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  • 2021年08月30日 14:26 (配信日時 08月30日 06:00)

財政破綻しなくても財政再建が必要なシンプルな理由 - 島澤 諭 (中部圏社会経済研究所研究部長)

 ある金曜日のホームルームで、教師は生徒たちに向かって、「来週、抜き打ちテストをするぞ」と宣告した。それを聞いた生徒たちは、次のように推論した。

 もし、木曜日までにテストが行われなければ、金曜日にテストがあると分かってしまうので金曜日には抜き打ちテストはない。

 金曜日に抜き打ちテストがないということは、水曜日までに抜き打ちテストが行われなければ木曜日にあると分かってしまうのでやはり木曜日にも抜き打ちテストはない。

 木曜日に抜き打ちテストがないということは、火曜日までに抜き打ちテストが行われなければ水曜日にあると分かってしまうので水曜日にも抜き打ちテストはない。

 生徒たちは、以下同様の推論を繰り返し、「先生は抜き打ちテストできない」との結論に達し、安心してテスト勉強を一切することなく週末を過ごした。

 すると、教師はなんと水曜日に抜き打ちテストを行ったのだ。

 これは「抜き打ちテストのパラドクス」として知られるものだが、実は日本財政に対する国民の対応も、この生徒たちと似たり寄ったりだと言えば驚くだろうか。

(Viktor Morozuk/gettyimages)

財政再建論議を忌避する日本

 周知の通り、新型コロナウイルス禍に対処するため、過去に例を見ない規模の財政出動を繰り返した結果、日本の財政は悪化の一途をたどっている。現在の困難な経済的苦境を乗り越えるため、今はまだ財政再建を議論する時機ではないとの声が政治家にも有識者にも強く、深刻化する一方の日本財政を前にしても財政再建の青写真はいまだに一切示されていない。

 もちろん、一部の財政学者が、いくら「財政は危機的状況にある」と叫んだところで、政府債務残高対GDP(国内総生産)比率は上昇を続けていると言っても、国債金利が急騰しているわけでもなく、国債消化が目に見えて悪化しているわけでもない。それどころか、今年度の国債発行予定額は236兆円超となっているにもかかわらず、財政は不気味なほど落ち着いている。

 こうした状況下では、かえって財政再建を主張して、コロナ禍に苦しむ国民に増税や歳出削減を押し付ける方が、困難な状況下にある人たちに追い打ちをかける人非人との謗りは免れないのも止む無しなのかもしれない。

 しかし、政府といえども打ち出の小槌を持っているわけではないのだから、無尽蔵にお金を使えるわけはない。そもそも、古代ギリシャの哲学者パルメニデスが喝破したように「無から有は生じない」のは世の摂理なのだから、打ち出の小槌なんてこの世には存在しない(経済学では「ノーフリーランチの原則」と呼ばれている)。政府だけがこの真理から自由になれると考えるのは正しくない。

 政府が打ち出の小槌を持っておらず、無から有を生み出せないという厳粛な真理を経済学的に翻訳し政府に応用したものが「政府の異時点間の予算制約式」というものだ。ここで言う政府は、一般政府でも、一般政府と中央銀行からなる「統合政府」でも、本質的な違いはない。

財政危機は将来世代の選択肢を狭める

 問題は、日本財政がこのままの状態を続ければ、いつか財政が危機的な状況に直面することは確実なのだが、誰にもこうした事態がいつ生じるのか、予見できないことにある。なぜなら、ある時点で破綻することが確実に分かっているのならば、それより以前に必ず取り付け騒ぎが発生し、破綻予定時点を待つまでもなく、その予定が示された時点で財政が破綻してしまうからである。

 つまり、財政破綻がある時点で起こることが確実に予見できるのであれば、結局、たった今財政が破綻してしまう。

 逆に言えば、財政が今現在破綻していないという事実をもって将来も財政が破綻しないのだと、「抜き打ちテストのパラドクス」の生徒たちのように誤解して何らの対応も取らないでいれば、将来痛い目を見るのは確実なのだ(財政破綻を回避するための政府の対応策としては、①増税や歳出削減を行うことで財政赤字体質から脱却する、②増税や歳出削減は行わず中央銀行から必要な財政資金を借り入れるが考えられる。こうした対応策や財政破綻の真の問題点については、「財政破綻の真の問題は国民生活の破綻」を参照)。

