしたのは、論文中で有病率の計算がされていないためである。有病率が計算できるにもかかわらず、有病率を示さないのは何とも不思議な論文である。

9000人に依頼を出して、281人にしか面接をしていないので、バイアスはあるのではと考える人もいるだろう。しかし、精神疾患の有病率調査は、面接をして診断をする手順が必須であるため、バイアスはあったとしても、この方法が最良である。また、他の方法をとるよりもよほどバイアスは低いと考えられている。

じつはこの有病率も過大であると個人的には考えているのだが、話が逸れるため、また別稿に譲ろう。

ここで考えたいのは「有病率」の2.49%が論文で計算されず、「有病率推定」5.1%といった倍近くの数値が報告されているのはなぜか、ということである。

「有病率推定」とは何なのか?

有病率推定という数字の正体を理解するためには、もう少し調査計画を説明する必要がある。

さきほど、281人のうち7名が診断までは説明したが、この論文には続きがある。7名は統計処理をするには少なすぎるため、久里浜患者44名を足し合わせて、ゲーム障害群としている。一方で、それ以外の274名(=281-7)を対照群と設定している。

この2群、ゲーム障害群と対照群を弁別できるGAMES-testという尺度を、研究では作成している。GAMES-testは、何点以上であればゲーム障害の疑いがある、というスクリーニングテストなのである。スクリーニングテストは、診断を行うものではなく、疑いのある者をあぶり出すツールであるため、有病率推定という言い回しになるのだろう。

このGAMES-testの項目には、最初の5096人も回答している。そこで、5096人の中からGAMES-testに従ってゲーム障害群と推定がされている。この数字が男性7.6%、女性2.5%、全体で5.1%という数字の正体である。

有病率の結果を報告しているのではなく、スクリーニングツールの結果なのだ。

過大診断のからくり

からくりの正体はこのGAMES-testというスクリーニングツールの作成方法に隠されている。この種のツールを作成する場合には重要なのが、対照群の設定である。この調査では、ゲームとほぼ無関係な274人を対照群として設定している。専門用語では健常対照群と呼ばれている。

しかし、今回の対照として健常対照群との比較は不適当である。本来は「ハードゲーマー」などと呼ばれる、趣味としてゲームを比較的長時間プレイしているものの、学業や仕事には問題を生じさせていないグループを対照群に置き、「病的ゲーマー(pathological gamer)との区別をすること」が求められていたからだ。

“pathological”は「病的」と定訳が決まっているため、ここでも病的と翻訳しているが、日本語でいう病気とは意味が少し異なる。正確にいうと、学校にも行かず、会社にも行かず、仕事をやめてしまったりして、寝食を忘れてゲームをしており、致命的な問題が生じており、かつ、それがゲームによって引き起こされている、という意味である。

その理由はICD-11のゲーム障害導入が決まったプロセスを見ることでも明らかである。

ゲーム障害の診断における専門家の役割はどこへ?

2017年前後に海外の専門家のあいだで、ゲーム障害という概念をめぐって大論争が起こっていた。ゲーム障害の診断を確立しようというグループと、時期尚早であるという慎重なグループの間で、大激論がされていた。

慎重なグループが懸念したことの一つは、趣味としてゲームをしている人、とくにいわゆるハードゲーマーと、病的なゲーマーの区別がつくのかという問題である。ゲーム好きでゲームを長時間しているような人を、精神疾患にしてしまわないか? と疑念を投げかけていたのだ。

それに対して、推進派は「大丈夫だ」「ゲームをスティグマの対象にするためではない」「趣味で長時間ゲームをしているようなハードゲーマーと、病的なゲーマーを区別することが科学者と臨床家の役割だ」と宣言をしている【注6】。

このような主張を行った論文はいくつもあるが、今回の論文の第一著者である樋口進氏も、2017年の論文で同様の主張している【注7】。

つまり、GAMES-testといったスクリーニングツールを作成する際に、樋口氏が自身に課すべき課題は、2017年の論文で書いたようにハードゲーマーと病的なゲーマーを区別することだったはずなのだ。

GAMES-testのからくり

便宜的に3つのグループを仮定しよう。

1.ゲームを全くしていない人や少しゲームをしているグループ
2.ハードゲーマー
3.病的ゲーマー

ゲーム障害のスクリーニングツールとして求められているのは、2と3の区別ができることであって、久里浜医療センターの樋口進氏も2017年に自ら述べていることである。

しかし、今回の論文では、健常対照群との比較をしたため、1と3が比較されたということだ。そのため、2と3の区別はつけることができていない。

1と3を区別する項目として何が選ばれたかについては、GAMES-testの項目を直接見ると理解できる。たとえば、ゲームに熱中してついつい夜ふかしをしてしまったり、ゲームが面白過ぎて他の趣味に興味がなくなったり、今の生活でゲームが一番面白いと答えることがあげられている。

確かにこういった項目は3の人には当てはまるだろうが、1の人には当てはまりそうにない。しかし、これらの項目は2の人たちにもあてはまるのである。

GAMES-testに上げられている項目は文末に項目を掲載しているので、興味をある方はみていただきたい。ハードゲーマーの日常に近い項目が多く含まれていることが確認できるだろう。

GAMES-testで推定されるのは、2と3のグループである。久里浜医療センターと樋口氏は2と3の区別が重要だと4年前に論文に書いていたにもかかわらず、2と3をまとめてゲーム障害群と推定する論文を書いたのである。

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