 では、財政が破綻していないのであれば、財政再建は一切必要ないのだろうか。実は、財政が破綻してもしなくても財政再建を実行しなければならないシンプルな理由がある。それは、私たちが作った借金は次世代の選択肢を狭めてしまうからなのだ。

世代会計で見える〝格差〟

 今般のコロナ禍への対処のように財政を拡大するのが正当な場面はあるものの、危機が去った後には拡大した財政が空けた穴を何らかの形で埋めておかないと、次の世代の負担が大きく増えてしまう。

 次の世代が、公的私的問わず、何らかの支出をしたいと思ったとき、われわれ前の世代によって負わされた借金を返済するのに自分たちのお金を回さなければならないから、自分たちが望む支出を実行できないという意味で次世代の選択肢が制限されてしまうのである。

 こうした次世代の選択肢が、政府や政治家、それを支持する民主主義によって、前の世代の選択肢よりどの程度狭められているのかを、金銭的に評価するのが世代会計という手法である。


 政府は、われわれ国民や企業から税金や社会保険料を徴収し、場合によっては「借金」することで、さまざまな行政サービスを提供している。行政サービスは、年金や医療など主に社会保障給付からなる移転支出と、外交や国防、警察、司法、産業振興といった非移転支出に分けられる。こうした政府の支出や収入は、私たち国民の側からの受払いとして見れば、政府支出は受益、政府収入は負担となる。

 世代会計は、このような政府と国民の間の金銭のやり取りを、国民の側から見て、一定のルールに従って年齢別に割り振り、国民一人あたりの受益・負担として記録したものだ。

 政府の「借金」は、社会資本や将来の税収、信用力を担保に行われるので、将来の税収や信用力を担保にする「借金」はいずれ誰かによって返済されるという保証(安心感)がなければ、政府は今現在「借金」できず、予算が組めなくなる。

 そこで、世代会計では政府の長期的な収支のアンバランスは、現時点では未出生の将来世代によってすべて解消されるものと機械的に仮定している。

 要するに、仮に遠い将来政府が清算されるとした場合、清算時点で、政府に債務が残らないように現時点では未出生の将来世代がその債務残高を必ず全額精算することで政府の予算制約式が保証されるものとしているのだ。そして、その必要総清算額である政府の債務残高を将来世代の人口で割った値が将来世代一人あたりの負担額として試算される。

高齢世代に搾取される若年世代

 現状の歳入歳出構造が維持され、消費税率が10%のままであると仮定し、試算された表1の結果によれば、少子化、高齢化の進行により、若い世代ほど少ない人数で相対的に人数の多い高齢世代の給付を賄う必要があるため、年齢が若くなるほど生涯純税負担率が大きくなっているのが分かる。

 例えば、2020年に出生した0歳世代の生涯純税負担率は21.9%であるのに対して、その親に相当する世代である30歳世代では12.5%、更にその親に相当する世代の60歳世代では8.2%に過ぎない。これは、現在の日本の財政・社会保障制度においては、少子化、高齢化が進行する中で、負担が勤労期に集中し、引退期に受益が集中する構造となっていることに原因がある。

 20年に生存している現在世代の中での最大の世代間格差は0歳世代と90歳世代の51.2ポイントであり、0歳世代が現在の価値に換算して8600万円以上も多く負担させられることになる。つまり、この負担超過額は、高齢世代が政府を介して若年世代から搾取している金額にほかならず、それはまさに、財政的に幼児が虐待されているかのようだ。


 表1を見ると、20年時点では未出生の将来世代の生涯純税負担率は70.4%と、現在のどの世代よりも重い負担を負う運命にあることが分かる。これは、現在の政府債務残高や毎年の財政赤字などの解消をすべて将来世代に先送りしていることの裏返しである。

 将来世代が一生涯に稼得する所得の7割に相当する金額が現在世代の意思決定により有無を言わさず収奪されているのだ。

 世代会計の試算結果からは、年齢が若い世代ほどより重い純負担を負っていることが明らかになった。しかも、おおむね投票権を持たない将来世代を含む15歳世代以下の「0票世代」の生涯純負担率が大きくなっている。

 0票世代においては、政府を介した世代間所得再分配による年長世代への拠出分が多く、自分たちが使えるお金が少なく、選択肢が限定されてしまっている。日本財政が破綻するしないにかかわらず、世界で最も深刻な日本の世代間格差是正のために、財政再建は実行されなければならないのだ。

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